第32話 侵入、エルヴェシウス教国
それからまた数日。
ボク達はペンザ枢機卿国の使節団の一員としてその一団の中にあった。
さすがはペンザ枢機卿国の使節団と言うべきか護衛兵を70名程従え、枢機卿が座乗している馬車は豪華なものだった。
ロクロワから来た馬車も使節団の中にあったのだが、何故かボク達は枢機卿の馬車にいた。
「あのー、枢機卿様? 何でボク達はあなたの馬車に乗っているのでしょうか?」
ボクは対面に座っている枢機卿に話し掛けた。
「リディ殿。君達は儂の客人だからな。それに儂の立場があれば配下の兵もこの馬車を覗き込むこともあり得ぬ。念の為顔を隠す服を纏ってもらったが、ここが一番安全だろう。」
ペンザ枢機卿・クリストハルトの言う通り、ボク達は顔を隠すことの出来る服を支給されていた。
そしてクリストハルト個人が雇った警護と言う触れ込みで、一緒の馬車に搭乗したのだった。
この馬車は外から見えぬ様にカーテンが張られていた。
「おじちゃんの馬車、お椅子がふかふかで気持ちイイね!」
ヒスイが嬉しそうな声で言った。
「そうかね? 喜んでもらえて何よりだ。」
クリストハルトがにこやかに答えた。
「君達は良いねぇ。僕はこんな鳥かごの様な所にいると言うのに…」
ディートリヒだ。
彼はそれ程大きくない箱の中にいた。
「貴殿は放っておくとどこかに飛んで行ってしまうだろう? リディ殿達と違って偽装出来んのだから我慢することだ。」
「まったくもう…ぶつぶつ。」
我儘なピクシーにはじっとしていて欲しいものだ。
ボクは馬車のカーテンの隙間から外を見た。
使節団の進行方向の先に、簡易的な柵と関所のようなものが見える。
「前の方に関所みたいなのがあるな。」
ボクの横で一緒に外を見ていたリシャールが口を開いた。
「ああ、その関所の向こうがエルヴェシウス教国の領域だよ。エルヴェシウス教国はこの大陸で最も広い領土を持っている。教皇がいる城を中心に幾つかの村々を全て合わせて、領土としている訳だ。」
なるほど。
この大陸にあった人族の町は全て城壁に囲まれているから、エルヴェシウス教国も同様だと思っていたらそうでは無いようだ。
無論、教皇の城は堅固なものなのだろうが…。
そうこうしているうちに、使節団は関所を通過した。
再び外を見ると、エルヴェシウス教国の兵が敬礼をしているのが見えた。
ペンザ枢機卿の一団と言う事もあって特に検査されることも無かったようだ。
ボク達はついにエルヴェシウス教国の領域に足を踏み入れたのだ。
「この先に村がある。今日はそこに泊まる事になる。」
「教皇がいる城まではどれくらいかかるの?」
「その村から1日半と言う所だな。」
「ほう、結構遠いんだな。」
1時間程経っただろうか。
一団は宿泊地となる村に到着した。
村は土鬼族のそれよりも少し小さい規模の様だ。
一団の馬車はその外側に停留した。
「儂らはこの村の外れの建物を借り受けてある。リディ殿達も一緒に来なさい。」
クリストハルトに促され、ボク達は馬車を降りた。
外では警護兵達が慣れた様子で自らのテントを設営したり、陣容を整えていた。
「枢機卿様。」
兵の一人が膝をつきながらクリストハルトに話し掛けて来た。
「この村の村長殿がご挨拶に、と申しております。お会いになりますか?」
「うむ、通せ。」
「はっ…」
話し掛けて来た兵が下がっていった。
「む?」
クリストハルトが何かに気付いたように遠くを見た。
「どうかしたのですか? 枢機卿様。」
ボクはクリストハルトを見た。
「ディートリヒ殿、今から貴殿を上空に“飛ばす”。見られるか?」
飛ばす? どういうことだ?
「うん、大丈夫だよ。」
箱の中からディートリヒの声がした。
「…行け!」
一瞬魔力の流れを感じた。
凄いスピードで何かがボクの顔の横を通り過ぎた様だ。
なるほど。
ディートリヒを魔力を使って上空に打ち上げたということか。
(これは珍しい! 神殿騎士団の連中が見えるよ。)
「神殿騎士団だと? 何でまた…」
「枢機卿様、神殿騎士団って?」
ボクはクリストハルトに問いかけた。
「ああ、神殿騎士団と言うのは通常の兵隊とは別に存在していて、エルヴェシウス教会を守護するための騎士団の事だ。この様な所に居ると言うのが珍しいのだよ。」
「枢機卿様、村長殿をお連れしました。」
先程の兵がこの村の村長を伴ってやってきた。
「これは枢機卿様。お目通り頂きまして…」
村長が膝をついて挨拶をした。
「うむ、村長殿。楽にされよ。」
「は…」
こういうのを見ていると、クリストハルトは偉いのだと実感する。
「時に村長殿。この村の近傍に神殿騎士団がいるようだが、何かあったのかね?」
「はい…。一昨日あたりから神殿騎士団の方達を見る様になりました。騎士団長のアリーナ様がお見えになられ、この周辺で活動されると…。どうやら何かを探されているようです。」
(神殿騎士団はこの村から離れている所に宿営しているようだよ。奴等のテントが見える。)
「ふむ。村長殿、挨拶に感謝する。我等からの礼の品を後で運ばせる。…下がってよろしい。」
「勿体なき事です…。では失礼します。」
村長は恭しく一礼すると、先程の兵と共に下がって言った。
「神殿騎士団がいるとなると、多少注意した方が良いかもしれんな。」
「クリストハルト殿、そやつらは何か面倒な連中なのですか?」
リシャールが腕を組みながら言った。
「うむ。先程も言った様に彼等は教会の守護者だ。儂も教会の者だから敵という訳では無いが、彼等の行動原理は民衆を守るためでは無く教会を守ると言うものだ。その様な者達が、教皇様のいる城を離れこのような外れの村にいること自体が普通の事では無いのだよ。」
「先程の村長殿は何かを探してると言われていたが…」
「とにかく、後で儂の手の者を使いに出してみることとしよう。さて今日はもう休もう。」
(まったく年寄りはめんどくさいね!)
ディートリヒが念話で冷やかした。
「やかましい! 貴殿ももう降りてくるのだ。」
クリストハルトはそう言うと建物の中に入って行った。
ボク達も後に続いた。
神殿騎士団…
一体どの様な人たちで、いったい何のためにこの辺にいるのだろう?




