第29話 掛けられた呪い
「…!」
ボクは意識を取り戻した。
次第に鮮明になってくる風景。
それはボクとロクロワ冒険者ギルドマスター、ディートリヒと会談していた部屋だった。
ボクは一体どれくらい気を失っていたのだろう?
「ボ、ボクはいったい…!? ディートリヒ様、ボクはどれくらい気を失っていたのですか?」
ボクはズキズキと痛む頭を押さえながら、声を絞り出した。
「なぁに、ほんの1分くらいなものさ。」
ディートリヒは笑いながら答えた。
「1分…」
ボクは目を瞑った。
そうだ、気を失う前、ディートリヒはボクに向かって手を翳した。
気を失ったのはその直後だ。
「ディートリヒ様、貴方はボクに何をしたんです…?」
どうも体の調子が良くない。
きっとディートリヒがボクに何かしたに違いない。
「ふふふ、悪いが君に呪いを掛けさせて貰った。」
「の、呪い!?」
ボクは顔を強張らせた。
そう言えば、ピクシーの一族は元来呪術的な能力があると言っていた。
「一体どんな呪いを…」
「ふふふ、君にぴったりなものさ…。さっき君が行っていた部分的獣化。これの能力上昇幅と持続時間を大幅に伸ばした代わりに、回数制限を設けたのさ。」
「回数制限…?」
「ああ。あと3回部分的獣化を行うと、君はその能力を失う。」
「な…!」
ボクは愕然とした。
能力を失う、ということは大切な人を失うという事だ。
「ば、馬鹿な…!? 何故勝手にそんなことを…」
ボクの言葉を聞いたディートリヒが鋭い視線でボクも見てきた。
「君は何を甘えているんだ? 君は先程、部分的獣化は自分のものでは無いと言った。」
「う、う…」
「君は“今の仲間”が大切なハズなのに、“かつての仲間”の恩恵にしがみ付いている。だから僕はそれに見切りをつけられるようにしてやったまでだ。」
勝手な理論である。
だが、正論でもある。
ボクは“かつての仲間”の力で戦っている悩みを口にした。
その力は前述の通り大切な人のものだ。
その力無しに戦う姿を想像できない。
「本当は1回で失うようにしてやりたかったが、そこを3回にしてやったんだからありがたく思ってほしいものだな。ああ、もし君が“今の仲間”を切り捨てて、“かつての仲間”をずっと一緒にいたい、というのなら、その呪いを解いてやらんでもないな。」
ディートリヒがニヤリと笑った。
「・・・」
「さて、その様子ではこれ以上話をしていくのは無理だろう。もう帰って休むと良いよ。」
勝手に呪いを掛けておいて随分な事を言うものだ。
反論をしたい所だが、そんな元気は無い。
「はい…。失礼します。」
ボクはフラフラと立ち上がり、ギルドマスターの居室を後にした。
「…力を失った後どうなるか。それは君次第だよ、リディ。」
ボクを見送りながら、ディートリヒはこうつぶやいたらしい。
だが、ボクにはその言葉を聞き取ることは出来なかった。
その後、ボクは宿に帰った。
ヒスイとリシャールはボクの事を待っていてくれた。
憔悴した表情のボクを見ると二人はすぐに駆け寄って来た。
「どうしたんだ、リディ! その表情はどうしたんだ?」
「大丈夫? どこか調子悪い?」
ヒスイがボクの服にぎゅっとしがみ付きながら、ボクの顔を見上げた。
リシャールも一歩引いた位置で心配そうな顔をしている。
今、ボクの傍にはこんなに心配をしてくれる仲間達がいる。
それなのにボクは…。
「だ、大丈夫…。ちょっと疲れただけだから…」
「ほ、本当か!? あのギルドマスターに何か変な事を言われたんじゃないのか?」
リシャールが顔を紅潮させながら言った。
確かにあの流れからすれば、それも予想できることだろう。
だが仲間達にはあのやり取りは言えない…。
こんなに心配している仲間に、“かつての仲間”の事で悩んでるなんて言えるわけがないじゃないか。
「本当に大丈夫だから…。心配してくれてありがとう。」
ボクは近くにいるヒスイを引き寄せ軽く抱きしめた。
「・・・」
ヒスイが目を瞑りボクの胸元に顔を埋めた。
「し、しかし…」
リシャールが何かを言おうとしたとき、ヒスイが少し離れて再びボクの顔を見てきた。
「分かったよ、リディ。俺はこれ以上、何も聞かない。」
「ヒスイ…」
「俺はリディを信じてる。リディはいつも俺の事を考えてくれている。それはリシャールも、だ。」
ヒスイはチラッとリシャールを見た。
何かアイコンタクトのようものをしたのかもしれない。
「あ、ああ、そうだな。」
リシャールが頷いた。
「だが、私もリディの為に役に立ちたい。…もし私達で役に立てることがあったら、何でも言って欲しい。リディは私の恩人なのだから。」
何て頼もしく、優しい仲間たちなのだろう。
そんな仲間達に対して、ボクはどうすればいいのだろう?
いずれ決断の時がやってくるはずだ。




