第28話 唯一の手段
エルヴェシウス教国に行く唯一の手段。
ついにボク達はそれを聞く時が来た。
目の前にいるピクシー、ロクロワ冒険者ギルドのマスター、ディートリヒがそれを語り始めた。
「聞いての通りエルヴェシウス教国は魔を嫌う、人族至上主義の宗教の総本山だ。ギルドマスターの僕ですら正面から入れないんだよ。」
「それではどうすればいいんですか?」
「正面からがダメであれば搦手を使う。まずはペンザ枢機卿国に向かうんだ。」
「ペンザ枢機卿国…?」
えーっと、
ペンザ枢機卿国は、確かエルヴェシウス教国教皇家の傍系が治めてるんだったな。
「エルヴェシウス教と言うのは人族の間に広範に信じられているから、枢機卿は一人では無い。だがペンザ枢機卿はその中でも別格なんだ。開祖の血を引くのは教皇家とペンザ枢機卿家だけだからな。」
「ねーね、教皇とか枢機卿ってなぁに?」
「えっとね、教皇はエルヴェシウス教っていう宗教を信じている人達の王様のことだよ。枢機卿はその王様になる資格を持つ人さ。」
リシャールがヒスイに説明した。
「王様って、一族の人がなるんじゃないの…?」
「う…む。さすがにそのへんまでは分からんな…」
「エルヴェシウス教の教皇は先代が死ぬと枢機卿による合議により選ばれる。だがその殆どが、開祖の血を引く現教皇家から選ばれているんだ。」
ディートリヒが口を挟んだ。
「合議…って話し合い? 話し合いなのに他の人が選ばれないの?」
ヒスイは納得いかなそうな表情だ。
「まぁ…人間って言うのは色々複雑な事があるのさ。」
ディートリヒがパタパタをボク達の周りを飛びながら苦笑した。
「さて話が逸れたが僕達のような魔の者が、エルヴェシウス教国に入るにはどうすればいいのか? それはペンザ枢機卿国から月に1度派遣される使節団に入る事なのさ。」
ディートリヒが言うには、この使節団であればエルヴェシウス教国の入国時に検査をすり抜けられるらしい。
「だがそのペンザ枢機卿と言うのもエルヴェシウス教徒なのだろう? 私達の様な者を受け入れるのか?」
「それは大丈夫さ。信じてもらっていい。」
ディートリヒの言葉を聞いて、リシャールが立ち上がった。
「ディートリヒ殿は自信がおありの様だが、その根拠も聞けぬのに信じろと言われても難しい話だと思わんのか?」
「ははは、確かにそうだね。」
ディートリヒが笑いながら机の上に降り立った。
「僕達は教皇家に纏わる重大な秘密を握っている。そんな僕達を拒否することは出来ないのさ。」
ディートリヒは自信満々な表情だ。
重大な秘密とは何だろう?
しかしこれ以上教えてくれはしないだろう。
リシャールが心配してるのは分かるが、他に取るべき手段が無いのではディートリヒの話に乗るしかないだろう。
「分かりました。ディートリヒ様の提案に乗りましょう。ボク達をペンザ枢機卿国に連れて行ってくれませんか?」
「良いのか? リディ。」
「うーん、何か面白そう!」
一人目を輝かせているヒスイは良いとして、リシャールは心配そうな表情だ。
「もちろんだ。ペンザ枢機卿国からの使節団は2週間後に派遣される。それまでにペンザ枢機卿国に行ける様段取りしよう。」
「お願いします。」
ボクは立ち上がってペコリと頭を下げた。
「ふむ…」
ディートリヒがボクの顔の前に跳んできた。
ボクは目を丸くした。
「やはり君は興味深い。魔族と言うものは一般的に高慢で自信家なものだ。高い実力に裏打ちされているから、それも仕方ないものだけれど…」
「・・・」
「君はそんな魔族達とは違うな。」
「そうですか? 自分では分からないですけど…」
「少し君と話がしたい。えっと、ヒスイとリシャールと言ったかな。少し席を外してくれないか?」
ディートリヒがチラリとヒスイ達を見た。
確かにボクも少し話をしてみたい。
「し、しかし…」
「ボクも少しこの人に聞いてみたいことがある。先にヒスイと宿に戻っていてくれないか?」
ボクはリシャールを制した。
「分かった…。リディがそう言うのなら…」
リシャールは渋々頷いた。
「んっと、じゃあ俺達先に戻るね。」
「ああ、話したらすぐ戻るから。」
先に帰る仲間達を見送ると、ボクは再びディートリヒの方に向き直った。
「すまないね、リディ。」
「いえ、ボクも貴方に聞きたいことがあるんです。」
「ほぅ…。それは何だい?」
ディートリヒは真面目な顔になった。
「貴方は、ボクが強いか弱いか分からないと言いました。」
「うん、そうだったな。」
「ボクは自分では…決して強くないと思っています。これを見てください。」
ボクは一度目を閉じた。
そして再び目を開くと、部分的獣化を行った。
「なるほど。それが君の戦闘体形、と言う訳だね。」
「そうです。でもこれはボクの力ではありません。」
「む? それはどういう事かな?」
「これはかつての仲間の力で…」
ボクはこの部分的獣化の事を説明した。
これはかつての仲間の能力を“借りている状態に過ぎない”事を…。
「なるほど。それで君の中には複数の気配が感じられたのか。」
ディートリヒがうんうんと頷いた。
「僕のかつての仲間はボクに力を与えてくれます。でもそれはボクのものでは無い…」
「しかしそれは考えすぎでは無いかな? そのかつての仲間の力を、君は自分の意志で使えているのだろう?」
「それでも、ボクはこれが無ければ弱いんです。ヒスイやリシャールの方が遥かに上でしょう。」
「ふむ。では君はこれからどうしたいんだい?」
「それは…」
どうしたい?
そんなことは考えた事もなかった。
「僕もかつては自分の力の無さに悩んだこともあったよ。ピクシーは元来、矮小な存在だ。精霊として呪術的な力はあっても、高い魔力があるわけでも無い。」
「そんなとき…どうしたんですか?」
「うん。僕はその時、自分で自分に呪いを掛けた。絶大な力を手にする代わりに、自分の命を燃やす。そんな呪いさ。お陰で僕の一族が他の種族に攻められ窮地に陥った時、撃退することが出来たんだ。」
自分の命を燃やすなど、生半可な覚悟で出来るものでは無い。
「結果的にこうなった。今の僕はそうだな、生物、という観点から見たら死んでいるんだよ。」
ディートリヒが笑いながら言った。
「そ、それはどういう…?」
「僕はその戦いで命を燃やし尽くしてしまった。僕のここに触れてみて。」
ディートリヒが心臓の辺りを指さした。
ボクは人差し指触れてみた。
冷たい。
そして本来感じられるべき鼓動が感じられない。
「ディートリヒ様、貴方は…」
「そう、死人さ。何故今こうしていられるのか、自分でも分からないんだよ。まぁこれも呪いなのかもしれないね。」
ディートリヒが再び笑った。
「そして強大な力も消えることも無かった。だがね、その力を行使すると、今度は敵味方関係なく他人の命を吸い取ってしまうんだよ。力高きものであればすぐに命を吸い取ることは無いだろうが、僕は仲間と一緒に戦う事は出来ないのさ。」
でたらめな力だ。
だが実に呪われた力だ。
この人はずっと一人で戦い続けていたのだろう。
「だから僕から見たら、君は恵まれているのさ。嫉妬さえ覚える。…そうだな。」
ディートリヒが鋭い目でボクを見た。
背筋が凍るほどに。
「君がそこまで悩むのなら、君が仲間の進化に力を貸したように、僕も君に力を貸そう。」
ディートリヒがボクのほうに手をかざした。
その瞬間、目の前が暗くなった。




