第24話 黒妖犬討伐(4)
「うひゃーーー! いっぱい来たー!」
黒妖犬の群れがヒスイに迫った。
黒妖犬は単体では大した事は無いが、群れを作る事によりその危険度が大幅に増す。
「ハハハ、黒妖犬共! その人鬼のガキを食い殺せ!」
黒妖犬を操る妖精族の一人が高らかに笑いながら言った。
「えー、やだー!」
ヒスイがふざけた様な口調でそう言いながら、身を屈めた。
そして迫りくる黒妖犬を二匹ほど切り捨てると一気に前に飛び出した。
「それーー!」
ヒスイは黒妖犬の間を器用にすり抜け、群れを操る妖精族に一気に接近した。
「な、バカな!? あ、あいつを止めろ!」
妖精族の男が黒妖犬の群れを引き戻そうとした。
しかし群れは簡単に向きを変えられない。
その間もヒスイはどんどん接近していく。
ヒスイは最上位人鬼に進化した事で、魔力の増大と共にその使い方を心得ていた。
「おじさん達は俺の事を人鬼だって馬鹿にするけど、それなりに頭も使えるんだよ。」
そう言った時には妖精族の男のうち一人の首元に剣を突き付けていた。
この男は行動から、黒妖犬の群れを主導していると思われる者だ。
「大怪我をしたくなかったらワンちゃん達を止めるんだ。」
「く、くそ…」
妖精族の男が顔を歪めた。
そしてこの男が手を上げようとした、その時である。
「…ぐ!」
苦悶の表情を浮かべ、その男が地面に倒れた。
どうやら後ろから攻撃を受けたらしい。
「…!?」
ヒスイは後ろに跳んで距離を取った。
「ふん…相変わらず詰めの甘い奴だ。」
もう一人の男が口を開いた。
この男の右手は不気味な光を発していた。
魔力を手に纏わせ、剣のようにしているのだろう。
「お前、仲間を斬ったのか?」
ヒスイがその男を睨みつけた。
「使えぬ者など必要ない。さて…」
もう一人がこちらを一瞥した。
「このまま犬共を使って貴様等を攻撃しても良いが、この場は不利か…」
そう言いながら呪文書を取り出した。
「こうなってしまっては貴様等と遊んでいる暇はない…」
「ま、待て!」
ヒスイが駆け寄ろうとした。
しかし妖精族が呪文書の効果を発動させると、光が体を包んだ。
そして光が消えると忽然と姿を消してしまっていた。
「奴は転移魔法の呪文書を使用したようだな。」
「ああ…」
ボクは黒妖犬の群れを見た。
先程ヒスイに襲い掛かっていったのが嘘の様にその場に立ち尽くしていた。
それはその中の一頭が活動を停止しているためだった。
まだ生きているのだろうがその目は生気が感じられない。
その一頭は元々の群れのボスだったのだろう。
「リディ殿、これはもう大丈夫なのですか?」
ヴィクトルが尋ねてきた。
「そうですね。おそらくこの群れのボスが、先程の妖精族に操作されていたのでしょう。それよりも…」
ボクは先程仲間に攻撃を受け倒れた妖精族のもとへ向かった。
「んー、話を聞けたらと思ったけど…。残念ながら死んでるか。」
「リディ、その妖精族を葬っても構わないか? その者は敵なのだろうが、同族の誼だ。せめて葬ってやりたい。」
「ああ…」
ボクは頷いた。
それを見たリシャールが魔法で穴を掘り始めた。
死んだ妖精族の男を土葬する様だ。
「さてヴィクトルさん。黒妖犬の群れを操っていたのが妖精族の者だという事が分かりました。でもリシャールが言うにはその妖精族は本流では無さそうですし、あの中にはまだ何かあるかもしれません。」
ボクは崖にある扉のようなものを見た。
扉の隙間から魔力が漏れ出ている“その中”には、まだ何かが隠されているに違いない。
「ううむ、確かにその通りですな。確かにあの中には何か秘密がありそうです。」
「ボク達は今からあの中に潜ろうと思います。あなた達はどうしますか?」
ボクはヴィクトルを見上げた。
濃い魔力があるであろうこの中は、それなりに危険があるはずだ。
彼等が実力が無いとまでは言わないが、無事で帰れる保証があるわけでは無いのだ。
「はっはっは、リディ殿、我々を見くびらないで頂きたい。確かに我等はあなた方より弱いとはいえ、町を守る衛兵隊の一員ですぞ。町の住民の危険に対処するのも、その役目です。黒妖犬の件を解決できるならば、危険であっても恐れはしませんよ。」
ヴィクトルが笑うながら言った。
「分かりました。リシャールが同族を埋葬し終えたら、中に入りましょう。ボクが前に立ちますから、ついてきてください。」
「分かりました。」
ボクの言葉に、ヴィクトルは力強く頷いた。




