第22話 黒妖犬討伐(2)
翌日、ボク達は黒妖犬の群れに遭遇した。
「へぇ、あれが黒妖犬か。初めて見たなぁ。」
ボクは目の前にいる黒妖犬の群れを見た。
黒妖犬はその名の如く、前身黒の犬だ。
ただ普通の犬よりも体躯は大きく、鋭い爪と牙を持っているようだ。
「わ~、いっぱいいるねえ! 30頭くらいいるのかな?」
ヒスイはウキウキしたような口調だ。
「ヒスイ殿はおっかなくないのか? 我々の5倍の数がいるのだぞ?」
対してヴィクトルは少し震えた口調だ。
まぁ、通常の反応はこんなものか。
「でもあれを倒すのが依頼ってことは、斬っていいんでしょ?」
ヒスイはそう言いながら剣に手を掛けた。
「いや、待て。あれをやるのは私に任せて欲しい。最近運動不足なのでな。」
リシャールがヒスイの肩を抑えてずいっと前に出た。
既に魔力を練っているようで、掌が淡く発光していた。
「そうだな。今日はリシャールに任せよう。」
「えー、ずるいずるい!」
ヒスイがバタバタと足踏みをした。
「次に遭遇したらヒスイの番だ。それで良いだろ?」
「うーん、仕方ないなぁ…」
ヒスイはボクの服をぎゅっと掴みながら、渋々と頷いた。
「ちょ、リディ殿、リシャール殿をおひとりで行かせる気ですかい?」
ヴィクトルが手を広げながら話し掛けてきた。
「そうですね。あの程度では何も問題にはならないでしょう。」
ボクはヒスイの頭をくしゃくしゃっと撫でながら頷いた。
「それにリシャールは分析能力が高いですから、黒妖犬がどのようなものか実際に戦ってみてその性質を分析してもらおうと思っているんですよ。」
「な、なるほど。」
「そういう訳だから、そろそろ行って構わないかな?」
リシャールがうずうずとした表情で許可を求めて来た。
「ああ、行っていいよ。」
「了解!」
リシャールはビシッと敬礼のようなポーズを取ると、くるっと背を向けた。
「風の精霊よ、我に力を与え給え! 加速!」
リシャールが風の精霊の力を受け、一気に加速した。
うーむ、あれはアスカの戦い方に似ているな。
違うとすれば自分の魔力を消費しながら、詠唱して風の力を得ている所か。
黒妖犬達はリシャールの接近に気が付いたようだ。
一斉に吠え始めた。
「煩いワンちゃん達だね。」
リシャールは臆することなく接近しながら、魔法の詠唱を始めた。
「とりあえず動きを止めるところからかな? 重力波!」
ズン!!!
リシャールは黒妖犬の群れの頭上から重力波を放った。
目に見えない重力波が黒妖犬を襲う。
珍しい魔法だ。
元々あのような魔法を使えたのだろうか?
数頭の黒妖犬が重力波に押しつぶされた。
しかし…
バツィーン!
「うわ!」
リシャールが後方に弾かれた。
何と群れのリーダーと思しき黒妖犬が、重力魔法を抵抗したのだ。
「へぇ…。重力魔法を抵抗するなんてね。」
リシャールは距離を取りながら、弓をつがえるような仕草をした。
「火炎の弓矢!」
リシャールの手に火属性魔法による弓矢が形作られた。
そして、一気に10本程の火矢が放たれ、半数が黒妖犬に命中した。
グォォォ!!
火矢が命中した黒妖犬の体が火に包まれた。
火のついた黒妖犬が悲鳴を上げながら燃え尽きていく。
「ふむふむ、魔法はそれなりに通用しそうだな。群れのリーダークラスはある程度の魔法抵抗力があるようだ。さて…」
その後もリシャールは一気に攻め立てることはせず、データを取る様にして戦っていた。
「そろそろ良いかな。行くよ!」
リシャールは右手を前に出した。
その手から青白い球体が放たれた。
その中には赤い炎が渦巻いていた。
「んー、何かあの魔法、ちょっとヤバそう。」
「え? それはどういう…?」
ヴィクトル達衛兵隊が狼狽えた。
「あー、結構衝撃がくるかもしれないからボクの後ろにいると良いですよ。」
「あ、ああ…」
衛兵達が戸惑いながらもボクの後ろに回った。
「開放!」
凄まじい爆発が起こった。
ボクは外套で身を守りながら、衛兵達の盾になってあげた。
この外套は防御に用いれば、それなりの防御力を発揮することが可能だ。
少しして辺りに撒き散らされていた粉塵が収まってきた。
「な…!?」
ヴィクトル達衛兵が言葉を失っていた。
黒妖犬の群れが、文字通り木端微塵になっていたのである。
「あは、あはは…。ちょっと強くやりすぎちゃった。」
リシャールはまさに てへぺろ♪ と言うような表情で帰って来た。
「何が 強くやりすぎちゃった だよ!」
ボクはリシャールの頭を引っぱたいた。
「いたっ! た、叩かなくても…」
リシャールが頭を擦りながら答えた。
「あ、あの魔法は一体…?」
ヴィクトルが声を震わせながら質問した。
「ああ、あれは火と水属性の融合魔法だよ。相反する二つの属性を魔力で抑え込み、黒妖犬の群れの真ん中に放つ。それを一気に開放することで、大規模な爆発を起こすことが出来るのさ。」
リシャールが得意げに答えた。
火山などの水蒸気爆発を思い浮かべていただきたい。
水は水蒸気になると体積が1700倍に膨れ上がる。
先程の魔法はそれを応用することで、凄まじい爆発力を得ることが出来るのだ。
「何得意げに語ってるんだよ! あれを見ろ!」
ボクは爆発が起きた所を指さした。
そこは地面がかなり抉れていた。
「地形が変わるような魔法を簡単に使うなよ! 危ないだろ!」
「ぅ…!」
リシャールがシュンとして、体を縮こまらせた。
はっきり言って、あの程度の数であればこんな魔法を使う必要は無い筈だ。
「ご、ごめん…! 次から気を付けるから、許して…!」
リシャールはボクの服を掴みながら涙目になって懇願した。
折角得た友人に嫌われたくない、そんな感じだ。
「あ、いや…。わ、分かったよ。」
自分より背の高い褐色の美人が顔をくしゃくしゃにしながら懇願するなんて…。
「ほ、本当か!? ありがとう…!」
むぎゅー!
何がむぎゅー かは深くは言うまい。
「わ! リシャール、ずるい! 俺もリディとハグする!」
ヒスイも負けじとボクに抱き着いてきた。
何なんだいったい…
「え、あー…」
ヴィクトルやその他の衛兵は何て言って良いか分からない、というような表情でその光景を見つめていた。




