第19話 城塞都市ロクロワ(3)
その後、ボク達はエクトルに宿を紹介して貰った。
同じ宿内にエクトルも宿泊する様だが、まぁそれが彼の役目だから仕方ないだろう。
「うーん、結構ふかふかだよー!」
ヒスイがぼすんぼすんとベッドの上で飛び跳ねていた。
土鬼族は今でこそ町の体裁が整ってきたが元々はこれほどのベッドで寝るなんてことが無かっただろうから、とても新鮮な経験なのだろう。
「ふむ、私もベッドはあまり使ったことが無かったが、これは心地良いな。」
「あれ? 妖精族の町にもベッドって無いの?」
「無いな。他の大陸の妖精族は知らんが、グランアルブルの妖精族は聖泉の水で育てられた藁で作られたものが多かった。我々の祖は精霊の類だから、肌触りとか心地良さと言うよりは神秘的な力を求めていたのかもしれんな。」
「へー。でもそれだと俺達土鬼族も藁を敷いて寝てたから、妖精族も大して変わらないんだね。」
「む、そう言えばそうだな? 聖泉の水を使ったからと言って、それ以外の物と何が違うのか分からないし…」
トントン!
種族別寝床談義が行われている最中、入り口のドアを叩く音がした。
「ん、誰だろう?」
「この町で私達を訪ねてくるなんて、エクトルくらいしかいないだろう。」
「それもそうだね。」
ボクは入り口に近付きドアを開けた。
「あ、やっぱりエクトル様でしたか。どうかしましたか?」
「お寛ぎの所、失礼致します。お三方、少し外に出ませんか?」
「は、はぁ…」
一体、何の用だろう?
「いえね。私の行きつけの食堂がありましてね。そこでなら気兼ねなくお話出来るかと思いまして。」
「ふむ…、悪くない話ですが…。そうですね、エクトル様のおごりならお邪魔しましょう。」
ボクはニヤッと笑いながら答えた。
「はっはっは、仕方ありませんな。お近づきに印に、私が食事代を出しましょう。」
「ご飯、タダで食べられるの? わーい!!」
「ふむ。人族の一流の料理人が作る料理は素晴らしい味と聞く。実に興味深い。」
ヒスイとリシャールも乗り気だ。
「決まりですね。ではお言葉に甘えるとしましょう。」
ボク達はエクトルにゴチになることにした。
「うわぁ~~~!」
ヒスイが身を乗り出して声を上げた。
目の前には数種類の料理が大皿に盛られていた。
「これ、食べて良いの? 本当に?」
ヒスイは目をキラキラとさせていた。
「ああ、好きなだけ食べてください。」
エクトルがにこやかな顔で答えた。
「いっただきまーす!! あむ!」
「こら! もっとゆっくり噛みなさい。」
「は~い! んー、美味しい!」
ニコニコとしながらおかずを頬張るヒスイの横顔を見ると、何かこっちも幸せな気分になるな。
「さぁ、私達も頂こうじゃないか!」
横を見ると、待てを喰らった犬の様にそわそわしているリシャールがいた。
「あ、ああ。そうだね、食べようか。」
「うむ! 頂くぞ、エクトル殿!」
リシャールはそう言うと、取り皿に目の前のご飯を盛り始めた。
楽しそうに食事をする仲間達の姿を眺めながら、ボクも食べ始めた。
「お口に合いそうですかな? リディ殿。」
「ええ、お陰様で仲間達も喜んでいるようで。」
「それは良かった。だがそのお仲間と比べると、あまり食が進んでいないようだが…?」
「あ、ああ…」
ボクはお皿を置いた。
「別に口に合わないわけではありません。魔族と言っても色々いまして、ボクはまず種として大食いではないんですよ。」
「そうでしたか、それは失礼いたしました。」
エクトルは少し申し訳なさそうな顔をした。
「エクトル様もお食べになったらいかがですか? ボクが取り分けますよ。」
ボクは取り皿に目の前の食べ物を盛り、エクトルの前に置いた。
「これは…すみませんな。しかしリディ殿は魔族でありながら、どこか人間くさい気がしますな。いや、悪い意味ではありませんよ。」
「そうですか? まぁ、ボクは実は魔族と人族の混血ですし、以前は人族と一行を組んでいたからかもしれませんね。」
ボクは少し上を見て、かつての仲間を思い浮かべた。
皆、良い仲間だった。
「左様ですか。人間にも色々な者がいますからな。リディ殿は良い仲間に巡り合えていたのでしょう。」
「時にエクトル様。こうしてボク達を招待したのは、ただご飯を食べさせるためでは無いでしょう?」
その言葉に、エクトルは静かに食器を置いた。
「その通りです。単刀直入に聞きましょう。リディ殿、貴女方は一体何をしにこの町においでになられたのかな?」
「理由ですか。そうですね…」
ボクはグラスの水を一口飲んだ。
「この町に来た理由はただ単に物資の補給に来ただけです。それに仲間も増えましたので、今後の旅に役立つ情報も仕入れたいとも思いまして。」
「ふむ、貴女は冒険者だ。ギルドに来れば、情報を手に入れることが出来るかも知れませんからな。」
「その通りです。ボクは将来的には故郷であるノワールコンティナンに渡ろうと思っています。当初その為にバルデレミー商会の船に乗っていたわけですが、船が難破しまして、この大陸に辿り着いたわけです。」
「なるほど…、それは災難でしたな。」
エクトルは腕を組んだ。
「残念ながらこの大陸は、もう事情は掴んでるかもしれませんが、他の大陸との交易はめっきり細くなってしまっているのですよ。我が町もかつてバルデレミー商会との取引もありましたが、ここ数年で無くなってしまいましてね…」
確かにこの町は港から遠いし、周辺は妖精族などの敵対勢力もある。
バルデレミー商会もリスクとリターンの兼ね合いでこことの交易を避けているのだろう。
「この大陸にはあと二つ大きな人族の町があると聞いていますが、そちらはどうなのですか?」
「この大陸にある町…と言うか国はペンザ枢機卿国と、エルヴェシウス教国にあります。エルヴェシウス教国と言うのは人族に広範に信じられているエルヴェシウス教の総本山で、周辺の幾つか小さな集落を含めて領域としており、人口は5万を誇ります。ペンザ枢機卿国は教皇家の傍系の家柄が治める国ですな。人口は1万程です。」
ふむふむ。
それだけの人口がいれば、もしかしたら交易があるかもしれないな。
「我が町がそれらに比べて小さいものですが、エルヴェシウス教開祖の出生地という事で保護されておるのですよ。…話がそれましたが、エルヴェシウス教国であればバルデレミー商会の出先があったと思います。」
「そうですか、では…」
「話はそう簡単では無いのですよ。」
エクトルが制止した。
「どういうことですか?」
「エルヴェシウス教は貴女方、魔の者に寛容ではありません。特にエルヴェシウス教国は総本山ですから…」
「門前払いか、最悪全力で殺しに来ると…?」
「可能性はありますな。」
「なるほど…」
ボクは少し下を見た。
ボクの方に敵意は無くとも、問答無用で敵意を向けてくるのならどうしようもない。
確かにこの町の冒険者にも全員では無いが、ボクに敵意を向けてくる者がいた。
信仰から来るものだろうか。
「ちなみにエクトル様はどうなんです? ボクを排斥したいと思いますか?」
「ははは。そう思っていたらこうして共に食事などしておりませんよ。確かに私はエルヴェシウス教徒ですがね。この町の住民は常に危険に晒されています。信仰だけで脅威から逃れられるのであれば、全員が妄信するでしょうな。」
「え、でもエルヴェシウス教国から保護されてるんでしょ?」
「保護されていると言っても、最低限の物資の供給のみです。軍事的な援助はほぼ無いと言えるし、まぁある程度自前で何とかするしかないんですよ。」
ふむふむ。
程度があるだろうけど、現実主義な人もいるらしい。
「何とかバルデレミー商会の出先に行くのならエルヴェシウス教国に忍び込むか…」
ボクは顔をしかめた。
「忍び込む、と言うのは難しいでしょう。教会騎士団が警備を固めてますからな。…その代わり、一つだけ手段があります。」
「それってどういう…?」
「それをお教えするには交換条件があります。…私からの依頼を受けていただきたい。」
エクトルは真剣な表情で語り始めた。




