第2話 土鬼の村(1)
子鬼と思われる少年に連れられ、ボクはこの少年が住む村にやってきた。
その村は木の杭で作られた柵に囲まれていた。
村に建てられていた家は藁葺屋根のもので、人族が作るそれに比べるとかなり粗末で簡素なものであるが、彼らの生活様式からすればおそらく大した問題は無いのだろう。
「コッチダ。ハヤクコイ。」
少年はせかすような声を出しながら手招きした。
少年に続いて10分程歩くと、ひときわ大きな家が見えてきた。
おそらくここに少年の長が住んでいるのだろう。
「ブキハアズカル。ハイレ。」
ボクは少年に剣を渡し、中に入った。
「タダイマカエリマシタ。」
「フム、ゴ苦労。」
髭が生えた子鬼が座っていた。
近くには護衛と思しき子鬼が2名、少し奥には女性の子鬼がいた。
長の妻であろうか?
「サテ、良クゾ我ガ村ニ参ラレタ…ト言エルカドウカ分カランガ…。客人ヨ。」
「はい、急な訪問申し訳ありません。ボクはリディ・ベルナデット・ウイユヴェールと申します。」
ボクは片膝をついて挨拶した。
「ソンナ人族ノ様ナ挨拶ナドセヌトモ良イ。…シカシ客人ヨ。」
「は、はい…?」
「今、ウイユヴェールト申シタカ?」
「はい、そうです…」
ボクは長を見た。
数秒間、沈黙の時が流れた。
「フム、リディ殿トオ呼ビスレバ良イカナ? アナタハ何ヲシニココニ参ラレタノダ?」
「はい。ボクが乗ってきた船が難破をしました。脱出し海岸までたどり着けたのはボク以外に4名で、ケガを負っている者もいます。助けを求め町を探しているときに、そこの少年と出会いました。」
「ホウ、ソレハ難儀ナコトダ。偶然ト言エ、我ガ息子ノ『ヒスイ』ニ出会ッタノモ何カノ導キカモ知レヌ。」
なるほど、少年は長の息子で、名をヒスイと言うらしい。
「リディ殿、アナタハ魔族トオ見受ケスル。オ仲間モ魔族ナノカナ?」
「いえ、人間、…人族です。」
「ナンダト…?」
長が反応する前に、ヒスイと呼ばれた少年が前に出てボクの服の胸倉を掴んだ。
「ナゼマゾクデアルオマエガ、ニンゲントイッショニイル? ナゼオレタチガ、ニンゲンヲタスケナケレバナラナイ?」
「ヤメナイカ。」
長がヒスイを止めた。
ヒスイは納得いかないような顔のまま手を放した。
「我ガ息子ガ失礼ヲシタナ、リディ殿。」
「いえ…」
「ダガ息子ガ憤ルノモ、致シ方ナイコトデナ。我ラ子鬼ハ、人間ニトッテハ、狩ル対象ノ魔物ニ過ギナイ事ハ知ッテイルダロウ?」
「・・・」
長の言うとおりである。
子鬼は人間にとってはただの魔物に過ぎない。
冒険者組合などに行けば、討伐クエストがあるくらいだ。
しかも子鬼はどちらかと言えばレベルが低く、ある程度の腕があれば容易な討伐対象となるのだ。
「リディ殿ガ何故人間ト一緒ニイルノカハ問ワン。ダガ我ラガ人間ト敵対スル存在ナノハ、理解シテ頂コウ。」
やはりこういう答えが返ってきたか。
ある程度予想はしていたが…。
「ですが、彼らにはそんなに時間がありません。一人はかなりの重症ですし、食料もありません。彼らがあなた達に敵対しない、いや、そんなことはボクがさせません。何とか助けて頂きませんか…?」
ボクは懇願した。
ここで引き下がって人の町を探しても良いが、残してきた船員たちがもつかわからない。
そんなボクを見て、長はふーっと息を吐いた。
「リディ殿、息子ニ会ッタト言ウコトハ、丘ノ上ニアッタ廃墟ヲ見タカネ?」
「はい…」
「アソコニハ人間ノ町ガアッタ。アレハ我ラガ滅ボシタノダ。」
「え…!?」
ボクは目を見開いた。
「アノ町ノ人間ハ、我ヲ迫害シタ。我ラハ一族ヲ守ル為、立チ上ガッタノダ。」
長がゆっくりと腰を上げた。
「カツテ子鬼ニハ四大氏族トモ言ワレルモノガイタ。ダガ我ラ『土鬼族』以外ノ氏族ハ滅ブカ、散リ散リニナッテシマッタ。我ラモコノママデハイズレソウナル。ダカラ我ラハ妖精族ト手ヲ組ンダノダ。」
「妖精族と…? それはどういう?」
「コノ大陸ノ妖精族ハ人間ト敵対シテイル。我ラハ妖精族ノ加護ヲ受ケ、人鬼ニ進化シタノダ。」
人鬼だって?
確かに彼らは子鬼にしては高い力を持っていそうだったし、ヒスイに至ってはかなりの手練れのようだ。
「人鬼ニ進化シタ力ヲ持ッテ、我ラハ人間ノ町ヲ滅ボシタノダヨ。ソンナ我ラガ何故人間ヲ助ケナケレバナラナイ?」
片膝をつくボクを、長が見下ろした。
だがボクは視線を逸らさなかった。
「それでもボクはあなた方に助けを乞うしかない。そうでなければ、一緒に脱出してきた船員たちは死んでしまうだろう。彼らはボクの仲間ではないが、それでも助けたいんだ。」
「仲間デハ無イノニ、助ケタイノカ?」
「ああ。」
「ソノ者達ガ我ラニ敵対シナイトイウ保証ハアルノカ?」
「この眼に誓って、そんなことはさせない。もしそうなったら、ボクを含めて殺せばいい。」
「・・・」
長は天井を見上げた。
「フム、リディ殿ハ強情ナオ方ダ。致シ方ナイ。」
長が息子であるヒスイを見た。
「ヒスイヨ。何名カ引キ連レ、リディ殿ト共ニ人間タチヲ村ヘ連レテクルノダ。」
家の中がにわかにざわついた。
「シ、シカシ…!?」
ヒスイも驚いたような表情になった。
「良イカラ、行ッテクルノダ。歯向ムカウヨウナラ殺セ。」
「分カリマシタ…」
ヒスイが渋々というような感じで立ち上がった。
「行クゾ…」
ヒスイは預かっていた剣をボクに押し付けた。
「あ、ありがとう…!!」
ボクは剣を受け取り、ヒスイ、そして長に礼を言った。
「助ケルカドウカハ、連レテクル人間次第ダ。ハヤク行クガイイ。」
長はため息交じりにそう答えた。