第15話 閑職の隊長(2)
ボク達は1時間くらい、リシャールと話をした。
リシャールの話の半分くらいは自らの国に対する愚痴だったが、まぁそれほど鬱憤が溜まっていたのだろう。
「あー、リシャール君。そろそろボク達はお暇したいんだけど…?」
「す、すまない。長く引き留めてしまったな。」
リシャールはばつが悪そうな顔になった。
まるで長年の友人と話していたような反応だが、ボク達は君達の敵では無かったのか?
「すぅすぅ…」
隣を見るとヒスイがボクにもたれ掛かりながら寝息を立てていた。
あの、ヒスイくん、ここは敵地で…。
「し、しかし、どうしよう?」
「何がだい?」
「さっきも言ったように、ここの外は監視されている。私は君達を通さないつもりは無いが、どのようにすれば具合が良いだろうか…」
「そんなの力づくで通った事にすればいいじゃない…?」
「うーむ、それでは部下に責が及ぶ可能性がある…」
リシャールが腕を組んだ。
なるほど。部下の事を考えているのか。
えっと、自分の事は…?
「良い案を思いついたぞ!」
リシャールが立ち上がった。
「へぇ、どんなの?」
「リディ! お前、今から私を拉致しろ!」
「へ?」
突然の“名案”にボクはぽかーんとした。
「一体何を言い出すの?」
「名案では無いか。私は尋問の途中で急に自由を奪われ、人質に取られる。部下たちは手出しが出来ず、賊の逃走を防げず…。どうだ? 名案だろ?」
「・・・」
あのー、一方的にボク達が悪者になっていませんか?
ボクの複雑そうな表情を見たのか、リシャールは頭を下げた。
「悪者では無い君達をそのような扱いしてすまないと思ってる。だが我が国は失敗したものへの扱いが良くない。部下達に責が及ぶようになれば、彼等の立場が悪くなるんだ。」
「うーん…」
リシャールの言う事は分からなくは無いが…。
「君達にはそれ以上の迷惑は掛けない。ここを出たら私を捨て置けばいいんだ。」
「君はその後、ここに戻るのかい?」
「そうするつもりだ。それならば、君達を通してしまった責が私一人で済む。」
「なるほど…、分かったよ。」
ボクはそう言うと、隣で寝ているヒスイを起こした。
「むにゅ、もう行くの…?」
「ああ。今からこのリシャールを拉致してここを突破する。」
「へぇ、何だか面白そう!」
ヒスイが目を輝かせた。
「さて、少し痛いと思うけど我慢してくれ。」
ボクはすくっと立ち上がった。
「お、おう! 少しは優しくしてくれよ。」
「悪いけど、それは無理だ。」
ボクは左拳に部分的獣化を発動させた。
ドス!!
拳がリシャールの腹をとらえた。
リシャールは苦悶の表情でその場に崩れ落ちた。
パチパチ…
焚火の音が辺りに響いた。
ここは妖精族の森から数キロ離れた所にある洞窟だ。
その入り口で、ボク達は休息していた。
「う、うむ…」
リシャールが目を覚ました。
そしてガバっと身を起こした。
「ここは! どこだ!!??」
「お、目を覚ましたのかい?」
ボクはそう言うと、リシャールに水を差しだした。
「あ、ありがとう…」
リシャールは水を受け取り、ゴクッと一口水を飲んだ。
「そ、それより、ここはどこなんだ?」
「ここは君達の森から何キロか東に行ったところだよ。良い具合に洞窟があったので、今日はここで休むことにしたんだ。」
「何で私を捨てていかなかったのだ? 何故私はまだ君達と一緒に居る?!」
「そりゃ君を残して逃げればボク達は楽だけど、それだと君は国に戻るんだろう? 君は言ってたじゃないか、妖精族達は失敗した者は厳しいと。」
「それはそう…だが。」
「君が国に戻ったら、2回目の失敗をした君はどうなる? 妖精族達が君の言うような奴等だとしたら、ボク達のような魔の者に後れを取った君はかなりヤバいと思うけどね。」
リシャールが目を伏せた。
少し手が震えていた。
「だからボクは君を妖精族の国に帰さないことにした。もう少しボク達と一緒にいて、どこかの町についたら別れると良いよ。」
「どうしてだ…」
「え…?」
リシャールは震える手を伸ばしてボクの肩を掴んだ。
「君は魔族で、私は敵じゃないか! 何故私の事をそこまで考えてくれるんだ!?」
「うーん、何でだろうね? 深く考えたわけじゃないんだけど…」
ボクは隻腕である左腕でリシャールの肩をポンポンと叩いた。
「君の愚痴を聞くのはそれほど面白くはなかったが、君はもう自分の罪を悔いたのだろう? それで十分さ。」
それを聞いたリシャールはボクの肩から力なく手を離した。
「あ、リシャール! 目覚めたんだね!」
見張りに出ていたヒスイが戻って来た。
「ああ、今さっきね。それじゃ次はボクが見張りに出るからね。リシャールはもう少し横になってなよ。さっきは結構力込めて殴ったからね。ダメージがまだあるはずさ。」
「・・・」
リシャールは何も言わず横になった。
涙を流しているように見えたが、見なかったことにしよう。
これ以上、彼のプライドをえぐるのも良くない。
「それじゃ行ってくる。ヒスイ、よろしくね。」
「うん、任せて!」
ヒスイの笑顔を見送ると、ボクは高台へ見張りに出掛けた。
ここからは後で聞いた話で、直接見聞きしたものではない。
少しして、リシャールは体を動かしてヒスイの方を見た。
「あの、ちょっと良いかな?」
「うん? 痛む? 薬草あるよ。」
ヒスイが心配そうな顔でリシャールの顔を覗き込んだ。
「いや、大丈夫だ。心配させてすまない。…そうじゃなくて。」
「ん? じゃ、何?」
「君の主、リディはいつもあんな感じなのか?」
「あるじ?」
ヒスイがきょとんとした。
「リディは、君の主では無いのか?」
「あー、そう言う事。俺が元々人鬼だから、リディの配下だと思ったわけだ。」
「…違うのか?」
「残念ながらね。リディと俺は主従関係では無い。友達の契りを交わしているけどね。」
「友達…だと?」
リシャールは信じられない、と言うような顔になった。
(あの魔族が本当にかつての魔王に連なる者かは分からないが、高位の魔族であるのは分かる。そのような者が、何故人鬼等と…。だがそれでこの者は最上位人鬼に進化したのか。)
困惑しているリシャールを見たヒスイが口を開いた。
「妖精族のオマエには分からないかもだけど、リディは俺達にも、人間達にも分け隔てが無いんだ。そのお陰で俺の一族はオマエ達に滅ぼされることは無かったし、自分達の町、ブルー・ロジエを建設することも出来たんだよ。オマエもそんなリディの優しさを感じたから、そんな顔をしているんだろ?」
「…そうだな。」
本当にその通りなんだろう。
ヒスイはリディを信頼しているようだ。
その信頼はリディの優しさから生まれて来たんだろう。
リシャールはそれを身をもって感じた。
自分は何て矮小な存在だったのか…。
「ありがとう…、本当に…」
リシャールは小さい声で呟いた。




