第14話 閑職の隊長(1)
樹人兵を退け、ボク達は森の奥へ進んだ。
しばらく進むと定番の分かれ道が現れた。
分かれ道の中央には看板が立てられていた。
どれどれ…
左、グランアルブル。
右、東方出口。
おそらくグランアルブルというのが妖精族の町の事だろう。
残念ながら、妖精族の町になど用事は無いし、興味も無い。
であれば、ボク達は右に行けばよい。
「これ、どっちに行くの?」
「看板によると右だね。左に行くと妖精族の町に行っちゃうみたいだから。」
「ふーん。あえて左に行ってカチコミかけてもいいと思うけど!」
「カチコミ…。何を言ってるのかな? ヒスイくん。」
ボクはヒスイの頭をむんずと掴んだ。
「ごめんなさ~い。」
ヒスイが可愛らしい声で言った。
「とりあえず右に行って、この森から出よう。」
「うん、そうだね。」
念の為、魔眼で周辺を確認した。
特に罠等は無さそうだ。
とにかく面倒なことに関わるだけ無駄だ。
早くこんなところから脱出するに限る。
ボク達は分かれ道を右に進んだ。
先程の様に警備兵が現れたりするかと思ったが、特にそれらしい気配は無い。
1時間程進んだだろうか、目の前に何かの建物が現れた。
「止まれ! お前たち、何者だ…!?」
妖精族の兵士だ。
どうやら、ここは森の東側を守護する警備兵の詰所の様だ。
「悪いけど、君達に名を名乗るつもりは無いね。ボク達はここを通って森の外に出たいだけだ。」
「何だと、貴様ら…」
警備兵はそこまで言いかけて口を噤んだ。
「ま、魔族…!? おい! 隊長を呼んで来い!!」
警備兵達が慌ただしく動き始めた。
ボク達はここを通れれば良いんだけどな…。
ま、騒ぎを大きくするつもりは無いから、彼等がどう出るかを見極めても良いだろう。
「隊長! こちらです…!」
兵士の一人が“隊長”を連れてきた。
「何だ…、いちいち私を連れて来るなんて…」
どうもこの“隊長”はあまりやる気が無さそうだな。
「魔族です!! 我らの神聖な森に魔族が侵入しています! それに人鬼のような者が一緒です。」
「魔族だと? いったい…。な!!」
“隊長”がボク達を見るなり絶句した。
「あれ、君はもしかして…?」
ボクはこの“隊長”には見覚えがあった。
「これはこれは、君はこの前の、妖精族将軍じゃないか。」
そう、こいつは土鬼族の村を攻めてきた妖精族軍の指揮官だった男だ。
「隊長、この魔族を知っているのですか?」
「うぅ…。こやつらは私に任せろ! お前達は見回りをして来い!」
「は、しかし…」
「良いから行け!」
「はっ…!」
“隊長”に促され、部下の兵達がその場を離れていった。
それを見届けると、“隊長”はこちらに向き直った。
「お前達、こっちに来い!」
「えー、ボクはここを通りたいだけなんだけど…」
「良いから、いや、頼むからこっちに入ってくれ…」
“隊長”が下手に出てきた。
まぁ、可哀そうだからついて行ってあげるか。
「お茶くらいは出してくれるんだろうね?」
「出す! 出すから早くあの建物の中に来てくれ。」
ボク達は“隊長”に続いて建物の中に入った。
“隊長”は詰所になっている建物の一番奥にある、自身の執務室に誘った。
「ここなら大丈夫だ。そこら辺に座ってくれ。」
“隊長”が椅子を指差した。
「大丈夫って何が…?」
ボクは椅子に腰かけながら問いかけた。
「ああ、それはな…」
“隊長”がボク達の前のテーブルにお茶の様な飲み物を置いた。
「あの場所は監視されている。何か気付かなかったか?」
「監視…」
ボクは立ち上がって窓を少し開け、魔眼を発動させた。
確かに何かの魔法が施されているようだ。
「お前のその眼は、魔法効果を見定められるようだな。」
「まぁ…ね。確かに何かに見られている感じだ。」
ボクはそう言うと再び椅子に腰掛けた。
「リディ、これ飲んで大丈夫?」
「大丈夫。ボクも眼で見たけど、何も入っていないようだよ。」
「そう? じゃ、いただきまーす。」
ヒスイが嬉しそうに飲み物を飲み始めた。
「そこの人鬼…、いや、違うな。それ以上の存在に見えるが、この前私が攻撃した村の者の様だな。」
「ああ。彼は、ヒスイは最上位人鬼だ。」
「そうだよ! はっきり言って、俺はオマエよりも強くなった。リディが今ここにいなければ、一族で死んだ者の敵として、オマエを殺しちゃうところだ。」
ヒスイがいーっとした。
「その様だな。許しを請うつもりは無い。だが私もまだ死にたくないから、勘弁してくれないか?」
“隊長”はため息をつきながら応じた。
相変わらず整った顔だが、表情には覇気が感じられない。
「あんた、やけに弱気じゃないか?」
「ふん、あの一件以来、私は中央から外されたのさ。妖精族将軍の称号は剥奪されなかったが、今じゃこんな辺境の警備隊に左遷され、家からも見放されたのだ。」
「へぇ、それでやさぐれてるんだ?」
ボクは何気なくデスクを見た。
テーブルの上に置かれた札には、東方警備隊長『リシャール・ルノワール』とある。
これは彼の名前だろう。
それなりに高貴そうな姓であるから、もしかしたら妖精族の貴族の出なのかもしれない。
「でも、リシャール君、かな? それもこっちからしたら、自業自得だと思うけど。」
「そうだな。それについてはすまないと思ってる。この通りだ。」
“隊長”=リシャールは意外にも素直に頭を下げた。
「まさか素直に謝るなんてね…」
「私はあの一件で自身のプライドを全てへし折られた。そして閑職に追いやられた事で、僕だと思っていた者達にしてきたことの愚かさに気付いたのだよ。」
「ふーん…。ヒスイはどう思う?」
「俺? うーん、えっと…」
ヒスイはティーカップを机の上に置いた。
「まぁ、謝ってもらったし、いつまでも殺したいとは思わないよ。」
「そうか。感謝する。」
リシャールはもう一度頭を下げた。
「ところでどうしてボク達をここに案内したの?」
「お前達は妖精族からしたら排除すべき侵入者だが私としては争うつもりは無い。まぁ争ったとしても勝ち目は無いけどな。それにお前達と一度話をしてみたいと思ったんだ。」
あれ、この人意外と悪い人じゃないのかも!?




