第11話 ブルー・ロジエ
妖精族来襲から半年が経過した。
町の復興は更に進み、人族のそれと遜色ないものになってきた。
そして決定的に変わったことが一つだけあった。
それは多種族の者達集まり始めたことだ。
まず始めに現れたのは獣人の一つである大鼠族だ。
彼等は魔物から獣人に進化し言葉を解する一族であるが、子鬼と同じく虐げられる存在であった。
大鼠族達は自らと同じように弱き存在であった土鬼族が町を建設したと聞き、迫害を逃れやってきたのだった。
その他にも木乃伊族や下級ではあるが妖魔の類なども訪れたようだ。
もしかしたら一部の者は繁栄への途上のこの町を手中にしようという目的で訪れた輩もいるかもしれない。
400名もの一族を率いて移住してきた数の上では最大派閥となる大鼠族や、ある程度の力を持つ妖魔達を持ってしても野心を形にすることは出来ないだろう。
土鬼族族長をはじめとした最上位人鬼への進化は、それほど目覚ましいものなのだ。
また人族も30人ほどが移住してきた。
総人口は1,000を超えた。
この世界では1万人の町で大きな都市と言えるのだから、それなりの町に成長したといっても良い。
多種多様な種族を抱えたこの町は、これからも拡大していくことだろう。
「こんにちは、族長様。」
その日ボクは土鬼族の長の家を訪ねた。
「おお、リディ殿か。よう参られた。」
長は笑顔で出迎えてくれた。
片手には魔法書を持っていた。
最上位人鬼に進化してからは、師である魔導士から譲られた魔法書を読み魔法を研究するのが日課のようだった。
「先程も町を散歩してきましたが、かなり町が発展してきましたね。」
「うむ。人口増加については他の種族の流入もあろうが、大きなトラブルも無くここまで来られたと言えるだろう。」
長は魔法書を置いて、卓上の地図を眺めた。
この地図は町の復興を進める中で、その指揮を執る建築家が作成したものだ。
「ここまで来られたのはリディ殿のお陰と言っても良いだろう。改めて礼を…」
「い、いや、やめてください。ボクは何も…」
ボクは長の言葉を遮るように答えた。
「そんなことはあるまい。リディ殿がいなければ我々は滅びていたし、最上位人鬼に進化することもなかった。人間達と誼を通じることも無かったのだ。」
うーん、そういう意味ではボクのお陰なのかもしれないけど…
「それでもボクは何なるきっかけを作ったに過ぎません。」
「そうであるか。我が一族の友がそう言うのであれば、そういうことにしておこう。」
あ、そういえばボクは土鬼族とお友達の契約を結んだんだったな。
「しかし、ここまで大きくなったのであれば、この町にも名が必要だろう。」
「そうですね。町として力を持つようになれば、ここも地図に載るかもしれませんし。」
ボクは頷きながら答えた。
「そうであろう。実は儂は幾つか案を考えていてな、例えば…」
「あ、でも族長様。いくら族長様がボクに恩義を感じていると言っても、ボクの名前を町の名前に入れるのだけはやめてくださいね!」
「ん、んぐ!! それは…!」
長が言葉に詰まった。
少しやな予感がしていたのだ。
『○○バーク』みたいな名前を付けられたら、何かのフラグを立てているようにしか思えない。
フラグは出来るだけ回避すべきだと、それについて教えてくれたアスカが言っていた。
「そ、それでは何かいいアイデアはあるかね? リディ殿。」
「そうだなぁ。ブルー・ロジエと言うのはどうでしょうか? 青い薔薇の苗木 と言うような意味ですがこの町はまだこれから成長していって欲しいとう思いを込めて、青い薔薇の花では無く苗木にしてみました。」
「おお! 実にすばらしい名だ。これより我が町はブルー・ロジエと呼称することとしよう。」
長は嬉しそうな声を上げた。
「時に族長様。今日は少しお話があって訪ねたのですが…」
「ふむ、何だね?」
ボクの言葉に、長は思い直したように姿勢を正した。
「実はボク、そろそろこの町を離れようと思うんです。」
「なんと…、それはいったい…?」
「はい。先程も言いましたが、この町の復興は進み、それどころか以前よりもかなり発展してきました。」
ボクは話を進めた。
「この町の発展に、もうボクは必要ありません。あなた方が最上位人鬼族に進化した以上、妖精族も簡単には手出しできないでしょう。」
「う、うむ…」
「ボクがここに来る前、人間達と一緒に船に乗っていたのは故郷であるノワールコンティナンに帰るためでした。ずっとここにいたのでは…」
「君の故郷に帰るのは叶わぬ、か」
「はい…」
長は目を閉じ、腕を組んだ。
そして少しして目を開いてボクを見た。
「それならば致し方あるまい。リディ殿は我が友だ。我等ばかり恩恵を受けていては真の友とは言えぬ。」
「族長様…」
「我等がリディ殿に返せるものは少ないが、せめて友としてリディ殿の決断を尊重し応援することが一つの返礼になるかもしれんな…」
「すみません。ありがとうございます…」
ボクは頭を下げた。
ガッシャーン!
部屋の入口のほうで食器が床に落ちる音がした。
そこにはヒスイが立っていた。
その表情は…、今にも泣きだしそうなものであった。




