拳銃撃って、って頼んだら冗談かと思われたけどすでにこの冗談のような状況が現実なんだから別にふざけてないんだけど
気がつくと周囲のランナーがわたしたち2人を取り囲むようにして走っている。どうやら護衛してくれているようだ。巫女さんの格好をしたもみあげの長い男性警官も1人並走している。
「拳銃、持ってるんですか?」
「一応携行しております」
「撃たないんですか?」
「命令があれば躊躇なく撃ちます」
わたしはじれったくなる。
「一発撃ってみてください」
わたしの言葉に警官が顔を険しくする。
「さっきからのあなたたちの行動にわたしは感慨を持ちました。ですが、やはり運が良かっただけです。わたしは職務を全うするために走っている。ふざけないでいただきたい」
後ろ髪を束ねたウイッグからはみ出るもみあげに笑いを必死でこらえ、わたしは大真面目な顔を繕って警官に語り続けた。
「わたしはふざけてなんかいません。あなたにコスプレをさせるテロリストの感性を考えてみてください。普通じゃないですよね? まるで冗談ですよね? でも、現実です。だったら、普通に考えてちゃだめです」
ノセくんにもわたしの考えが伝わったようで、警官に補足してくれる。
「正直、ゴールしたあとがやばいと俺は思ってます。テロリストはゴールするまでのルールは示してますけど、その後のことは何も言ってませんよね? なら、できるだけ今の内に敵の戦力を潰しておきたいところです」
「警察は優秀だって分かってます。でも、ほんとに自分の命が掛かってる時に人任せにできません。ちゃんと作戦を提案しますから」
わたしは警官に耳打ちした。
「分かりました。やりましょう」
扮装は冗談のようだけれども、腹の座った警官だった。わたしとノセくんで周囲のまだ余力がありそうなランナーたちにも耳打ちして協力を仰いだ。
パン!
まるでおもちゃのような軽い乾いた音だった。ドローンのマシンガンの音といい、現実って結局こんな程度のもんだ。軽い軽い。
けれども中空に向かって一発拳銃を撃った警官本人は顔面蒼白になってる。
「ほら、来た!」
思った通り、ドローンが集団になって編成飛行をしてきた。
たった一発の銃声にここまで過剰反応するなんて頭の悪いテロリストだよね。
「はい! ダッシュ!」
わたしの掛け声でイキのいいランナーたちが全力疾走を始める。巫女警官も走る。わたしとノセくんも電車ごっこのままダッシュする。2人がシンクロして走ってるみたいでやたらテンションが上がる。
まさしくハエのごとく10機近いドローンがぶんぶんとついてくる。
「あと100メートル、走って走って!」
ここから急激に下る。JR高架が見えてきた。
「ほれ、おいで!」
ドローンの積載カメラからはわたしたちが消えたように見えただろう。
そして、次の瞬間、緑の合成繊維で強靭に編み込まれたネットが遠隔操作しているテロリストのモニターに映ったはず。
「やった!」
真上をローカル特急が通る鉄道の高架線路。その下は急激に深く細い抜け道なのだ。こんなセンスの悪いコース設定をする大会運営者に感謝感激。
「まさかこんなにうまくいくとは!」
通路の天井のコンクリート片落下防止のネットにドローン9機が自ら突っ込んで一網打尽にされた。1機はかろうじて逃れ、状況を確認してから飛び去って行った。ネットに引っかかった9機はプロペラをパキパキと折ってまだモーターが回ってる。
実はこれは一緒にダッシュしてくれた参加最高齢の82歳おじいちゃんランナーの提案だった。
「よくこのネットのこと思いつきましたね」
ノセくんがおじいちゃんに訊く。
「一応コースを一回試走してみたからね。それにここ、ドン深になってるから雨が降ったらいつも冠水してるのも覚えてたし」
「それよりも、わたしたちと一緒にダッシュできるのがすごいですよ」
「なんの。全力と抜くときの塩梅を知ってるだけだよ」
深いなあ。なんか、映画みたいだなあ、この感じ。
さて、1キロ近くダッシュしたからあと5キロほどか。
先にゴールしてる人たちってどうなってるんだろ。