せっかく気分良く引きこもってたのに
「シハナ!」
PCで小説投稿サイトの異世界ものに耽溺していると、襖がガラッと開け放たれた。え? 誰、誰? と認識しようとする前にその男の子は6畳しかないわたしの自部屋をほとんど駆けるようにして窓に向かい、日中でも常に閉ざされているカーテンをビーっ、と開けた。
約1か月ぶりの直射日光だ。目が眩んだ。
「何してんだ、逃げるぞ!」
窓の外の様子を確認した後、彼はわたしの腕をつかんで椅子から引きずり起こした。有無を言わさず部屋の外へ引っ張り出される。
「やめて」
怒鳴る気力もこの2年ほどで消え果てていたわたしは、ほとんどつぶやくように彼に抵抗の言葉を告げた。でも、彼はやめない。そのまま階段をとたとたと駆け下り、玄関に向かう。
パジャマ兼用のTシャツと短パンに素足のわたし。彼はざらっとしたアスリート風のTシャツに短パン、そしてソックスはくるぶしまでのやつ。足裏に滑り止めのポイントがある本格的なやつだ。そして、Tシャツには「1015」という番号がプリントされた紙が安全ピンで留められていた。
「走れる靴、履いて!」
意味を考える前に、中学の部活で使っていたテニスシューズを履いた。そのまま2人して外へ走り出た。
家の前の幹線道路は人でごった返していた。そういえば、今日は県主催のマラソン大会の日だ。うちの前の道路がコースになっているので応援に行くとお父さんもお母さんも1時間ほど前に出ていった。
引きこもりのわたしにはどうでもいいイベントだけれども。
「シハナ、俺のこと、覚えてるだろ?」
走りながら彼が訊いてきた。
もちろん覚えてる。
中学でたった1人だけわたしを名前で呼んでくれた子。中3の秋に転校してきたノセくん。
「ノセくん、でしょ」
「ああ。とにかく給水ポイントまで走るぞ!」
なんだろ。マラソン大会って、こんな風に普段着の人も走るものなのかな?
わたしの数メートル先に、コンビニの制服を着たおじさんが走っていた。