中学・春・冬馬加入
「なかなか似合ってるじゃないか」
本日、俺と緋夏と秋名は同じ中学校へと入学する。
天気は雲一つない快晴。背中を押すように、僅かな風が路面を走る。
「でしょー?」
自宅から出てきた緋夏が、俺の目の前で一回転する。紺色のスカートがふわりと舞った。
「今日からあたしたちも中学生……大人に一歩近づいたわね」
「バスも今日から大人料金だ」
「それはちょっと嫌ね。都合のいいときだけ子供に戻ろうかしら」
「発想はまだ子供だな」
少し遅れて、秋名も家から出てきた。緋夏と同じ制服姿だ。
「……おはよ。どう、ハル?」
「緋夏より可愛いぞ」
「確かにうちの妹は可愛いけど、その言い方は引っかかるわね」
ジト目の緋夏が、俺の脇腹をつまむ。結構痛い。
「……中学校を卒業するまでに、チョコミントを食べられるようにする」
「ハードルの低い目標だな」
秋名はマイペースに三年間の目標を定めていた。
入学式をやって、クラスと担任が発表され、学校に関する簡単な説明をされ……気がつけば放課後になった。
「今日はもう終わりなのよね? 春弥、今日どうする?」
同じクラスになった緋夏が、放課後になった瞬間に話しかけてきた。
「まだ昼だし、遊ぶにしてもまずはメシだな」
「お互いの家で食べてから、秘密基地に集合?」
「で、いいだろ。とりあえず秋名と合流するぞ」
「はーい。秋名とも同じクラスならよかったのに……」
残念ながら、秋名とはクラスが別れてしまった。兄弟や姉妹はクラスが別になることが多いらしいし、三人とも同じクラスは難しかったようだ。
とまあそんなワケでとなりのクラスへ。秋名と合流する。
「よう秋名。そっちはどうだ?」
「……まだ一日目だしなんとも」
「それもそうか。クラスのみんなとちゃんと仲良くするんだぞ」
「……ハル、お父さんみたい」
せめて兄と言ってほしいものだ。
「じゃ、とりあえず帰るぞ」
「はーい」
「……んー」
「……ハル、あれ」
学校の敷地内を出た俺たち。秋名がぼんやりとある方向を指さす。そこには、
「誰か居るな……制服からして、同じ一年か。何してるんだろうな?」
小柄な男子生徒が一名。桜をぼんやりと見上げていた。
「……ねえ春弥、秋名……ちょっと相談があるんだけど」
「嫌な予感がするが言ってみろ」
「そろそろレイバーズに新メンバーを迎えたいと思わない?」
「んなことだろうと思った……本気か?」
「半分半分。話してみて気に入ったら加入でいいかなーと」
「……まあ、もう一人男が居た方がバランスはいいか……秋名はいいのか?」
「……危害がないようなら賛成」
以外だ。秋名が俺と緋夏以外の人間に関心を持つことはほとんどない。
「んじゃ、話しかけてみるか」
俺たち三人は男子生徒の元まで歩いて行き、できるだけ自然に声をかける。
「よう、何してるんだ?」
「…………え?」
桜を見上げていた男子生徒が、一呼吸遅れてこちらに向き直る。
「えっと……キミたちは?」
「お前と同じだ。今日ここの中学校に入学した。俺は春弥。こっちが緋夏と秋名」
「よろしくー」
「……よろー」
「ああ、うん……よろしく。僕は冬馬。ええと……何か用?」
「少し話があるんだが、どこから話せばいいか……」
「簡単な話よ――あたしたちの仲間になりなさい」
俺がどう説明しようか悩んでいると、緋夏がすさまじい勢いで話を進めた。
「……ええと、よく意味がわからないんだけど」
「百聞は一見にしかず。とにかく来なさい、あたしたちの秘密基地へ案内するわ」
「百聞どころか一聞すらしていないんだけど……」
「とにかく付いてきなさいって。春弥、秋名、予定変更でいいわよね?」
「お気に召すまま。勝手にしろ」
「……召すままー」
「ここって……倉庫?」
「ええ。ここがあたしたちレイバーズの秘密基地」
無理矢理新メンバー候補の冬馬をここまで連れてきた俺たち。ここに来るまでに少し話をしてみたが、なかなかいいやつそうだ。どうやら、秋名と同じクラスのらしい。
「よく見つけたねこんなところ」
「俺たちがまだ小学生の頃に、偶然見つけたんだよ。入ってみるか?」
「いいの?」
「ああ。ここまで来たしな」
俺は扉を開き、冬馬を中へ案内する。緊張しながら、倉庫の中へ一歩踏み出す。
見つけた頃に比べ、設備はなかなか充実している。主に持ち込んだ物は、椅子・テーブル・本棚・発電機・ポット・カセットコンロ・掃除道具・遊び道具各種――などなど。薪とドラム缶もあるので、即席の風呂も作ろうと思えば可能だ。
他にも食料品や飲料も大量に備蓄してあるので、一週間くらいならここで暮らすこともできるだろう。
「す、すごいね、ここ」
「数年かけてここまで整備したのよ」
「偉そうにしてるが、お前はふんぞり返って指示してただけだろ。実働はほとんど俺と秋名だ」
「余計なこと言わないの春弥。――それで冬馬、どう?」
「どうって言われても……単純にすごいと思うし、楽しそうだけど……そもそもレイバーズ、だっけ? このチームは何をすることを目的にしているの?」
「……得になにもないな。強いて言うなら楽しく遊ぶことくらいだな」
「そ。遊んだり、チームの誰かが困っていたら助けてあげたり」
「まあ、そんな大層なことをしようってことじゃない。気楽に付き合える仲良しグループってところだ。――どうだ冬馬? 気に入ったなら、入ってくれるか?」
「僕、は……」
冬馬は一通り秘密基地を見渡し、俺たち三人へと向き直る。
「僕は……引っ込み思案だから、今まで友達もほとんど居なくて……だから、中学生になったら頑張って友達を作ろうと思っていたんだ」
冬馬は何かを決意したような瞳と、どこまでも無垢で純粋な笑みをたたえる。
「だから……もしよければ、仲間にしてくれると嬉しい」
冬馬がレイバーズに参入した日の夜。俺はいつものように部屋の窓から緋夏と会話をしていた。
「んで、どういうつもりだったんだ?」
「んー? 何が?」
「冬馬の件だ。急に新メンバーなんて、何か理由があるのか?」
「別に。気分よ。いつも通り、気分。あたしは結果成功だったと思っているけど……春弥は?」
「それは俺もだが。……本当は、冬馬のことを放っておけなかったんじゃないのか?」
「……というと?」
「俺も……恐らく秋名も感じていたことだが――冬馬は明らかに希薄だった」
「希薄?」
「ああ。そこに居るのに居ないような……まるで幽霊のような。生気というものがあまり感じられなかった。秋名が偶然見つけなければ、確実にあのまま通り過ぎていただろうさ」
「……春弥は鋭いわね」
「長い付き合いだからな」
緋夏という女は、確かに自分勝手でトラブルを噴水の如くばらまく女だ。だが、決して非情でも冷酷でもない。困っている人間が居れば、人並みに手を差し伸べもする。
「まあ、確かに冬馬は危うい感じもしたけど……同時に確信もしていたのよ」
「ほう……どんな?」
「こいつを仲間に加えれば、あたしたちはもっといいチームになるって。――虫の知らせってやつかしら」
俺たちの間にある星空を見上げながら、緋夏は清々しい顔で小さく息を吐いた。
「そうか……それじゃあ、お前の言うことを信じてみるさ」
「信じなさい。きっと……楽しい中学生活になるわよ」