秘密基地の発見・チーム発足
緋夏と秋名の姉妹と出会ってから数年後。家がとなりで、年齢も同じだったことも手伝い、仲良くなるのに時間はかからなかった。
「春弥、今日はちょっと遠出しましょうよ」
ある晴れた日、いつも通り放課後に三人で集まった俺たち。珍しく緋夏がそんなことを言い出した。
「どうしたんだよ緋夏、なんかあったのか?」
「思ったんだけど、あたしたちが仲間になってからもうながーい時間が経ったじゃない?」
「まあ、な。それで?」
「秘密基地を探しましょう!」
「……秋名、お前の姉ちゃんどうしたんだ?」
「……昨日のテレビ。『懐かしの日々を追って ~男心をくすぐる秘密基地特集~』」
「女心もくすぐったようだな」
緋夏は何にでもすぐに影響を受けるやつだ。その悪い癖が出たらしい。
「俺たちの秘密基地を探そうってことか?」
「ええ。そろそろほしくない?」
「まあ……そうだな……」
正直、俺の家も緋夏の家もあるので、そこまで必要性は感じなかったのだが、否定して機嫌を損なうのも面倒だったので、とりあえず肯定しておく。女性の意見には反論しないで同調しろというのが親父の教えだ。
「そうと決まれば早速探検よ!」
近所を小学生の小さな足で歩き回る俺と緋夏と秋名。夏ということもあって、まだまだ日は高いが、あまり遅くまで外に居ることはできない。一応俺の家にも、緋夏の家にも門限が存在するからだ。
「なかなかいい物件見つからないわねー」
スカートをヒラヒラと揺らしながら、先頭の緋夏がどんどん見たことのない道を進む。そろそろとなり町まで出てしまうだろう。
「おい緋夏、この辺大丈夫か? なんか人居ないし、少し不気味だぞ」
周囲を見渡してみるも、住宅や商店はまるで見当たらない。大きな工場らしき物が遠くに点在しているだけだ。たこ焼きに刺さっている爪楊枝のように、細長い煙突が地面に突き刺さっている。
「……この辺、工業地区の近く」
俺の後ろをついてきていた秋名が、ぽつりとそんな呟きを発した。
「秋名、知ってるのか?」
「……学校の授業。先生が言ってた」
「ああ、社会の山里先生だろ? そういえばそう言ってたな」
「ホント? まるで記憶にないわね」
三人とも同じ授業を受けているはずなんだが、理解度はそれぞれだ。
「でも、この辺りいい感じに寂れててよさそうじゃない? 家や学校からもそこまで遠くないし」
家からは歩いて二十分。学校からなら十五分ほどだろう。緋夏の言う通り、確かにそこまで遠くはない。
「使ってないプレハブ小屋とかないかしら……」
一応は女の子だというのに、緋夏は物怖じせず人気のない工業地帯をどんどん進む。
「んー……ねぇ、あれよさそうじゃない? あのおっきな倉庫っぽいの」
辺りを歩き回っているうち、緋夏が目を輝かせながら一つの建物を指さした。
コンクリート製で、赤い三角屋根の大きな倉庫だ。長いこと使われていないのか、壁は薄汚れ、周囲の雑草は伸び放題となっている。
正面には車が通れそうなほどの大きな扉。上部には採光用の窓が二つ付いている。窓が目、扉が口のようだった。
「ほらほら、目の前に蛇口あるし」
倉庫のすぐ目の前には、小さな蛇口が設置されていた。公園に設置されているような小さなやつだ。
「水は……出るみたいだな」
バルブを捻ると、少し遅れて水が流れ出す。蛇口を上に向け、少量の水を飲んでみるが、至って普通の水だ。
「ほら、いいじゃないここ。いつでも水飲み放題よ。人も寄りつかないみたいだし、いかにも秘密基地って感じするじゃない」
「まあ……でも、ここの倉庫入れるのか? 鍵とかかかってるんじゃ――」
「……ハル、開いた」
「――ないみたいだな」
いつのまにやら、秋名が扉を開け放っていた。
「ナイスよ秋名。ほら、入るわよ」
「うーい」
まあ、俺も男だし、冒険心が疼かなくもない。
「お邪魔しまーす」
三人そろって廃倉庫の中へ。薄暗い空間が俺たちを受け入れる。
陽光に照らされ、舞っているホコリが視覚化されていた。
「やっぱり広いわね」
倉庫内部は広々としており、空気が固まっているような錯覚がする。人の気配がないとここまで寂しげに写るのかと、妙な気分になった。
「時代に取り残されたみたいだ」
照明のスイッチを入れてみるが、さすがに電気は通っていないようで、明かりがつくことはなかった。窓があるため、天気のいい昼間は問題なさそうではある。
よく見ると、端の方に何かの機械や鉄骨が積まれていた。廃棄するのも金がかかるから、放置されたものだろうか。
「少し掃除は必要かもしれないが、なかなか快適そうだな」
悔しいが、ここを三人の秘密基地とするのは少しわくわくする。俺も男の子だ。
「じゃ、ここを秘密基地にすることに異存はない?」
「まあ、いいんじゃないか? 俺は賛成だ」
「……私も。楽しそう」
全員得に否定はないようで、すんなりと決まった。なんだかんだこの廃倉庫はなかなか好立地だしな。
「よーし! それじゃあ、今日からここがあたしたちの秘密基地よ。ついでにチーム名も決めましょう」
「チーム名?」
「ええ。あたしたち三人のチーム名。そろそろ作ってもいい頃じゃない? 名前があると引き締まるわよ。きっと」
「まあいいけど……どんな名前にするんだ?」
「ふふん、実はもう考えてあるのよ」
緋夏は自信満々な様子で、ポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出した。
「これよ!」
嬉しそうな表情で紙を広げる。そこには、
『レイバーズ』
と、黒いマジックででかでかと書かれていた。
「……レイバーズ……それが私たちのチーム名?」
「そうよ秋名。昨日必死に考えたんだから」
「……夜遅くまで起きてると思ったら、こんなことしてたんだお姉ちゃん」
「緋夏は相変わらず無駄なことに力を使うな。――てか、そのチーム名どういう意味なんだ?」
「Raverの複数形。レイバーには『自由気ままに生きる人・はめをはずして楽しむ人』って意味があるらしいわ。まさにあたしたちね」
「なるほど。いいんじゃないか? 野球チームみたいな名前で」
「……わたしも。いいと思う」
「んじゃ、あたしたちは今日から『レイバーズ』。ここはレイバーズの秘密基地よ」
俺たちのチーム名と秘密基地が決まった日の夜。俺は自室の窓を開け放ち、おとなりさんの緋夏と会話をしていた。向こうも窓を開け放ち、数メートルを挟んで会話する。
「いよいよ本格始動って感じね。これからあの秘密基地を色々改造していきましょう。今のままじゃあ雨風を凌ぐことしかできないもの」
「改造か……もちろん賛成だが、具体的にどうするんだよ?」
「ビリヤード台を置くとかどう?」
「小洒落たクラブかよ。もっと優先度高い物あるだろ。秘密基地っていえば……漫画とか、お菓子とか、ボロボロのソファーとか」
「いいわねぇ、ロマンあるわ。とりあえず明日色々持ち込みましょう」
「その前にあそこ掃除した方がいいな。結構長いこと使われてなかったから、ホコリとか酷かったぞ」
「あー……そうするしかないわね。明日は休みなんだし、朝から三人で掃除よ」
「はいよ。面倒だけど付き合ってやる。――ところで秋名は?」
緋夏と秋名の部屋は別々だが、よく二人とも緋夏の部屋に集まっている。姉妹の仲がいいというのもあるが、秋名の部屋では俺と会話できないというのが大きいらしい。
「まだお風呂。上がったら来るわよ」
「最近は一緒に入らないのか?」
「そうでもないわ。今でも一週間に二回は一緒に入るもの。さすがにお父さんとはもう入らないけど」
「親父さん、がっかりしてなかったか?」
「してたわね。お母さんに説得されて引き下がったけど」
「相変わらずお前の家族はみんな仲いいな。うらやましいよ」
「春弥の家も仲いいじゃない。よくあんたの家から楽しげな声が聞こえるわよ」
「両親の唐突な思いつきに付き合わされてるだけだ」
父親も母親も、未だに大学生みたいなノリで生きてる人だ。退屈はしないが少し疲れる。
「春弥のお父さんとお母さんって、気分屋で行動力あるものね」
「ああ、昔から苦労してるよ。……今にして思うと、うちの親とお前ってよく似てるな」
「そう? どういうところが?」
「人の都合を考えずに場を引っかき回すところ」
「そんな褒めないでよ」
褒めてないけどな。
「……お姉ちゃん、お風呂空いた」
緋夏の背後から小さな声。こちらの角度からは見えないが、秋名が来たようだ。
「わかった。――それじゃあ春弥、あたしお風呂入ってくるから。変な想像しちゃダメよ」
「黙って行ってこい」
緋夏は奥へ引っ込み、代わりにパジャマ姿の秋名が窓から顔を出す。
「よう。 夏とはいえ、夜なんだからあんまり身体冷やさないようにな」
「……ん。気をつける。ハルは優しい」
「そうか? まあ、お前ら姉妹とは付き合い長いからな。俺にとってもお前は妹みたいなものなんだよ」
「……妹フェチ」
「フェチとか言うな。どこで覚えたんだそんな言葉……」
「……でも、私もお姉ちゃんも双子だから、お姉ちゃんも妹ってことになるの?」
「んー。緋夏はどっちかというと姉だな。なんだかんだあいつに逆らう気になれないんだよ」
「……お姉ちゃんには不思議な魅力がある……気がする」
「かもな。お互い苦労する人生だ」
「……ん。でも、楽しい。秘密基地、できたし」
「だな。――そういや、さっき緋夏と話してたんだが、明日秘密基地の掃除をする予定だ。掃除が終われば、色々運び込む予定らしい。あそこに何かほしい物とかあるか?」
「……水道はあるから、電気とガス」
「電気とガスか……ガスはカセットコンロか固形燃料でなんとかなりそうだが、電気は厳しいな」
「……ガソリンで動かす小型の発電機とか?」
「本格的だな。詳しくないが、そういうのって結構いい値段するよな?」
「……三人のお年玉を出し合えばなんとか」
「それは勘弁。拾ってくるか安く譲ってくれる人を探そう」
「……居るかな?」
「なんとかしよう。まあ、急ぐことはないだろ。とりあえずは明日の掃除だな」
「……がんば、ハル」
「お前もな」