勇者⑦
「待たせたな」
ジェスベルは和やかに笑う。ドロシー、ロフの攻撃によりかなり削られたデスナイトを斃し、ジェスベルが死の聖騎士との戦いについに参戦したのだ。
ジェスベルの参戦は、カルス、ロフ、ドロシーに希望と活力を与える。
その存在が仲間達の士気を大いに上げる事だけでもジェスベルが勇者を名乗るに相応しいものと言えるだろう。
ジェスベルは剣を構え、死の聖騎士へと斬りかかる。対する死の聖騎士も剣を構え、ジェスベルを迎えうつ。
キィン!!キィィィン!!
打ち合う両者の剣の音が墓地に響き渡る。
ジェスベルの剣は力強く、まさに豪剣と呼ぶに相応しい。うなりを上げて重い一撃を、死の聖騎士へ打ち込んでいく。対する死の聖騎士もジェスベルの重い一撃をうまく受け流し、必殺の一撃を次々と打ち込んでいく。
両者の高度な技の応酬に、カルス達三人は魅入っていた。彼らは最高レベルの戦いにすっかり心を奪われている。本来であればジェスベルへの助太刀をしなくてはならない。だが、この戦いに割り込むことがこの両者に対する戦いへの冒涜と捉えてしまっていたのだ。
両者の剣撃の応酬はまったくの互角だった。だが、ジェスベルと死の聖騎士には決定的な違いがあったのだ。
それは生者とアンデットである。生者は動けば動くほどエネルギーを消費し、弱ってくる。だが、アンデットは違う。疲労という概念自体が存在しないので、疲労によって弱ることは決してなかった。
両者は剣の腕、スピード、力において互角だったと言える。だが、持久力はそうではない。長期戦になればジェスベルは敗れる。そしてジェスベルの敗北は勇者一行の全滅を決定づけるのだ。
その事をカルス達は目前の戦いに目を・・・そして心を奪われていたため失念していた。
徐々にジェスベルが押され始める。一瞬たりとも気が抜けない戦いはジェスベルを急激に消耗させていく。ジェスベルが一度斬撃を見舞う間に、死の聖騎士は2回打ち込む様になってきた。一度、流れを捕まれるとジェスベルは為す術なく押され始め、防戦一方になっていく。
ここに至り、カルス達はようやく助太刀する。
ロフが神聖魔術を解除するために【解呪】を行う。だが、ロフの【解呪】では死の聖騎士の神聖魔術によって強化された防御力を下げることはできない。
纏わり付く不快感のためだろうか、死の聖騎士は、ロフをジロリと睨み斬りつけてくる。
必殺の斬撃を防いだのはカルスである。だが、肩の傷が痛むのだろう。死の聖騎士の一撃を受け止めることは出来ずにカルスは3メートルほどの距離を吹っ飛ばされる。
かろうじて受け身を取ったために、ダメージはそれほどでもなかった。すぐに立ち上がり両手斧を構えるが、そこに死の聖騎士の前蹴りが襲う。
なんとか斧で受け止めたが、その威力の前に両手斧の持ち手が真ん中からへし折れてしまった。斧をへし折った死の聖騎士の蹴りは、そのままカルスの胸に直撃する。ミスリル製のプレートメイルだったが、その蹴りの衝撃でプレートメイルは大きくひしゃげ、カルスは再び2メートルほどの距離を吹っ飛ばされる。
先程、吹っ飛ばされた状況と違い、今度は大きなダメージを負ってしまう。その証拠に先程はすぐに立ち上がったが、今回はそうはいかない。カルスは倒れ込んだままだ。
「カルス!!」
「ロフ!!カルスに治癒魔術を!!」
「分かった!!ジェスベル、ドロシー!!あいつを引きつけてくれ!!」
「「了解!!」」
ジェスベルとドロシーが死の聖騎士と対峙する。
「ドロシー、俺が相手するから、支援を頼む!!」
「分かったわ!!」
ジェスベルは剣を構え、死の聖騎士に斬りかかる。再びジェスベルと死の聖騎士の死闘が始まった。だが、今回はドロシーも参加している。
ドロシーの攻撃力では死の聖騎士にダメージを与えることはできないことは周知の通りだった。そこで、ドロシーは目を狙ったり、ナイフを投擲したりしてひたすらジェスベルが戦いやすい状況を作り出すとした。簡単に言えば、隙を作る事に、全精力を傾けたわけだった。
ドロシーの行動に苛ついたのか死の聖騎士はドロシーに攻撃をしぼり始める。
それをドロシーはかろうじて躱す。死を身近に感じる感覚が絶えず襲うが、ドロシーは細心の注意を払い、防御に徹し致命的な一撃をもらわないようにしていた。その間にジェスベルが死の聖騎士に斬撃を見舞い、確実に死の聖騎士にダメージを与える。
だが・・・
「ぐっ!!」
死の聖騎士がついにドロシーを捉えたのだ。死の聖騎士の剣がドロシーの右ふとももを斬りつけた。ドロシーはバランスを崩し、よろける。そこに死の聖騎士の拳が襲う。
「きゃあぁぁぁぁ!!」
ドロシーの叫び声が響く。幸いにもガードしたし、自ら後ろに飛んだことで致命的な一撃ではなかった。だが、女性の身で死の聖騎士の拳を受け止めることは出来なかったのだ。
ドロシーは5メートルほどの距離を飛び転がった。立ち上がる事は出来ないようだった。
「ドロシー!!ロフ、ドロシーに治癒魔法を!!」
「分かった!!カルス、すまない!!」
「ああ、大丈夫だ・・・」
カルスの治療は半ばであったがロフはドロシーの治療に向かう。命に別状はないが現時点でカルスは戦闘に参加できる事は出来なかった。ある程度の戦闘はこなせるだろうが、『ある程度』では死の聖騎士に瞬殺されるのがおちだ。
この時点でジェスベルしか、死の聖騎士に対応することはできない。
このままでは全滅する。
そう考えたジェスベルは切り札を使うことを決断する。
その切り札の名は『天剛』
ジェスベルの潜在能力を限界ギリギリまで発揮する技だ。
人間は本来持っている実力をほんの数割しか使うことは出来ない。それは生命維持のために組み込まれた生物の本能と言っても良い。
もし人間が潜在能力を完全に解放した場合、小さな子どもであっても岩を拳で割ることも出来るだろう。だが、そんなことをしてしまえば体がその力に耐えられないのだ。岩も砕けるだろうが、自分自身の体も崩壊してしまう。
そうならないために常に人間の体には本能的に力をセーブするようになっているのだ・
『天剛』はそんな本能によるセーブを無理矢理に崩し、限界ギリギリまで潜在能力を肺胞する技だ。
ジェスベルは『天剛』を使えば、普段の3~4倍の力を発揮できる。だが、『天剛』の
発動時間は現時点で1分しかなかった。しかも発動時間が終われば限界まで解放した力の代償として10日は動けないほど体を痛めてしまう。まさしく諸刃の剣なのだ。
(このままでは・・・やるしかない)
ジェスベルは魔力、闘気を集中し、『天剛』を発動する。
ジェスベルが天剛を発動している間、彼の知覚は極限まで研ぎ澄まされる。すべての音が消え、目に映るものすべてが動きを止める。実際には動いているし、音も消えていないだが、ジェスベルはそう感じるのだ。
突如、ジェスベルは動く。
それはおそるべきスピードだった。ジェスベルは一瞬で死の聖騎士との間合いを詰め、斬撃を繰り出す。死の聖騎士はジェスベルの剣を右に飛び避けようとしたが、ジェスベルにはその動きはほとんど止まって見えるぐらいに遅かった。
ジェスベルはそのまま剣を振り下ろす。右肩から入ったジェスベルの剣は何ら抵抗を示すことなく地面に到達する。その時にジェスベルの斬撃の速度と力に剣が耐えられず剣が根元からほぼ90度曲がってしまった。
核から切り離された右半身が塵となって消え去る。
ジェスベルは曲がった剣を捨てると、右の裏拳を死の聖騎士の顔面に叩き込む、魔力で強化していたためジェスベルの拳は砕け散らなかったが、それでも死の聖騎士の顔面を打ち砕いた右拳の骨は砕けてしまう。
裏拳を放った勢いそのままに、左の掌打を死の聖騎士の心臓の位置に叩きつける。その衝撃により死の聖騎士の核は粉砕される。
核を粉砕された死の聖騎士は黒い塵となって消え去っていく。
あまりにもあっけない幕切れであった。だが、その代償も大きい。天剛の発動が切れるとジェスベルの体に激しい痛みが襲う。
全身の筋断裂、右拳、左拳ともに骨折、魔力、闘気もほとんど底をついた状況だった。
ロフが倒れ込んだジェスベルに治癒魔術をかける。だが、いくら治癒魔術といえどもこれほどの重傷となったジェスベルを全快させることはほぼ不可能である。また、ロフの魔力も底を尽きかけており、『とりあえず』というレベルでしか治療できなかった。
完全に満身創痍となったジェスベル一行は、なんとか出口に向けて歩き出す。ジェスベルはカルスとロフに方を借りながら何とか歩いている。またドロシーも一応の治療は受けたもの完治にはほど遠く足を引きずっていた。
今の彼らを表現する最適な言葉は『敗残兵』なのかもしれない。
ところが、彼らの受難はまだ終わっていなかったのだ。
アレンとの対決が迫っていたからだ。




