茶会③
「それで、二人が俺に話したいことはなんだ?」
アレンがアルフィスとクリスティナに向き合い、あっさりとした口調で尋ねる。
「なんだ、バレてたのか」
「当たり前だろ、アディラが俺をここに呼び出したのは、予定通りとして、お前らがわざわざこの日、この時間をこのサロンで過ごす、そんな偶然がそうあるわけないだろ」
アレンの指摘に対して、アルフィスは、悪びれもせず答える。
「久しぶりにアレンと話したいと思いましたの」
クリスティナがアレンに微笑みながら伝える。微笑を浮かべるクリスティナは、世の男性どころか女性ですら魅了することができるほど美しい、だが、アレンはクリスティナがただ単に美しいだけの令嬢で無い事を知っている。アルフィスを叱りつける様子を見たこともあり、芯の強い令嬢である事はまず間違いはなかった。
「うん、見事に嘘くさい。お前ら二人が単なる世間話のために、俺に会いに来るなんてありえないだろ」
アレンの声に訝しげな声が混ざるのはしょうが無かった。クリスティナはアレンの良き友人であるのは間違いなかったが、時々、公爵令嬢とは思えないイタズラをアレンに対して行うのだ。ちなみにほぼすべてがアルフィスと組んでの事なのある。
そして、ここにはその二人が揃っているのだ。アレンが訝しがるのは今までの経験則から考えれば仕方の無いことなのだ。
「大丈夫よ、アレン、今回は別にあなたにイタズラをしようなんて思ってないわ」
「今回は・・・って、何かおかしくないか?」
クリスティナは苦笑する。
「まぁ、今回はクリスがどうしても聞いておきたい事があると言ってきたわけだ」
「俺に何を聞きたいんだ?」
「アレン、あなたもうすぐアディラ様が学園に入学することは知っていますわよね」
「当たり前だろ」
いきなり自分の名前が出されたため、アディラが「ほぇ?」という顔をする。
「復学する気はありませんの?」
「は?」
クリスティナの申出にアレンは間の抜けた返事をしてしまう。一方でアディラはクリスティナの申出を聞き、キラキラとした視線をアレンに向ける。アレンと学園に通う姿を想像しているのだろう。
「いや、なんだその脈絡のない提案は?」
「あなたアディラ様が心配ではありませんの?」
「アディラが?」
アレンは声を潜める。まさかアディラは命を狙われているのか?まさか一国の王女しかも、国王一家の仲の良さは国民どころか近隣諸国にまで知っている。アディラを狙えばそれこそ、国王一家の報復は凄まじいものになるだろう。
貴族なら一族郎党はまず助からないだろうし、他国であれば国ごと滅ぼすだろう。それこそ一切の容赦なく。そんな存在のアディラに危害を加えるのはリスクが高すぎる気がするのだ。
そんな事をアレンが考えていると、クリスティナはわざとらしくため息をつく。
「分かってないのですね・・・」
「なんだと?」
「あなた、今アディラ様が命を狙われていると心配になったでしょう?」
「ああ、違うのか?」
「違うわよ、この国でアディラ様を害するなんて考える者がいるわけないじゃない。というよりもそんな不埒な事を考える者は私が排除しますわ。まず、社会的に抹殺し、実際に・・・」
「まてまてクリス、お前、サラリと恐ろしい事をいうなよ」
「なによ?アルはアディラ様を害するなんてそんな不埒な事を考える者の存在を許せるの?」
「許せるわけないだろう。そんな事をする奴は俺自ら切り刻んでやる」
アルフィスもクリスティナもアディラを非常に大事にしている。特にクリスティナは自分が末っ子であったためにアディラを実の妹のように、いや異常な程に可愛がっていたのだ。
クリスティナがアディラの可愛さを語り始めたら止まらなくなるので、アレンが話の本筋に戻すため、二人に声をかける。
「とりあえず、話を戻すぞ。アディラが学園に通うことの危険とはなんだ?」
「あら、私はアディラ様が危険なんて言ってないわよ。『心配じゃないの?』と聞いたのよ」
「?」
「つまり、アディラ様に言い寄る男が出てきて、アディラ様の心が揺れることもありえます」
クリスティナの言葉に反応したのはアディラである。
「クリスティナ様、私はそんなことはいたしません!!」
「アディラ様、ご不快な気持ちにさせてしまい申し訳ございません。私はアディラ様の心が揺れると申しましたの。アディラ様の一途な思いは私は存じ上げております。ですが不安になる事もあると思いませんか?また、いくらアディラ様とはいえ、家との関係、国同士の関係が絡めば強く出ることは出来ないことがあるでしょう。その時に支えてくれる者がおればどれだけ心強いかわかりません」
クリスティナの言葉にアディラははっとする。確かにアレンへの思いが揺らぐ事もあるかもしれない。ところがアレンが自分の側にいてくれれば揺らぐ事は決して無い。
「確かにクリスティナ様の言うとおりです。その・・・大きな声を出してしまい申し訳ありません」
「こちらこそ、言葉足らずで申し訳ありません」
アディラとクリスティナはヒシッと抱き合う。美少女同士の抱擁はとても美しく思えるのだが、クリスティナの『ぐへへ』という変態親父モードの顔がそれを台無しにしていた。
この国の貴族には『変態親父モード』が備わっていないと駄目だという法律でもあるのだろうか?
アディラとクリスティナが抱擁をしている横で、アレンがアルフィスに目で訴えかける。
(お前!!クリスティナに先日の推測話してねえだろうな!!)
(言えるわけないだろ!!見ろよ、あのクリスの顔、アディラが可愛くて仕方ないといった感じだぞ。もし、お前のハーレムにアディラが入ろうとしていることが分かったらどう出るか想像もつかんぞ)
(お前、何が何でも現段階では『推測』、『思い込み』で通せよ!!)
(それはともかく、だがそれって問題の先送りってやつじゃないか?)
(大体、俺のハーレムってなんだよ!!俺はハーレム作りたいなんて一言も言ったことはないぞ!!)
(お前、クリスにそんな言い訳が通じると思うの程、楽天家か?)
(すみません、とても言えません。内緒にしていてください)
アレンとアルフィスは声に出さないが目線だけでこれだけの意思疎通を行えるのは付き合いの長さ故だろうか。
「そ・・・それで、クリスティナ・・・さっきの件だが、復学は無理だよ」
アレンの声にクリスティナは『キッ!!』と睨みつける。『至福の時を邪魔すんじゃねえよ』ととても公爵令嬢には思えない気持ちの入っている目だ。
名残惜しそうにクリスティナはアディラから離れる。それから二人は席に着いた。
「どうして?アディラ様のためにもあなたは復学すべきよ」
「いや、あの学園って全寮制だし、しかも学ぶ内容は、俺にとって必要なものじゃないし」
アレンにとって経営学、交渉術はそれほど重要性を感じないし、かといって必要な剣術、武術、魔法などは、はっきり言って学園で学ぶほどのものではなかったのだ。
「アルも私もあなたと一緒に卒業したいの!!」
クリスティナの言葉に一切の嘘はないと思わせるような真摯な態度であった。だが、アレンはクリスの言葉が演技である事は十分に分かっている。もちろん悪意からではないのは承知だ。
「あのさ・・・もし俺が復学しても、お前達と一緒に卒業なんてできんぞ?」
「な・・・何言ってるのよ!!アレン、勉強の事だったら私達がしご・・・いや、フォローするわ」
(こいつ今、しごくと言いかけたな・・・)
「いや、そういう問題じゃなく、俺は退学して1年以上経つんだから、今復学しても、お前達の後輩になるだけだろ?その事にお前が気付かないわけないだろうが」
アレンの突っ込みを受けて、クリスティナは『チッ』と舌打ちする。
「公爵令嬢が舌打ちすんなよ」
「もう、アレンたらそんなに復学したくないんですの?」
「したくない」
即答するアレンにクリスティナは小さくため息をつく。経験上、こうアレンが言い切ると意見を変えさせるのはほぼ不可能だったのだ。
「クリスティナ様、アレンお兄ちゃんに無理をいうのはやめましょうよ。困ってらっしゃるわ」
アディラの声を受けてクリスティナは引き下がざるをえない。しかし、アレンの復学はアディラのためにでもあるのだ。
「しかし、アディラ様・・・不安ではありませんの?・・・その、アレンが別の方と・・・」
クリスティナは、アディラがアレンに会えない不安に、アレン自身がアディラ以外の女性と結びつく危険性を伝えたのだ。
アレンとアルフィスは、『まずい』と反射的に思った。この流れならアディラが・・・。
「大丈夫ですよ。クリスティナ様♪」
「え?アディラ様、どうしてそんな余裕なんですか?まさか・・・」
アルフィスがアディラを制止しようと動こうとするが、それよりも早くアディラが言葉を発するのが早かった。
「みんな、まとめて愛してもらいますから♪」
「は?」
アディラの言葉はクリスティナの予想外だった。てっきり『すでに恋仲となり将来を誓い合ってます』的な事を言われると思ったのに、『みんな、まとめて』という言葉が理解不能だったのだ。その意味を理解したときに、クリスティナの目線がアレンに突き刺さる。
「ま・・・待て、クリスティナ」
「アディラ様の言ったことをあなたの口から説明してもらいましょうかね」
ニコニコと笑っているが、目も雰囲気も少しも和んでいない。
そして、アレンは先日、戦った魔族などとは比べものにならない困難が自分に降りかかっていることを理解した。
助けを求めるために、アルフィスに目をやる。
アルフィスは、クリスティナの怒りにアレンを生贄にすることを選択したらしい。アレンを責めるような目線を向ける演技をする。
(おい、なんだその目は!!お前、自分だけ助かろうという腹だな!!)
(ボクチン、ジブンダイチュキ)
(お前、ぶん殴るぞ!!)
(ボクチン、ジブンダイチュキ)
自己の保身のために親友を売ろうとするアルフィスの汚い一面を見せつけられ、アレンが非難の目を向ける。
だが、そんな目線ではアルフィスの心はまったく揺るがなかった。
「アル?あなたにも後でお話がありますからね」
クリスティナの言葉の意図することを性格に把握しているアルフィスは顔を青くする。
アレンは『ざまぁ見ろ』と言いたかったが、アルフィスが逃れられなくなっても、自分が逃れられるわけでもないので、半分死んだ目になってしまった。
この後、アレンとアルフィスはクリスティナに烈しく問い詰められた。アディラはおろおろとクリスを止めようとしたが、止めることは出来なかった。
結局、その日は死んだ魚のような目をして墓地の見回りをするアレンに、レミアもフィリシアも王宮でどんなきついことがあったのだろうかと気になったが、アレンは何も答えなかった。
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