魔族Ⅱ④
アレンと魔剣士ゼリアスは互いに名乗ることで、殺し合いの幕が上がった。
周囲の男達は、アレンを救世主のように見ている。それがアレンにとっては限りなく鬱陶しいのだが、ここで本心をさらせば意味が無いのでじっと我慢する。声にしたのは心にもない事だ。
「俺の『部下』達を随分とかわいがってくれたな」
アレンは男達を部下と呼ぶ。この言葉はあとから生きてくるかもしれないと思っての発言である。
「ふん、ゴミ共を処分しただけのことだ。お礼を言ってもらっても良いぐらいだがな」
ゼリアスはアレンを嘲る。
(ああ、ゴミを減らしてくれてありがとう)
心の中で、アレンはゼリアスにお礼をいう。だが、口に出したのは、またしても心にも無い事であった。
「貴様!!」
アレンの憤りの声はゼリアスに心地良さげに嗤う。またアレンの憤りの声を聞いたネシュア達も嘲りの表情を浮かべる。
アレンは斬撃を見舞うが、ゼリアスはそれを苦も無く躱す。アレンの斬劇を躱したザウリスは大剣の一撃を見舞う。
アレンは大剣の一撃を躱すと、剣戟を見舞う。攻守が一瞬毎に目まぐるしく入れ替わる。
ヒュン・・・シュン・・・
両者の剣は空気を切り裂くが、お互いの体に触れることはなかった。しばらく剣による攻防を繰り返していたが、どちらともなく互いに間合いをとる。
両者の攻防を横目に、フィアーネ、レミア、フィリシアは目配せをして、ネシュア達に襲いかかる。ネシュア達がアレン達の攻防に目を奪われた隙をつき、先手をついたのだ。
フィアーネは、ヘルケンに襲いかかる。
フィアーネの拳がヘルケンの腹に放たれる。それをヘルケンは右腕でいなす。カウンターで肘がフィアーネに叩き込まれるが、フィアーネはそれを事も無げに躱す。その攻防を皮切りにフィアーネとヘルケンは激しい攻防を行う。
数合の打ち合いの結果、両者は離れる。
ヘルケンの顔に一撃、腹に一撃、肩に一撃とそれぞれの箇所にフィアーネの攻撃が決まっていた。ヘルケンの顔に入った一撃はヘルケンの唇を切り、口から血がもれる。
対してフィアーネは無傷である。この攻防だけで、フィアーネがヘルケン以上の実力である事がよく分かる。
ヘルケンは、フィアーネの拳足の速さ、重さに驚愕する。そして、自分よりもこの少女が強いことをヘルケンはこの段階で気付いていた。
ヘルケンにはフィアーネが襲いかかったために、ネシュアと下級魔族の相手は、レミアとフィリシアがすることになる。
レミアは双剣を抜き放ち、下級魔族に襲いかかる。下級魔族ごときではレミアに抗しきれるわけもなく、瞬く間に下級魔族達を屠っていく。レミアからしてみれば何の事は無いただの作業だった。しかも、単調な作業である。
レミアが最後の下級魔族を切り捨てた時、フィリシアがネシュアに斬撃を放つ。ネシュアはフィリシアの斬劇を剣を抜き放ち受け止める。
キィィィン!!
剣を打ち合わせる澄んだ音が辺りに響く。
「あの時の借りを返してやる!!」
ネシュアはフィリシアに怒号を叩きつける。すさまじい怒号であったが、フィリシアはまったく動じること無くネシュアに斬撃を見舞う。
キィン、キンキンキン
フィリシアとネシュアは剣を交叉させる。
アレン達に下に見られているがネシュアは、爵位持ちの上級魔族である。人間よりも数段上の魔力、肉体能力を持つ種族なのだ。むしろそれを簡単にあしらうアレン達こそ異常と言うべきものであり、常識を無視した存在と言えるだろう。
フィリシアとネシュアの剣の腕前はフィリシアを10とすればネシュアは8~9といったところだろう。徐々にフィリシアに押され始める。
この事実はネシュアに焦りと怒りをもたらす。爵位を持つ自分が人間に押され始めている。これはネシュアには耐えがたいことであった。
ネシュアは一旦間合いをとろうとしたが、フィリシアの剣はそれを絶妙な攻撃により封じる。離れる事は出来そうも無かった。
レミアはアレン、フィアーネ、フィリシアの戦いを見ながら、形勢が悪くなった場合に助太刀するつもりであったが、三人とも現時点でまったく危なげなかった。アレンと魔剣士は小康状態、フィアーネとヘルケンは圧倒的にフィアーネが押している状態、フィリシアは少しずつ、だが確実に戦いの主導権を握っている。助太刀をする必要性が感じられなかったのだ。
そんな感じでレミアは見ていたが、フィアーネとヘルケンの戦いは決着がついたようだ。
フィアーネは一旦主導権を握ると、終始ヘルケンを圧倒する。
ヘルケンの苦し紛れに出した右拳を、フィアーネは軽くいなすと、懐に入り込み肘をヘルケンに叩き込む。
ゴギィィィ!!
かなりの距離があるのに骨の砕ける打撃音がレミアの耳に入る。顎を砕かれたヘルケンは後ろにのけぞり態勢を崩した。
フィアーネは顎を打ち抜いた肘をそのまま振り抜き、右肩に反動をつけて再び肘を叩き込む。フィアーネの肘が鎖骨を容赦なく打ち砕く。
とどめとばかりにフィアーネが背負い投げの要領でヘルケンを投げる。ヘルケンは背中からではなく、微妙に角度をずらされたことで、頭頂部から地面に激突する。もはやヘルケンは痛みを感じていない。とっくに気絶していたのだ。しかし、容赦なくフィアーネは気絶しているヘルケンの喉を踏み抜く。
ボギャァァァという形容しがたい音とともにヘルケンの首はあり得ない形に変形している。
当然、魔族であってもここまでやられて命があるとはとても思えない。
事実、ヘルケンは本人がどの攻撃で命を失ったか分からない状況でいつの間にか命を終えていた。
ヘルケンを斃したフィアーネはヘルケンが動かないこと、死んだ事を確認し、ようやく視線をヘルケンから離した。
たとえ、格下であろうとも、油断は決してしないのがフィアーネの矜持だったのだ。
これで、あとはネシュアと魔剣士ゼリアスだけである。
形勢は完全にアレン達に傾いていた。
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