魔族Ⅱ③
ネシュアは、前回のように貴族の装いをしていない。鎧を身につけ剣を帯びている。どうやら、この戦いを戦と捉えているらしい。
ネシュアの隣にヘルケンがいる。ヘルケンはネシュアのように鎧を身につけていない。執事服だ。そういえば、ザウリスも執事服を着ていた事を考えると執事として譲れない何かがあるのかもしれない。
そして、前回の戦いでいなかった男がいる。その男は漆黒の全身鎧に身を包んでいる。所々に銀で彩られており、糸目で値打ちのある一品である事がわかる。
そして、大人の身長ほどの大剣を背負っている。
装備だけで、ただ者で無い事が十分に分かる。
あとは、下級魔族が10体ほどいる。
ネシュア、ヘルケン、全身鎧の男、下級魔族が10体というのが、今回のネシュアの連れてきた一団というわけだ。もちろん、伏兵がいることを想定すべきであるが、現在、その気配はない。
となると、ネシュアの切り札的存在は全身鎧の男というわけだ。
男達は、魔族の登場に先程の救済の喜びは一辺に霧散してしまったようだ。さきほどの喜色から恐怖にかわる表情には、アレン達もつい苦笑してしまう。
『情緒不安定だな』と・・・
そんなどうでも良い事を考えていたアレン達に、ネシュアが嫌みったらしい声をかける。
「卑怯者共め、前回の屈辱をまとめて返してやるぞ」
本当にこの魔族の存在は不快だ。前回あそこまでボロボロにされておきながら、そんなことを忘れたかのような口ぶりだ。
(まぁ、ネタばらししたらこいつのプライドは粉々だろうな)
「また、こりずに来たのか?サルでももう少し学習能力があるぞ」
アレンは開口一番、ネシュアを挑発する。
「ついでに言えば、お前が仕掛けた罠はさっきの魔法陣だけか?だとしたら拍子抜けもいいところだぞ」
アレンの言葉に、ネシュアはふんと鼻で笑い。返答する。
「ふん、あんなものはただの遊びだ。お前らは俺自身の手で引き裂いてやらねば気が済まぬ!!」
どうやら、かなりご立腹のようだ。会話を始めてこの段階でもう怒りがわき出ている。
「あっそ。それは一旦置いといて、その全身鎧の男はなんだ?ひょっとして、そいつがお前の切り札か?」
「その通りだ。我がボールギント家に使える魔剣士だ」
「魔剣士?」
「そうだ。本来、貴様ら如きに必要の無い戦力だか、人間と魔族の差を示すために連れてきたのだ」
「魔族との差って・・・」
アレンは嗤う。軽蔑の念が含まれたのはどうしようもない。他の三人も同じようだった。
「お前ら、この間俺達にお情けで命を助けてもらったのを忘れたの?」
「あそこまで惨めな姿をさらしておいてまったく覚えてないなんて、魔族って記憶力の悪い種族なのね」
「ええと・・・一応言っておくけど、覚えておいてね。ネシュアさん、あなたは私達にそれはもう何も出来ずに負けたのよ」
「私達は無傷だったのですが、どうして、あの時あなた方は大けがしてたんですか?」
アレン達は、この後に及んで見下してくるネシュアに対して盛大な挑発を行った。この挑発を受けてネシュアはいきり立つ。
「黙れ!!前回は貴様らが卑怯な手を使ったからだ!!」
「あっさりと嵌められたマヌケのくせに良く言うよ」
アレンの挑発はさらにヒートアップする。アレンは『もういいや、面倒くさいからやっちまおう』という心境になっている。この不快な生物との会話にはもはや得るものなど何も無いのだ。
「貴様!!殺せ!!ゼリアス」
ネシュアは叫ぶ。よほどアレンの口調が気に入らなかったのだろう。命令を受けたゼリアスと呼ばれた魔剣士は背中に背負った大剣を抜き、肩にかつぐ。
とたんに周囲の気温が下がったと思えるほどの殺気をアレン達は感じた。
(こいつは強いみたいだな)
アレンは、ニヤリと嗤う。アレンが全力を出すに相応しい相手のようだ。これほどの相手は中々お目に掛かることはできない。
アレンは闘技者としての一面を持っている。殺伐とした殺し合いよりも純粋な技比べ、自分の研いだ技を振るう方を遥かに好んだ。
「フィアーネ、レミア、フィリシア、こいつは俺がやるから、みんなはネシュア達と遊んでくれ」
「「「分かったわ」」」
三人は快くアレンの容貌に答える。
アレンが破れるとは思わない。アレンの実力を高く評価している三人にはアレンを信じるなどというのは当然すぎる事だったのだ。
その一方で男達は、ゼリアスの殺気を受けてガタガタと震えている。一目散に逃げ出さないのは、アレンのかけた呪いのためである。もともと、アレンはこの男達を戦力として捉えていない。捨て駒と言い放っているのは本心からである。
「数を減らしておくか・・・」
魔剣士はつぶやく。その声は小さく、アレン達の耳には届かない。だが、アレン達は魔剣士の意図するところを次の瞬間には理解した。
魔剣士は一気に男達に迫り、大剣を振るう。
がぎゃ!!
盾ごと男の一人が大剣により両断される。どうやら大剣は切れ味鋭いというよりも叩き斬るという使い方をするようで、切り裂かれた盾の断面は鋭利な刃物で切ったと言うよりも刃先のつぶれた斧で叩き切ったかのような歪な断面だった。
攻撃を受けた男は盾が切り裂かれ、そのまま大剣が左肩を押しつぶしながら、自らの体を切り裂いていく。幸せだったのは、大剣による斬撃が凄まじい速度だったためにほとんど痛みを感じる時間が無かったことだ。
魔剣士は再び大剣を振るい、男の一人を胴から両断する。両断された男の上半身は3メートルほどの距離を飛び、頭から地面に落ちる。
魔剣士によって男達は次々と命を散らす・・・いや、砕かれていく。
8人ほどの男達が魔剣士によって葬られたところで、アレンは剣を抜き魔剣士に斬りかかった。
ガギィィィン・・・
アレンの斬撃を魔剣士はなんでもないように受け止める。全身鎧に顔を完全に隠したヘルムのためその表情は分からないが、わずかな隙間から覗く双眸は、底冷えするような光を放っている。
「とりあえず自己紹介しておこうか。俺はアレンティス=アインベルク・・・この国営墓地の管理者だ」
アレンの言葉に魔剣士も答える。
「我が名はゼリアス=ケーゴン!!貴様の首、子爵閣下に捧げてくれるわ!!」
お互いに名乗ったところで、アレンと魔剣士の殺しあいが幕を開けた
2016年7月18日でPV40000を超えました。いつも読んでいただきありがとうございます。
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