王子Ⅱ①
男達がアインベルク邸を襲撃し、総勢23人の駒を手に入れてから10日たった。
それから、毎夜墓地管理に連れて行かれる。最初は、墓地管理なんてものは大したもので無いと思っていた男達であったが、毎夜アンデットの徘徊する墓地に投げ込まれたことでそんな気持ちなど吹っ飛んでしまった。
男達はアインベルク家から貸し出された革製の鎧とカイトシールドと呼ばれる巨大な盾を与えられている。
男達は5人1チームが4つ、3人1チームに分けられ、見た目にはアインベルク邸の警備についているように見えている。
男達は、墓地管理の見回り中にアンデットに襲われ、重傷を負った者はかるく半分を超える。だが、その重傷を負った者達はアレン達に治癒術を施され大事に至らない。
だが、アレン達はこの男達に心を許していない。いやそもそも情を交わそうなどと考えがそもそもこの男達にはまったく湧いてこない。証拠にアレン達はこの男達の名前を誰一人知らない。いや、知ろうとさえしなかった。
男達もここまで自分たちに興味を示さないアレン達にあきらめの心境に達しているようだ。大体、こういう状況の場合では物語などでは主人が情にほだされるという展開があるのだが、ことアインベルク家の者達にはそのような事は期待できそうも無かった。
なぜ自分たちはアインベルク家に押し入ろうと思ったのだろう・・・
どこで選択を間違えたのだろう・・・
男達はこの10日、そんなことを考えて過ごしていた。
そして、この日にアインベルク邸に訪問する者が現れる。
ローエンシア王国の王太子であるアルフィス=ユーノ=ローエンである。王太子の突然の訪問にアインベルク家の面々は困惑する。
王子の突然の訪問など、どう考えても、普通の状況では無いからだ。
だが、アレンはいち早く困惑から立ち直ると、キャサリンにお茶と茶菓子の用意を頼むとロムにアレンの私室に案内するよう頼んだ。
それから、しばらくしてアルフィスがアレンの私室に入ってきた。
アルフィスは笑顔を見せ「よ!久しぶり」と身分の差を感じさせない砕けた挨拶をする。それに対して、アレンも「よ!」とこれまた王族に対する礼儀を忘れた砕けた挨拶をする。
アレンはアルフィスに席に座ることを促すと、アルフィスも素直に応じる。その後に、三人の騎士達がアルフィスに従い入室する。
どうやら護衛らしいのだが、正直アレンはアルフィスに護衛が必要か?と本気で思っている。
あまり知られていないが、アルフィスはアレンとまともに戦える数少ない男なのだ。実力的にはアレンと互角、魔法の腕前ならアレンよりも上である。ただし剣ではアレンに軍配があがる。
「それで、今日はいきなりどうしたんだ?」
「おいおい、久しぶりに尋ねてきた親友に対し、随分と不躾だな」
「お前、自分の立場分かってんのか?それに学園はどうした?」
「いや、学園は試験が終わったばっかりで今日からちょっと休みなんだよ」
「ああ、そうだったのか」
学園は試験が行われて10日間の試験休みがとられている。実際は教員達の採点作業を確保するためのものであるが、学生にとってはそんな裏事情がどうあれ、試験の後、羽を伸ばす事の出来る数少ない機会である。
近場の者ならば、実家に帰る者もいるぐらいである。
「それで、お前がどうしているか、気になって遊びに来たわけだ」
「そっか、何か聞きたいことがあるんだろ?」
「ああ、聞きたいことは3つある」
アルフィスはアレンにかしこまって質問する。その様子にアレンは緊張する。
アレンにとってアルフィスという男は、戦闘力において自分が敗れるかもしれないと思う数少ない存在だ。政治力、統治能力においてはアレンはアルフィスの足下にも及ばないと考えている。
そんなアルフィスがアレンにかしこまって問うのだ。自然と緊張感を持つのは仕方の無い事である。
「まず一つ目なんだけど、お前がこの間戦った魔族の件だ」
「ああ、あの魔族に関しては知っている情報はすべて報告してあるぞ。報告している事以上の事は俺は知らないぞ」
「何言ってんだが・・・あくまで現時点だろ?お前が何かしら仕込んでいるのは俺も親父様も察してるぞ」
「なんだ、バレてんのか」
アレンは悪びれない。一応、仕込んではいるが、現段階で新しい情報は一切手に入れていない。そのため、こういう方法をとっていますなどと報告する必要はないと考えたために、報告を上げなかったのだ。
「まぁ報告を上げなかったことは責められるかもしれんが、情報を得てから報告しても何の問題もないからな。あくまでもう一回あの魔族が俺達に復讐戦を挑まない限り仕込んだものも何の意味も無いし、手を打ってないと同じ意味だからな」
「お前の言っている事は一応、筋が通っているようだが、まったく通ってないぞ」
「そうか?」
「ああ、組織のトップの立場としては、部下が今どのように動いているか把握しておきたいもんだ」
「なるほど・・・」
「親父殿とお前の関係ではあまり心配はしていないが、周囲の者はお前が勝手になにか動いている事に対して不信感を持つ者がいるかもしれないぞ。あんまり無用の疑いをもたれるような行動は控えた方がいいんじゃないか?」
「確かにな、お前のいう通り配慮が足りなかったな」
「ああ、俺から報告しておくから、何をしているか教えてくれ」
「ああ、あの魔族には見聞きしたものを記録しておく術式を仕掛けている。ある程度、したらその術式に記録された魔族の見聞きしたものをそのまま手に入れる事ができるわけだ。編集しないで王宮に献上するから魔法省の術者に解析してもらってくれ」
「ん?お前は確認しないのか?」
「するわけ無いだろ、そんな面倒くさい事、大体数日間のあの魔族の生活を覗くなんて気持ち悪いことなんでしなくちゃならんのだ。あの魔族がクソしてるとことか見たいか?」
「だな、精神衛生上よろしくないな」
確かに、数日間の魔族の生活を覗くということは、トイレ、風呂なども覗くことになる。何が悲しくて男のそんなシーンを見なくてはならないのか。ただの拷問だ。そんな拷問を受けるいわれはまったくないアレンとしては魔法省のエリート様に頑張ってもらおうと思うまである。
「お前なら、分かってくれると思ってたぞ」
「まぁ、いいや、それで次なんだが、これはちょっとお願いも入っている」
「?」
「お前、この間の夜会で、シーグボルド家とハッシュギル家の者と揉めたかな?」
「ああ、あいつらか。あのふざけた奴ら近いうちに思い知らせてやる」
「お前・・・」
アレンの返答はアルフィスにとって心配していた通りの返答であり、アルフィスは内心頭を抱える。
「アレン・・・お前、どの程度、裏を掴んでいる?」
「アルフィスには悪いが、内緒だ」
「そうか・・・すでに十分、潰すネタを用意しているというわけか・・・」
アルフィスは文字通り頭を抱えた。アルフィスはアレンの能力を高く評価していたつもりだったが、さらに一段階評価を上げることにした。
「アレン、頼みがある」
「心配しなくてもいいぞ。現段階でネタを使うつもりはない」
「ん?でもお前、近いうちに思い知らせるとか言ってたろ?」
「ああ、言ったよ」
「それって矛盾してないか?」
「確かに一見矛盾しているように見えるが、あくまで自分からは使うつもりはないというだけだ」
「・・・なるほど」
アレンは、ローエンシア王国屈指の大貴族をつぶすネタを自分を守るために使うつもりなのだ。
すなわち、アインベルク家を潰すという方法を二つの家が取った場合はおとなしくアインベルク家を潰させるつもりだった。だが、アレン自身を潰すために行動をするのなら、アレンは躊躇いなく自分が生き残るために二つの大貴族を潰すためにネタを遠慮無く使うつもりだったのだ。
その事を長年の付き合いで分かっているアルフィスは、本気である事を理解している。
そのため、アルフィスはアレンに言っておかないといけない事があった。
「アレン、二つの家に対しては俺が何とかするから、くれぐれも現段階で潰すような事をするなよ」
「う~ん、確かに二つの家が今つぶれたら困るだろうな・・・。でも、あの家の一派を切り崩す前に俺に冤罪が成立させられれば、俺は遠慮無く潰すぞ?」
「分かったよ・・・確かに、アレンが冤罪で死刑とかなったら嫌だからな。その時は思いきりやってくれ」
シーグボルド家とハッシュギル家がその気になればアレン一人に冤罪を被せることは簡単な事であった。証拠、証言などいくらでも捏造できるのだから冤罪に陥れることなど簡単な事なのだ。
そして、その時は、アレンは持てる力を使って二つの家を潰すだろう。それこそ、二つの家が卑劣な方法でアレンに罪を着せようというのなら、アレンはそれ以上の汚い手を使い潰すだろう。
アレンに「同じ汚い手を使うことで相手と同じになってしまう」という類の逡巡はない。むしろ、汚い手をそのまま返して「ざまぁ見ろ」と笑い、さらに「自分でやった手口を使われて対処の方法も考えてなかったのか?マヌケが!!」と心を折る男である。
アルフィスは、アレンが絶対そうすることを確信している。それこそ、夜の次には朝が来ると同じレベルで確信しているのだ。
となると、アルフィスはシーグボルド家とハッシュギル家がアレンに手を出さないようにしておかなくてはならないのだ。少なくとも現段階では二つの家を潰させるわけにはいかないのだ。
「ああ、わかったよ。だが、お前が努力しているのを踏みにじるのはお前に悪いから、ギリギリまで耐えるさ」
「助かるわ・・・できるだけ早くケリ付けるからな」
「ああ」
アレンはアレンで、アルフィスの心を理解している。現段階で二つの家を潰されるのはやはり困るだろう。シーグボルド家とハッシュギル家の経済に与える影響力を軽視することは出来ないのだ。
時間が欲しい理由は、王家が流通、経済にさらに影響力を増すための時間なのだろう。
出来るだけ早くと言っても経済の流れに関しては、一長一短というわけにはいかない。なら、二つの家が暴走しないように(男爵家一つ潰す事は彼らの感覚では暴走とは言えない)する必要がある。
「最後はアディラの件だ」
「アディラ?」
ある意味、アルフィスの最も聞きたかった件がアレンに告げられた。




