表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/602

魔族⑤

 転移を終え、ネシュア達がボールギント邸に倒れ込んだとき、ボールギントの使用人達が慌てて駆け寄ってくる。

 

 護衛に付いた2人の執事だけでなくネシュアも深い傷を負っていることに戦慄したのだ。

 ネシュア=ボールギントという男は、貴族の負の部分を凝縮したような男だ。上の身分の者には媚びへつらい、下の身分に対しては見下す。貴族主義と言うよりも、身分原理主義といった感じだ。

 そんなネシュアが明らかに危害を加えられたわけだ。使用人に対する八つ当たりがくるのは避けられない、どんな八つ当たりをされるのかと思うと慌てるのも無理は無かった。


 主人の顔色を伺うというのは、人間も魔族も共通した概念なのかもしれない。


「治癒術士を呼べ!!」


 使用人達が動き出す。何派ともかく主人のケガを癒やすことが第一だ。


 ボールギントに所属する治癒術士が、間もなくやってきて、ネシュアに、次いで二人の執事に治療を施す。


 魔術による治療は、もちろん万能では無い。治癒能力を増加し、ケガを癒やすのだ。魔族は元々、強い治癒能力を持っており、治癒術士の治療と相乗効果を生み出し、すぐに完治することが出来るのだ。

 完治した傷を見て、恐怖が薄れたのだろうが、次に沸いて出た感情は怒りであった。のど元過ぎればと言うやつだ。


「おのれ!!!!あの卑怯者めが!!」


 主人の爆発した怒りに周囲の使用人達は身を縮こまらせる。こういうときに、下手に動くと八つ当たりの標的とされるからだ。


「あの卑怯者達め!!必ずこの借りは返してやる!!」


 ネシュアの頭の中にはアレン達への憎悪しか無い。しかも、最後の転移魔術が発動する瞬間に見たアレンの見下すような目(実際に見下しているのだが・・・)は、我慢ならなかった。


 その怒りがよほど凄まじかったのだろう。使用人達はまともにネシュアを見ることが出来なかったし、ネシュア自身も冷静さを欠いていた。


 だから、だろうかネシュアの中に仕込まれた術式を気付くことは出来なかったのだ。



------------------


 アレン達は今夜のうちに報告文書を作成するため、アインベルク邸のアレンの執務室で書類を作成し始める。


 ロム、キャサリンにその旨を伝えると、キャサリンにお茶の用意を頼む。同時にそれが終わったら「今夜は休んでくれ」と伝える。

 ロムもキャサリンもその言葉に難色を示したが、それほど時間のかかるものではないから大丈夫と伝えると「あまりご無理をされませぬよう」という言葉と就寝の挨拶を残し、退出する。


「さて、報告文書の件だけど、これは俺がやるから終わったら、漏れが無いか確認してくれ」

「分かったわ」

「分かった」

「分かりました」


 アレンの報告文書は、すぐに完成する。


 内容は簡単なものであった。

 ①魔族が国営墓地に現れた。

 ②魔族の目的は瘴気を集めること。

 ③魔族の国の状況

 ④対処した

 ⑤自分の考え


 というものであり、報告文書としては十分及第点をもらえる出来と考えたが、おそらく宰相のエルマイン公爵の手放しの合格はもらえないだろう。だが、自分の現在ではこれ以上のものは書けないので、おとなしく指導を受けることにしよう。


「それにしても、魔族の国でお家騒動とはね」

「そういうなよフィアーネ、魔族だろうが人間だろうが国という概念、家という概念、欲望という概念がある以上、お家騒動は普通に起きるだろ」

「まぁそうなんだけどね。魔族って人間を見下しているのに、人間と同じようなことで争っているんだから世話無いわね」

「そうね。自分たちは人間より優れた種族というのなら、人間には思いつかないようなシステムを作ってみて欲しいわね」

「まぁ、それは置いといて、あのネシュアとかいう子爵に仕込んだ術式ですが、どんな術式なんですか?」


 フィリシアの問いに、フィアーネが答える。ネシュアと二人の執事に術式を仕込んだのはフィアーネだったのだ。


「簡単に言えば記録ね。術式を仕込まれた者の見聞きしたものを記録してそれを、見ることが出来るのよ」

「それって、プライベートとかも筒抜けじゃないの?」

「まぁそうなるわね」

「私にはしないでくださいね」

「心配しなくてもしないし、それ以前にあなた達には効果はないわ」

「なんで?」

「この術式って、実は術者との力の差がないとそもそも掛からないのよ。アレンはもちろん、レミアもフィリシアもこの術式にかかるような実力じゃ無いわよ」

「要するに、雑魚にしかかからないという事?」

「まぁ簡単に言えばレミアの言う通りね」


 フィアーネにとって、ネシュアは雑魚というわけだ。アレンもレミアもフィリシアもその事を察し、ネシュアに同情する。


「でも、その記録した術式はどうやって確認するの?」


 レミアの疑問に答えたのは、アレンであった。


「術式が掛かっている以上、遠距離から回収するという方法もあるけど、当然、回収時に邪魔され、奪われる可能性があるから、その手はやめておいた方が無難だな」

「それではどうするんです?」

「そのうちネシュアは、復讐戦を挑んでくるだろ。その時に回収する」

「でも、今回こてんぱんにやられたから本人が来ることはないんじゃない?」

「いや、絶対来るよ」

「根拠は?」

「あいつがやられた状況とその後の屈辱の二つだ」

「あいつはフィリシアから不意をつかれてやられたろ?」

「そうですね」

「あいつ、フィリシアにやられた時に『後ろから卑怯な』と行ったろ?」

「うん」

「逆に言えばあいつの中では卑怯な手にやられたのであって実力で負けたわけじゃ無いという考えで自己を正当化するさ」

「ああ、プライドを保つために卑怯な手でやられたと言い訳するわけね」

「そ、しかもその後に俺が見下したから、俺に対する憎悪もすごいだろうな。人間如きに爵位持ちの魔族がやられ、屈辱を与えられた。となると絶対に俺達を自分の手で殺したいはずだ」

「なるほどね」

「それで、あの魔族達を殺さなかったんですね」

「ああ、あいつらの言っている事が本当かどうか判断できないからな」

「どのように踊らせるつもりか分かったわ」


 レミアもフィリシアもアレンが尋問の時に言った。質問に答えないときは殺すといったのに関わらず、殺さなかった事でなにかしら目的があり、ネシュアを踊らせるつもりだという事は推測していた。

 アレンとの会話で、二人はネシュアをどう踊らせるかを察した。アレンはネシュアを自分の目と耳として使うつもりなのだ。


「多分、1ヶ月以内にネシュアはやってくるだろうから、その時に回収する。それとネシュアがもう一回来たときは、遠慮無くやっていいからな」


 アレンの言葉に三人は頷く。爵位持ちの上位魔族相手に手加減していた事がこのアレンの言葉から分かる。


「それからフィアーネ、ネシュアがいつくるか分からんから、お前しばらく毎日墓地見回りに参加してくれないか?」

「もちろん、いいわよ」


 フィアーネは元からそのつもりだったが、アレンに頼られているという事がフィアーネには嬉しかった。


「それから、レミア、フィリシアは出来るだけ個人行動は避けて欲しい。今回来た奴らレベルなら一人でも対処できるだろうけど、何を連れてくるか分からんからな」

「分かったわ」

「分かりました」

「それで、しばらく二人ともうちの屋敷で生活してもらいたい。戦力分散は避けたい」


 アレンの申出は渡りに船である。レミアもフィリシアも最初、意味が理解できなかったが、意味を察すると喜色を浮かべるとそれはすごい勢いで承諾した。


「「分かったわ!!!!!」」


 その様子に不満顔を浮かべたのはフィアーネだ。


「ちょっと待って、アレン!!私は?」

「いや、お前は公爵家の令嬢だろ?色々とまずい」

「何言ってるのよ!!私だけ仲間はずれなんてずるい!!」

「そういうなよ、俺の家のクオリティは公爵家の令嬢を泊めるだけのものはないぞ」

「何言ってるの!!私も泊めてよ!!」

「まぁ、公爵家の許可があればいいよ」

「本当ね!!じゃあ許可もらってくるわ!!」


 アレンとすれば許可なんて下りるはずがないと思っての提案であった。普通、貴族の令嬢が男の家に外泊するなんて醜聞をよしとするはずがない。当然断られると思った。


 ・・・のだが


 翌日、フィアーネ、レミア、フィリシア荷物を持ってアインベルク邸にやってきたのは、アレンが報告文書を王宮に提出し、国王、宰相、軍務卿に指導を受けへろへろになって帰ってきてしばらくしてである。


「「「しばらくお世話になります」」」


 と揃って頭を下げる三人を呆然と眺めていると、ロムが和やかな笑顔を浮かべアインベルク邸に招き入れていた。


 こうして、アインベルク邸に三人の居候が増えることになる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ