魔族③
「貴様・・・後ろから・・・」
ネシュアは苦痛に顔を歪ませながら、フィリシアを睨む。
「あら?あなた様は随分と呑気な方ですのね?」
フィリシアが艶やかに笑う。見た目清楚な美少女なのに、言葉は随分と辛辣だ。ただアレンもフィアーネもフィリシアとまったく同じ見解だ。
今は命の取り合いをしているのだ。そんな状況で、自分たちの前に現れたのがアレンとフィアーネの二人だけとは限らない。当然、伏兵がいるのを想定するべきなのだ。その想定をせずに、無警戒で背後を取られるという間抜けな事になるのだ。
だが、これは気配を察知できなかったネシュアが悪いわけではない。フィリシアは瘴気をまとって気配を絶ち背後に回り込んだのだ。
下級悪魔をデスナイトに変貌させたのは、瘴気を周辺にまき散らしフィリシアを察知させずらくするためのものであった。
「「ネシュア様!!」」
ザウリスとヘルケンがネシュアの元に駆けつける。忠誠心あふれる行動と言えるだろう。だがそれは悪手だった。今、戦っているのはアレンとフィアーネだ。その二人があからさまな隙を見逃すはずがない。
「ぐはっ!!」
アレンがヘルケンに一瞬で追いつき、背中から容赦ない斬撃を見舞う。背中にアレンの剣を受けたヘルケンはその場に倒れ込む。
そこに、フィアーネが膝をヘルケンの背中に落とした。
ゴギィィィ!!
骨の砕けた音が周囲に響く。
「がぁぁぁぁぁ!!」
ヘルケンの絶叫が響く。
ザウリスは同僚の元に降りかかった不幸に構ってる暇はなくネシュアとフィリシアの間に割り込む。
「卑怯者め!!ネシュア様にはこれ以上、指一本ふれさせんぞ!!」
「そうですか・・・」
フィリシアは静かにそう言うと、ザウリスに斬りかかる。その斬撃の速度にザウリスは戦慄する。これほどの斬撃を見たのはほとんど経験がない。
フィリシアの斬撃を、ザウリスは両腕に魔力を込め迎え撃つ。魔力を込め強化したザウリスの両腕の硬度はかるく鋼を超える。ザウリスは当然、フィリシアの剣をはじき飛ばすつもりだったのだが・・・
シュン・・・
静かな切り裂く音が周囲に響く
フィリシアの剣はザウリスの右腕をあっさりと切り落とした。ザウリスが魔力を両腕にこめたように、フィリシアも剣に魔力を込め強化した斬撃を放っていたのだ。
フィリシアの剣術は墓地管理の仕事につき、さらに磨きがかかっており斬鉄ぐらいであれば、剣に魔力をこめずとも容易に行える。
そのフィリシアの剣を魔力を込め放った以上、ザウリスの腕を切り落としたのは当然の出来事だった。
自分の腕を切り落とされた事に気付いたザウリスは叫び声をあげる。
「ぎゃああああああ!!」
ザウリスはあまりの苦痛にその場に座り込む。その様子を静かに眺めているフィリシアは静かに、そして呆れながらザウリスに言葉を発する。
「痛がっている暇があるなら反撃の一つでもしたらどうです」
「ぐぅぅぅぅ」
「その程度の実力でどうしてそこまで見下せるんでしょうね」
ザウリスはフィリシアを睨みつける。だが、その目にあるのはあくまでフィリシアに対する恐れ、死の恐怖だった。
魔族である自分がこんな人間の女如きに!!
怒りはあるがそれ以上に恐怖があった。
「じゃあ、もういいですね」
静かにフィリシアが笑うと剣を振りかぶる。一切の無駄を廃した動きだ。たとえザウリスがどんな反撃をしても確実に首を落とされる。ザウリスはもはや確定された未来であるように感じた。
「まて!!フィリシア!!とどめは刺すな!!」
その死の顎から救ったのは敵であるアレンであった。その声を聞くとフィリシアはあっさりと剣を引いた。アレンの申出に対してフィリシアは理由も尋ねない。
フィリシアはザウリスから間合いをとり、ネシュアに向き合った。当然、ザウリスに対する警戒を解くような真似はしない。
アレンはネシュアの背後に回り込む。フィアーネはヘルケンの元についている。妙な真似をした瞬間にヘルケンの頭を吹き飛ばすつもりだった。そのすさまじい殺気にヘルケンは動けない。
「さて、いくらお前がバカでもこのまま戦えばどうなるかわかるな?」
アレンの声が静かに響く。
「ふ・・・ふざ・・・」
ネシュアは最後まで声を出すことは出来なかった。振り向いたアレンの隣にもう一人双剣を構えた少女が立っていたからだ。
「たのみの執事はこの有様、お前は間抜けにも油断し深手を負っている。しかも3対1、お前は詰んでるんだよ」
アレンが言い終わると、隣にいた少女が消えた。いや、意識をアレンに向けていたために初動の察知出来なかったため、消えたように見えたのだ。
アレンの隣にいた少女・・・レミアは、ネシュアの隣にいたリッチとの間合いを一瞬に詰め、核に剣を突き立てる。そしてもう片方の剣でネシュアの首筋に剣を当てた。
「アレン、たった今詰んだのよ。説明は正確にね」
「くっ・・・」
レミアの指摘は、ネシュアにとって戦闘の終了を告げるものである。もはや、勝てないことをネシュアは悟った。
「理解したようだな、では尋問の時間だ」
アレンの声が静かに墓地に響いた。




