訪問
色々とアレンにとって濃かった夜会が終わり、4日経った。
その4日目の午後に、アインベルク家に王宮から使者が来た。正確には王宮ではなくアディラからである。
内容は、『明日、会いたいからアインベルク家に訪問してもしても良いか?』と言うものである。
この申出には、アインベルク家は騒然とする。
何しろ、アインベルク家と言えば一応貴族だが、貴族の交友関係など皆無であり、アインベルク邸が貴族をお迎えにするということ自体なかったからだ。そこに王女殿下が遊びに来るというのだ。色めき立たないわけが無い。
「アレン様、王女殿下へのお返事はすでに『了承』されましたので、王女殿下のお出迎えの準備に取りかかります」
「ああ、ロム頼むよ。キャサリンにも何かお菓子を作ってもらうから準備してほしい」
「承知いたしました」
ロムはアレンの指示を受け取り準備に取りかかる。
「レミアとフィリシアにも確認取っとかないとな」
アディラが明日うちに来る。それ自体は構わない。だが、レミアとフィリシアにも参加して欲しいというのは解せない。いや、参加すること自体は喜ばしい。だが、どうしても『何故?』という疑問がつきまとうのだ。
今夜の見回りで、二人には了解とろう。まぁ、険悪な関係になる事はないだろう。
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アディラがアインベルク邸に到着したのは、午前10時ほどである。アレン、レミア、フィリシア、フィアーネはアインベルク邸の玄関前で出迎える。
ちなみに、フィアーネは昨夜の見回りに参加したため、今日のアディラの訪問予定を伝えると二つ返事で参加を決定した。
本来予定に無かったが、先日のアディラとフィアーネの様子を見ると参加しても問題ないと思いアレンが誘ったというわけだった。
王家の紋章の入った馬車を護衛の騎士6人が護衛している。護衛の騎士達には、アレンが見ても一目で分かるような隙はない。かなりの手練れのようだ。まぁ王族の護衛を任せられるような人材なのだから、当然一流どころが付くのは当然だ。
馬車が止まり、馬車からアディラが降りてくる。その後ろに二人のメイドがアディラの後から降りてくる。
二十代前半のメイド二人は足の運びなどに隙が無く、護衛を兼ねている事が十分にアレン達にはわかった。
「アレンお兄ちゃん♪ごめんね、いきなり来て」
アディラは『会えて嬉しい』という気持ちを隠そうともしない。先日の件でアディラがアレンに想いを寄せていることは明らかである。しかもその想いは単なる幼馴染みに対するものでは無く『恋愛対象』の異性に向けるものである。
アレンは、正直な所、アディラの気持ちは嬉しい。だが、いろいろなしがらみがその気持ちに応える事を戸惑わせていた。
「ああ、全然迷惑で無いから大丈夫だよ。でも、うちは正直、典雅な家じゃないから、おもてなしに王宮レベルの事を求められても困るぞ」
「えへへ~わざわざお持てなししてくれるなんて嬉しい♪」
アディラは嬉しそうな顔をアレン達に向ける。その様子を見ていたレミア、フィリシアは好感を持ったようだった。
アディラの態度は他の人がやれば、『あざとさ』が鼻につくかもしれない。だが、アディラの態度を見て『あざとさ』を感じるのはアディラに悪意を持っている者ぐらいだろう。
また護衛の騎士達はアディラの態度に少年のように顔を赤くしている。アディラには何かしら男の純情を刺激するものがあるらしい。
「ご機嫌ようアディラ」
「ご機嫌ようフィアーネ」
既に顔見知りというより、同志の関係にあるというアディラとフィアーネが挨拶を交わす。知り合ってほとんど間もないはずだか、二人の雰囲気はすでに『戦友』という空気を作り出している。
「アディラ、すでに二人には話しているわよ」
フィアーネはウインクをしながらアディラに語りかける。
護衛の騎士、メイド二人は、今度はフィアーネの美貌に目を奪われているようだ。まぁ気持ちはわかる。フィアーネは中身は色々残念な令嬢だが、外見は美の結晶と呼んでも差し支えない美貌の持ち主である。
アディラは、レミアとフィリシアに視線を移すとニコリと微笑み、挨拶をする。
「ローエンシア王国第一王女アディラ=フィン=ローエンです。よろしくお願いいたします。レミア様、フィリシア様」
アディラの挨拶にレミアとフィリシアは明らかに狼狽する。いくらなんでも王女に先に挨拶されるとは思わなかったのだ。しかも、アディラは様と敬称をつけたのも二人には衝撃だった。
「レミア=ワールタインです。それから王女殿下、私は王女殿下に様付けで呼ばれるような身分ではございません。レミアとお呼びください」
「フィリシア=メルネスです。私もレミア同様、フィリシアとお呼びください」
レミアとフィリシアは、狼狽えながらも挨拶を行う。
「分かりました。それでは、私の事はアディラとお呼びください」
「いえ、そういうわけには・・・」
アディラの申出はさすがに受け入れられないとレミアもフィリシアも断りを入れる。そこにフィアーネが口を挟む。
「いいんじゃない。アディラ自身が呼び捨てで良いと言ってるんだから。レミアもフィリシアも『アディラ』と呼んであげなさいよ」
「フィアーネ、そういうわけには行かないわよ。王女殿下を呼び捨てなんて出来るわけ無いでしょう」
「レミアの言うとおりよフィアーネ、もし私達に呼び捨てなんてされたら、王女殿下が軽く見られるわ」
「そう?アディラはレミアとフィリシアに呼び捨てで呼んでもらいたいと思うんだけど」
「レミア様、フィリシア様、フィアーネの言うとおりです。私はあなた達なら私を呼び捨てにする資格があると思うんです」
「え?」
「私達に?」
アディラの言葉は、レミアとフィリシアを大いに困惑させる。一国の王女を呼び捨てにする資格なんてまったく自分たちには思い至らない。
「そう、レミア様もフィリシア様もフィアーネも私も『あの』目的のための仲間では無いですか。しかも達成した後はお互いに協力して支えていく仲間となるんですよ?その目的のためには身分なんて些細な事でしかありません」
「でも・・・」
「しかし・・・」
「そうですか・・・残念です・・・」
アディラの声が沈む。その声は聞く者に例え悪くなくても罪悪感を持たせるには十分な声だった。
アディラは沈んだ声でさらに続ける。
「レミア様もフィリシア様は結局私を仲間と認めてくれないのですね・・・」
「いや・・・そういうわけでは・・・」
「じゃあ・・・アディラと呼んでくださるのですね」
「それだけは・・・」
話が堂々巡りになり始めたので、アレンがアディラ一行をとりあえず邸内に招き入れる。いつまでもこの場で押し問答しても意味がないからだ。
するとアディラがアレンに向けて口を開いた。
「アレンお兄ちゃん、私とフィアーネ、レミア様、フィリシア様だけで話し合いたいことがございますの、しばらくどこか部屋を貸していただけませんか?」
「ああ、といっても俺の執務室ぐらいしか話し合いに使える部屋は無いけどいいか?」
「はい、勿論です。それでは三人とも行きましょう」
アディラは、三人を伴いアレンの執務室へ向かった。




