夜会⑩
今回で、夜会は終わりです。
アレンとゲオルグは夜会の会場を出て、王宮の庭園にでる。
王宮の庭園は、当たり前だが非常に手入れが行き届いている。季節によって咲く花は王妃ベアトリクスが選び、専属の庭師がその手腕を発揮し庭園を作り上げる。ここを訪れる者はその調和のとれた美しさにため息をもらすし、王妃ベアトリクスが今季選んだ花は何かで社交界の評判となるのである。
そんな王宮の庭園の美しさは二人の目に入らないようで、険悪な空気が流れる。その険悪な空気をさらに凝縮したかのような声がアレンの口から発せられる。
「それで?何のようだ?」
もはや、アレンの声は殺気をはらんでいる。例え評価を変えたといっても、生ゴミが燃えるゴミに変わったぐらいの認識であり、アレンにとってゲオルグという存在はクズである事に変わりなかった。
「王女殿下の件だ」
「アディラの事でお前なんぞと話す事なんかないな」
「貴様!!私は先程、身分を弁えろと言っただろうが!!」
「なんでお前の言うことなんか聞かなければならんのだ?お前は俺の上司か?お前が給金を支払っているのか?法的根拠は?道義的になんか根拠があるのか?」
矢継ぎ早に『てめぇのいう事なんぞ聞くわけねーだろ。バ~~~~カ』という趣旨の事をアレンは口にする。
「言っとくがお前のような男はアディラは大嫌いだぞ」
「な・・・何だと・・・」
アレンの言葉はゲオルグの心を遠慮無く抉った。心理的によろけながらゲオルグはアレンの言葉を聞く。
「お前、卑怯者だもん」
「な・・・」
「卑怯な男はアディラが最も嫌うタイプの男だ」
アディラの卑怯の基準はかなり一般のものとはかけ離れている。それはアレンの影響が強い。
アレンは父ユーノスから、言葉を使って相手を油断させるのも、嘘をつくことも、毒を使うことも卑怯では無い。ただし自分のしたことについて責任をとらないのは卑怯であると教わっていた。
アディラはこのアレンの卑怯の定義を自分の卑怯の定義にした。単純に恋い焦がれているアレンに影響を受けただけだが、両親も兄もその考えを持っており、成長するうちに完全に血肉となっていたのだ。
「ふざけるな!!私のどこが卑怯なのだ!!」
「ここまで言われて気付かないのだからアホの証明はされたな」
「なにぃ!!!」
「ふん、本来であれば教えてやる義理はないのだがな、教えてやっておかないとお前との不快な時間が長引くからな。教えてやる」
「き・・・貴様」
「お前、俺に最初難癖つけてきたときに、身分の差を持ち出したし、自分の名前をフルネームで言った後に『侮るか!!』と言ったろ」
「そ・・・それがどうした?」
「なんでわかんねぇんだよ。本当に能なしだな。いいか、あの場であそこまで喧嘩をふっかけてきて問題が起こっても、お前の『家』がなんとかすると狡い算段をしていたんだろう?」
「ち・・・ちが・・・」
「それだけで、お前が自分がした不始末を、家に責任取らせて自分は一切責任ととらないという卑怯者である事がわかる」
「・・・」
「おまえのような卑怯者は、例えば平民を殺しても責任をとらない。家に押しつけるだけだ。」
「・・・」
「自分は一切責任をとらないのに卑怯者でないと自覚していないところが最悪だ」
アレンの指摘はゲオルグの心を抉りに抉る。アレン自身、ゲオルグを卑怯者とみなしているために一切の容赦は無かった。さすがに10代半ばで面と向かって『お前は卑怯者だ!!』と言われて傷つかない者はないだろう。しかもわざわざ論理的に説明されてしまえば、感情面でも論理面でもダメージは大きかった。
「そんな卑怯者のお前にアディラが靡くと思っているのか?」
「・・・」
「アディラをあんまり虚仮にするなよ?」
アレンはギロリと殺気を込めてゲオルグを睨みつける。その殺気の恐ろしさにゲオルグは腰が抜けそうになる。それからもう話は終わったとばかりに、アレンはきびすを返し会場の戻っていく。
ゲオルグは呆然とアレンを見送った。
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「あっ!!アレン!!」
「アレンお兄ちゃん!!」
会場に戻るとすぐにアディラとフィアーネがアレンを見つけ駆け寄ってくる。周囲の出席者が一瞬顔をしかめるが、アディラと知って
「どこ行ってたの?」
フィアーネがアレンに聞く。アレンは隠してもしょうがないとありのまま伝える。
「むぅ~~~アレンお兄ちゃんにそんな失礼なことする人がいるの、許せない!!」
「まぁまぁアディラ、アレンなら大丈夫よ。というよりもその絡んだ方の心が折れてるんじゃ無いの」
「勿論、そんな人達にアレンお兄ちゃんを傷つける事なんて出来ないのはわかってるわ。でもねフィアーネ・・・アレンお兄ちゃんを傷つけ様とする事自体許せないのよ」
「確かに、アディラの言う通りね。アレンへの侮辱は私への侮辱よね」
「フィアーネ、アディラ・・・なんだ、お前らお互いになんで呼び捨てになってるの?」
「だって、フィアーネとは共通の目的のための仲間だもん」
「その通りよアレン、私とアディラは共通の目的のための仲間、そこに上下関係なんて野暮なものは存在しないのよ」
「はぁ」
フィアーネとアディラの言葉にアレンはなんとか一言吐き出す。
「ところで、アレンお兄ちゃん♪」
「ところで、アレン❤」
「な・・・なに?」
「一曲おどりましょう」
「え?いやアディラとはすでに一曲踊ってるし、二曲目を踊ると言うことは・・・」
「何言ってるのアレンお兄ちゃん、今日は三曲踊るんだからね」
「そうよ、アレンその後に私とも三曲踊ってもらうわよ」
二人の女性と夜会で三曲踊るなんてことは通常許されることではない。その事を言おうとして、二人に告げようとしたがその前に、アディラとフィアーネがニッコリ笑ってアレンに言う。
「三曲踊ることの意味は当然分かってるよ、アレンお兄ちゃん、つまりそういうことよ」
「アレン、エジンベートとは異なる意味だけど、私もローエンシアの三曲踊る事の意味でアレンを誘ってるのよ」
「いや・・・ちょっと待て・・・」
助けを求めるために、王族席のジュラス、ベアトリクスに目をやる。その隣にはジュスティスもいる。三人はアレンと目が合うと、にっこりと微笑んでいる。ジュラスとジュスティスなんて悪巧みがうまくいった極悪商人みたいな黒すぎる笑顔を浮かべ親指を立てている。
(おい・・・なんだその無駄に黒い笑顔は!!あの親指折ってやりてぇ!!)
顔が引きつるアレンを見て、フィアーネとアディラはさらにニッコリと笑う。花が咲くような素晴らしい笑顔だったが、アレンの目には大変恐ろしいものに見える。
「もう外堀は埋まってるんだよ?アレンお兄ちゃん♪」
「アレン❤チェックメイトまであと少しなのよ♪」




