夜会⑧
『ご都合主義』のタグをつけるか悩んでいます
アディラの返答に、フィアーネは満足そうに頷く。同時にメリッサとエレナは明らかに狼狽する。
「王女殿下!!何を言っているのですか!!」
「そうです!!そのような事、許される訳がありません!!」
忠実なメイドの言葉にアディラは和やかな笑顔を浮かべる。その笑顔には、少しの苦悩も感じられない。むしろ、『その手があったか!!』と言わんばかりの様子だ。
「メリッサ、エレナ、勘違いしてはいけません」
「「え?」」
アディラの言葉はメリッサとエレナにとってありえない言葉だったのだ。王族であるアディラがアインベルク男爵家に降嫁するというのならまだ分かる。爵位はたかだか男爵、いわゆる下級貴族だが、そこに王族が降嫁するというのは、常識ではありえない話だが、平民に嫁ぐよりかははるかに現実味がある。
だが、王族であるアディラが他の妻の一人として遇されるなどというのはありえない。王族が臣下に降嫁するのなら、臣下たるものその王族だけを配偶者とするべきである。その程度の事を理解していないとは思えない。
二人の困惑を深める。
「メリッサ、エレナ、フィアーネ様の申出を受ける意外に私がアレンお兄ちゃんの隣に座ることは不可能なのです」
「そ・・・そんなことはありません!!」
「王女殿下なら、アインベルク卿を振り向かせることは必ず叶うはずです!!
アディラの言葉にメリッサもエレナも必死になって食い止めようとしている。アディラは二人が自分を心配してくれていることに感謝してはいたが、ゆっくりと首を横に振った。
「いえ、私の恋敵はこちらのフィアーネ様、そして、レミア様、フィリシア様というお二方の三人なんです。そして、このお三方は私よりもはるかにアレンお兄ちゃんに近いの・・・。特にレミア様、フィリシア様はほぼ毎日アレンお兄ちゃんと行動を共にしている」
「「・・・」」
「しかも、フィアーネ様は、お三方はすでに協力態勢にあるとの事・・・」
「そ・・・それでも・・・」
「フィアーネ様もおそらくレミア様、フィリシア様も素晴らしい美貌の持ち主、そんなお三方が協力してアレンお兄ちゃんに迫る・・・必ずアレンお兄ちゃんの心を掴んでしまうわ」
「・・・そ、そんなことはありません」
「いえ、これはもはや確定よ・・・」
アディラはきっぱりと言い放つ。そしてフィアーネに視線を移し、次いで二人のメイドに視線を移すと静かにいった。
「でもね・・・そんな私でもまだアレンお兄ちゃんの隣に座るチャンスがあるのよ」
「それが、申出を受けるということですか?」
「その通りよ」
「いくらなんでも・・・」
メリッサとエレナは唇を噛む。
「確かにフィアーネ様の申出を受ければ、アレンお兄ちゃんは私『だけ』を見てくれることはなくなる。でも申出を受けることで私『も』見てくれるのよ」
アディラは覚悟を決めたかのように二人に告げる。
「それなら、私に悩む理由なんか無いわ!!私にとっての最悪はアレンお兄ちゃんを諦める事よ。そんな苦しさに比べれば取るに足らない事よ!!」
あまりに展開にメリッサもエレナも二の句が告げない。そんな二人を尻目にフィアーネがアディラに言葉を発する。
「さすがね。アディラ様、その思い切りの良さ、アレンの妻になるために苦しさに耐える覚悟・・・アレンが気にかけるだけのことはあるわ」
フィアーネの言葉にアディラも微笑み返す。すっかり仲間を見る目だ。いや、仲間というよりも同志といった方が適切かもしれない。アレンの妻となるという共通の目的のために共に歩む同志である。
フィアーネが微笑みながら右手を差し出す。アディラもまた微笑みながら握り返す。二人のメイドはその光景を呆然と眺めている。
アレンの妻になるための四人のチームがここに誕生した。
後に、アレンがフィアーネにこの時の顛末を聞いたときに、『お前・・・それって悪質な洗脳だぞ・・・』と頭を抱えることになる。
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アディラとフィアーネが手を握りあい、チームを結成している頃、ジュラスとジュスティスの取引も始まっていた。
「う~む・・・ジュスティス殿の心は分かった」
「それでどうでしょう?」
「しかし、ジュスティス殿はそれで良いのか?妹君がいくら納得しているとは言っても、家族として納得はしづらいのでは無いか?」
「それがこの話を持ってきたのはフィアーネ自身なんですよ。フィアーネはアレン君の事が本当に好きでしてね。アレン君と一緒になるためなら、そんな事些細な事と笑っています。もう、それはきっぱりと言い放ちましたよ」
「そうか・・・」
「失礼ながらアディラ王女は、このままではアレン君と結ばれることは無いのではないでしょうか?」
ジュラスは答えない。そしてこの沈黙こそがジュスティスの問いを肯定していた。
「そして、アレン君をローエンシアに縛り付けることが難しくなりますね」
「・・・」
「ちなみにレミアさんもフィリシアさんもフィアーネに劣らない美貌の持ち主です」
「・・・」
「確かに王女殿下はアレン君の幼馴染みですし、容姿も大変優れています。だが、アレン君の心を掴むには不利すぎますよね?」
「・・・」
ジュスティスの言葉は正しい。アレンに会う機会が極端に少ないアディラでは条件が不利すぎる。となるとジュスティスの申出である『アレンに複数の妻を持たせてはどうか』を受け入れた方が良いのかもしれない。
だが、それで娘が本当に幸せになれるかどうか、どうしても確信がもてなかったのだ。
アディラにアレンをローエンシアにつなぎ止めるために、恋仲になることを命じたが、国のため、王家のためという心づもりが無いと言えば嘘になる。だが、それ以上にアディラの幸せを願ってのことだ。
アレンは不器用な男だ。四人の妻を持って器用に切り盛りするのは難しいのでは無いか?
アディラがアレンの心が注がれない事に苦しむのでは無いか?
そんな心配がジュラスにはあった。だが、一方でアレン以外の男に嫁いでアディラが幸せになるとは思えなかった。
「ジュスティス殿・・・」
ジュラスは静かに問いかける。
「この話は、貴殿の父君はご存じなのか?」
「勿論です」
「そうか」
ジャスベイン公も正直、自分と同じで心配だろう。まして、フィアーネ嬢はトゥルーヴァンパイアだ。異種族間の婚姻は最終的に上手くいかないことが多い。結果、自分の娘が不幸になるのではという不安があることだろう。
(覚悟を決めるか・・・アディラを信じよう)
「ジュスティス殿」
「はい」
「よくよく考えれば、我々は家族とはいえ、部外者だ」
「はい」
「この幸せを願わぬ親はおらぬ。だが、子が傷つかないように守ってやるだけが子に幸せを与えることではない。それは子の強さを信じていない事と同じ事だ」
「はい」
「よかろう・・・私も腹をくくろう」
ジュラスはそう告げると、はっきりとした声で言葉を続ける。
「フィアーネ嬢の申出をアディラが受けた場合は、私もそれを認めよう」
「はい」
(親としては完全に納得出来んが、王としてはアレンをローエンシアにつなぎ止める手段としては十分及第点と言える)
アディラがアレンの妻の一人となれば、アレンはローエンシアを去る危険性は大幅に下がる。
アレンの知らないところで、アレンの外堀は急激に埋められている。というよりも城門が破られようとしている。
その事は、当のアレンはまったく気付いていなかった。
20000PVを7月3日に到達しました。
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