夜会⑥
現国王の登場に、アレンはさすがに顔が引きつる思いだった。しかもジュラス王は王妃であるベアトリクスも伴っており、その居づらさはアレンが体験した中でも指折りのものである。
国王両陛下の目には、事態の成り行きに興味津々という意識が見て取れる。どうやら、この両陛下は娘の恋愛をおもしろがっている節があった。いや、おもしろがっているというのは事実であろう。
「え~と・・・」
さすがにどう説明したものかアレンは迷う。アディラとフィアーネが自分を原因に口論を始めたとは、アディラ、フィアーネの両方の名誉を傷つける事になるので、憚られたのである。
そこに空気を読まない事を家風として掲げているのでは?と疑惑を向けられるジャスベイン家の令嬢は、立派な挨拶の後に事態の成り行きを包み隠さずに伝える。
「フィアーネ=エイス=ジャスベインと申します。両陛下にはお騒がせした事をお詫びいたします」
「ローエンシア国王、ジュラス、こちらは妻のベアトリクス。娘のアディラが迷惑をかけたようだね?」
「いえ、決してそのような事は・・・」
「それで、二人が揉めている理由を聞かせてくれないかね」
「アディラ様が私とアレンが恋人同士である事を信じてくれないため、つい口論となったわけです」
「だから、フィアーネ、お前の中でなんでそれが決定事項なんだよ。俺とお前がいつ恋人になったんだよ!!」
「嘘も百回つけば本当になるわよ。ずっと言い続けてるんだから、そろそろ本当になってもおかしくないんじゃ無いかしら?」
「嘘は何千回ついても嘘であって、本当にはならないの!!」
ジュラスはアディラに和やかな笑みを向け言った。
「アディラ、良かったな。アレンとフィアーネ嬢は恋人同士ではないということだ」
「・・・え、あ、はい」
明らかに安堵の表情を浮かべると、とたんに冷静になったのだろう。今の状況に顔を真っ赤にした。おそらく今夜ベットの中でで意識を手放すまでに羞恥のあまり転げ回るのでは無いだろうか。
「それでは、お前とフィアーネ嬢と争う理由はなくなるな?」
「はい」
「というわけだ、フィアーネ嬢、我が娘とこれからも仲良くして欲しい」
「はい、喜んで」
ジュラスの声にフィアーネは笑顔で応える。フィアーネとすればこんなカワイイ少女と仲良くするのはまったく問題ない。というよりも嬉しいぐらいである。
「それでは、みな楽しんでくれ」
ジュラスはそういうと王族席へ戻っていく。すこし遅れてベアトリクスも続いた。騒ぎが一応の決着を見たため、周囲の野次馬達も視線をはずす。もちろん、あからさまには見ないが、みな聞き耳をたてているようだ。
その空気に嫌気がさしたアレンはアディラをとりあえずこの場から引き離しにかかる。
「え~と、アディラ・・・とりあえず、こっちに来て・・・」
来てくれと続けようとしたアレンの声を遮り、フィアーネがアディラに声をかける。
「王女殿下、少しお話がありますの。二人きりで話せる場所はございますか?」
「フィアーネ・・・それはいくら何でも無理だろ?」
アディラは王族である。二人きりで話すことなどはっきり言って警護の面でも認められるわけは無かった。それがわからないフィアーネでも無いはずなのに、よほど大切な話があるのだろうけど、それは認められないと柔らかくアレンは伝えた。
「アレン、分かってるわ。警護の面だけでも認められないのは十分理解しているわ。それでも王女殿下とどうしても話し合いたいことがあるのよ」
「いや、だから無理だって・・・」
「構いません。ですが、さすがに二人きりというのはいらぬ誤解を与えます。ですから護衛として数人配置することをお許しください」
「わかりました。ただし、絶対に洩れては困る内容なので、口の堅い、信頼の置ける者にしていただけますか」
「それは当然です。私の信頼する者にいたします」
とんとん拍子に話が進んでいく。周りは聞き耳を立てているようだが、フィアーネの【音】の偽装魔術により、周囲には当たり障りの無い話になって届いている。
せめて、自分もその話し合いに参加しようと申し出たが、フィアーネに却下されてしまった。
「アレン、女の子同士のおしゃべりに混ざろうなんてそんな野暮な事はいわないでね」
「アレンお兄ちゃん、フィアーネ様が私に危害を加えるなんてあり得ないから、心配しないで」
「・・・わかった」
さすがに両方から断られてはそれ以上、干渉するわけにはいかず。アレンは引き下がった。
「それでは、こちらへ」
アディラにつれられ、フィアーネが会場を離れていく。その様子を見て、アレンにジュスティスが声をかける。
「アレン君、大丈夫さ、いくらフィアーネでもローエンシアの王女殿下に危害を加えるようなことは絶対無いから」
「いや、フィアーネはそんな事はしない事は分かってますよ。ただ、何の話なのかなと思って」
「まぁ、そんなに悪い話じゃ無いと思うよ。君にとっては大変な事になるかもしれないけど」
「?」
「おっと、私も両陛下に話があるから、ちょっと席を外させてもらうよ」
ジュスティスはアレンに告げると両陛下のもとに向かう。そのため、アレンは一人となってしまった。まぁ、社交界で友人と呼べる者がほとんどいないアレンにとって、このような状況は慣れている。
アレンはす~と壁に移動し、壁の華となるのに時間はかからなかった。
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フィアーネはアディラに連れられ、王宮の一室に通される。
アディラはフィアーネに席をすすめ、控えているメイドに紅茶の用意をさせる。メイドはそそくさと部屋を出て行った。
現在、部屋にいるのはアディラ、フィアーネ、メイドの二人である。
このメイドは、戦闘訓練を受けているアディラの護衛をかねている。茶色の髪のメイドの名をメリッサ、薄い赤色の髪のメイドはエレナ、年齢はメリッサが24歳、エレナは22歳となっており、ともに格闘術、暗器を得意としており、並の兵士ではまず勝つことは不可能であった。
さすがにフィアーネと戦えば容易に斃されてしまうだろうが、それでもアディラが部屋を出るまでは耐えることもできるぐらいの腕前は持っている。
アディラが信頼するメイドであり、アディラが命令したことには絶対に守る忠誠心にあふれたメイドである。
「それで、フィアーネ様お話というのは?」
アディラがさっそくフィアーネに話の内容を切り出す。本来、貴族同士の話に単刀直入というやり方は下策中の下策といえる。自分の持っている情報はできるだけ与えず、相手から出来るだけ有益な情報を引き出すための腹の探り合いを行うのが当たり前なのだ。
フィアーネはアディラの単刀直入ぶりに苦笑しかけるが、不興を飼うのは得策では無いため、表情に表れることは無かった。
「まず、アディラ様はアレンをどう思っているのかをお聞きしたいのです」
「・・・アインベルク卿は・・・」
「先程まで、アレンの事を、アレンお兄ちゃんと呼んでいたのに?」
「う・・・」
「アディラ様、ズバリお聞きします。あなたはアレンが好きなのですか?」
直球を投げつけられアディラは慌てる。控えているメイドもあまりの直球に驚く。
「あ~う~それは・・・その」
しどろもどろになりながら真っ赤になりアディラは答える事ができない。
「あら?アレンの事を好きかと思っていたんだけど、思い違いだったのかしら」
「あ~う~」
「好きでないなら、アレンの隣の席は私が座らせてもらいますね」
「・・・!!」
フィアーネの言葉に、アディラは言葉を発することができない。フィアーネはその様子を見ながらさらに続ける。
「アディラ様、私はアレンが好きですよ。それは嘘偽り無い私の心です」
もちろん、フィアーネはアディラの心など分かっている。というよりもあのやりとりをしてから、アレンに恋心をアディラが抱いていないなどと思うのは、コミュニケーション能力が完全に欠如した人物ぐらいだろう。
アディラはフィアーネがからかっているのを察し、屈辱のため涙が出そうだった。
「結局アディラ様は、アレンよりも王女という立場を選ばれるのですね」
フィアーネの言葉はアディラにとって『あなたはアレンに相応しくないわ』と言われたと同義だった。
アディラの中では、『アディラ』と『王女アディラ』が戦っていたが、この言葉を聞いた時、『王女アディラ』は完全に破れた。
恋敵に『あなたの恋心などしょせんはその程度』と見下されることだけはアディラにとって受け入れることは出来なかった。たとえ、アレンが自分を選ばなくてもこの恋心を否定されるのだけは絶対に受け入れることは出来ない。
その事に思い至ったときに、アディラは王女らしくない声を上げる。
「そんなわけないじゃない!!!!!!!」




