決戦⑫
アンデッド……
アレンの言葉に全員が驚きの表情を浮かべ、アレンの言葉が正しいか確かめようとフェルネルに視線を移す。形状を変えた六枚の翼をはためかせフェルネルはニヤリと嗤い口を開く。
「俺がアンデッドだと?巫山戯た事を言うな……」
フェルネルの言葉にアレンは眉一つ動かす事無く持論を展開し始める。
「いや、お前はその体が本体であるとは言ったが正確にはお前の核が本体なのだろう?」
「ふ……口が回るものだな。仮に俺がアンデッドであろうと俺の戦闘力に一切関係の無いことだとは思わないか?」
フェルネルの言葉に全員が納得の表情を浮かべた。またアレン自身もそれを否定する事無く素直に頷く。フェルネルの言ったとおりアンデッドであろうと無かろうと戦闘力にまったく差異はないのだ。いや、むしろアンデッドには痛覚も疲労も感じる事がないためより厄介度が増したと言っても良い。
「でもアレン、フェルネルは痛みを感じていたわ」
レミアの言葉にアレンは頷く。
「ああ、こいつは瘴気で実際に肉体を形成することが出来るのだろうな。腐っても魔神あんだから出来ても不思議な事じゃないさ」
「どういうこと?」
「普通のアンデッド、例えばデスナイトは瘴気をそのままあの形に留めているだけだ。だがこいつは瘴気を別の物質に変化させ肉体を構成できると言う事なんだろうな」
アレンの返答にレミアが困惑したような声を上げる。
「そ、そんなのどうやって斃せば良いの?」
レミアの言葉は全員の不安を言語化したものに他ならない。アレンの言葉が正しければフェルネルの首を刎ねても、体を斬りつけても再び再生させれば良いのだ。その事に思い至った全員の不安であったが、アレン自身はまったく動じていない。
「何言ってるんだレミア、斃し方なんて決まっているじゃないか」
アレンの言葉にレミアはまさかと言う表情を浮かべる。そしてそれは他の仲間達も浮かべていった。
「アンデッドの斃し方は核を破壊すれば良い。たとえそれが魔神のアンデッドであろうとその基本原則は変わらないだろ」
「あ、そうか……」
「言われてみればそうですね」
「戦闘力が桁違いに強いから勘違いしていたけどアンデッドであるならそうよね」
「さすがはアレン様です!!」
アレンの言葉にすぐさま反応したのはやはりアレンの婚約者達である。アレンの言葉に婚約者達がすぐさま同意した事で他の仲間達の心にもやるべき事が見えてきたのだ。
「さて、みんな奴は首を刎ね飛ばしても死なないから油断しない事」
「なんだかゴキブリみたいね」
「ああ、確かゴキブリって首が落ちても死なないのよね」
アレンの言葉にフィアーネがゴキブリの話をするとレミアが補足説明を行う。その説明はどうやら女性陣には不評だったようでフィアーネとレミアに非難の目が向けられた。その視線を受けて二人はバツが悪そうな表情を浮かべた。
「それじゃあ、ゴールが見えた所でもうひとがんばりするとするか」
アレンの言葉に全員が頷く。もちろんフェルネルの核を破壊するというのは間違いなく偉業、奇跡に分類される出来事だろう。だが彼らはそれが可能である事を理屈ではなく肌で感じていた。
(墓守はやはりこいつらの精神的支柱だな……単なる強さだけで頼られているのではない。もっと根源的なもので信頼されている)
フェルネルはアレンを睨みつけると戦闘態勢をとる。何度も状況が悪化しかけてもその度にアレンが言葉を発し、その度にアレン達一行は落ち着きを取り戻すのだ。
(やつを殺さないかぎりこいつらは何度でも甦る)
フェルネルはそう判断するとアレンにむけ凄まじい殺気を向けると地を蹴りアレンに襲いかかる。瘴気を形成して作った剣を振るいアレンの首を狙う。
ギィィィィィン!!
フェルネルの斬撃をアレンが受け止めるとそのまま形を変えた翼をアレンにぶつけてくる。その翼を防いだのは仲間達である。全員がアレンとフェルネルとの戦いを援護することを決断するとそのまま六枚の翼を引き受けるために全員が動く。
倒れ込んでいたウォルター、ヴォルグ、エヴァンゼリンも治癒を終えアレンの援護にすでに入っている状況だ。
「クソ虫共がぁ!!邪魔するなぁぁぁぁぁ!!」
フェルネルは六枚の翼を振り回しアレンの援護に入る仲間達を振り払おうとするが、フェルネルの翼を持ってしても中々討ち取る事は出来ない。
ギギィィィィ!!
刃の翼を受け止める事に成功したリュークの後ろから氷の翼が襲いかかる。
「リューク!!」
ヴィアンカが背後から襲いかかる氷の翼を見てリュークの名を叫ぶ。リュークは振り返り氷の翼の一撃を何とか躱す事に成功するがフェルネルの翼はフェルネル自身とは違う意識で動いているようでリュークに風を纏った翼が襲いかかった。リュークはまたもその一撃を躱す事に成功するが風の翼の風力は凄まじいものでありその余波でリュークの左腕がズタズタに斬り裂かれた。
「リューク!!」
ヴィアンカの悲痛な声にリュークは声を発する。
「大丈夫だ。この程度問題無い」
リュークの傷は決して軽いものでは無いのだがそれでも些かも動きが衰えないのは流石は勇者と言ったところだろう。
ドゴォォォォ!!
「くぅ……」
リリアのミスリル製の盾でフェルネルの鉄柱と課した翼の一撃を受けるがその威力は凄まじくたった一撃で盾はひしゃげるとそのままリリアを吹き飛ばした。エヴァンゼリンとベシーはすぐさま地面を転がったリリアの援護に入る。
「アレン様……」
アディラが小さく呟くとアレンとフェルネルの戦いを見る。アレンとフェルネルは激しい剣戟を展開しておりお互いにまったく引くことなく技を繰り出している。フィアーネ、レミア、フィリシアはアレンに攻撃を加えようとする翼を防ぎながらアレンがフェルネルの核を斬り裂くのを信じて待っている。
(せめて……この翼を斬ることが出来れば……)
リュークは心の中で力の及ばない自分に苛立ちを覚え始めている。何度斬りつけてもフェルネルの翼を斬り落とす事がリュークには出来なかったのだ。その時、一本の翼がヴィアンカに迫るのをリュークは察する。角度といい、威力といい、速度といい、全てがヴィアンカの命を奪うのに確実な一撃である事をリュークは悟る。
(ヴィアンカ……)
その時リュークは聖剣グランギアに自分のすべての魔力を込めるとヴィアンカに向かう翼の元へ走り出していた。そしてヴィアンカが自分にせまる翼が躱せないことを察し覚悟を決めた表情を浮かべた瞬間にリュークは吠える。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
リュークは聖剣グランギアを翼に振り下ろした。その翼は氷の翼であったのだがリュークの斬撃はその氷の翼を上回ったのだ。
キィィィィィイインッ!!
リュークの一太刀がフェルネルの氷の翼を断ち切ると断ち切られた氷の翼は明後日の方向に飛んでいき地面に落ちた。
「や、やった……」
リュークは安堵の言葉を発するが、すでに魔力を使い果たした事に気付いた。
「人間如きがバカな!!」
リュークがフェルネルの翼を断ち切った事に動揺したのはフェルネルである。この翼を変化させての攻撃はフェルネルにとって切り札だったのだろう。その切り札の一角がリュークによって断たれた事に動揺するのも不思議ではない。
その一瞬の動揺を見逃すような者はここには一人もいない。後衛組であるアナスタシア、ロフ、ラウラが一斉にフェルネルに向かって魔術を放った。放たれた魔術は魔矢であり本来ならば歯牙にもかけないようなものだ。だが、リュークの攻撃がフェルネルに少なからずショックを与えていたのだ。
放たれた数十本の魔矢にさらに一瞬フェルネルは意識を向ける。この段階で二手フェルネルは意識をアレン達から外したのだ。そして、フィアーネ、レミア、フィリシアがそれぞれの翼へ向け襲いかかる。フィアーネは鉄柱と化した翼、レミアは竜巻と化した翼、フィリシアは炎と化した翼だ。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
フィアーネは拳に魔力を込めると渾身の力を込めて殴りつける。フィアーネの拳が鉄柱と化した翼に叩きつけられると翼はフィアーネの拳の一撃に耐える事は出来ずに見事に折れ飛んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
レミアは竜巻を纏う翼に一本の剣に魔力を込めると竜巻を堰きとめ翼の本体が見えた瞬間、もう一方の剣を振り下ろした。レミアの双剣は竜巻を纏う翼を斬り落とすと斬り落とされた部分は宙を舞い纏っていた風を撒き散らしながら地面に落下した。
「ふぅ……はぁ!!」
フィリシアは息を吸い込み集中するとそのまま一気に魔剣セティスを振り下ろした。凄まじい劫火であったがフィリシアの剣速は炎が魔剣セティスを灼くよりも速く翼を斬り落とした。
「ば、バカな!! こ、こんな事が……」
ほぼ同時に三本の翼を失った事にフェルネルはさらに衝撃を受ける。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
フェルネルは吠える。しかしその声には猛々しさはすでにない。それは敗北を先延ばしにするための恐怖の叫びであるようにアレンには思われた。
アレンはフェルネルに斬りかかる。だが残った翼が背後からアレンに向かっていた。だがアレンはその気配を当然気付いておきながらそのまま突っ込んでいく。残る二本の翼に向かって動く影“達”があった。雷の翼にはフィアーネ、レミア、フィリシアが向かい、もう一本の剣の翼にはジェスベル達、暁の女神、近衛騎士達が向かっていた。
アレンが背後から迫る翼に対して対処せずそのままフェルネルに向かって行ったのは仲間達が動くと信じていたからだった。
フェルネルは背後からの翼にアレンが対処すると考えていたため、そのまま斬りかかってきたアレンに完全に虚を衝かれた形となったのだ。しかも、アレンの斬撃を躱せないもう一手がすぐにフェルネルを襲った。フェルネルの右目を一本の矢が射貫いたのだ。しかもアレンが横に僅かに動いた次の瞬間に矢が現れたのだ。
これはアディラがアレンの首筋に殺気を放ち、次の瞬間に放ったものだった。僅かでもタイミングがズレれば矢はアレンの延髄を射貫いた事だろう。だがアディラは躊躇うことなく矢を放ったのだ。アディラはここまで殺気を放ってアレンが避けないはずはないという信頼が躊躇わずに矢を射させたのである。
アレンは顔を綻ばせそのまま斬撃を放った。
ザシュ……
アレンの斬撃が右肩から入り、そのまま左脇へと抜ける。左脇を抜けた斬撃を放ったアレンの体勢はそのまま突きの予備動作であった。アレンはそのまま魔剣ヴェルシスに魔力を込めて強化するとフェルネルの心臓の位置に突きを放つ。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁっぁぁぁあぁ!!」
フェルネルの口から凄まじい絶叫がほとばしった。
(どうやら当たりのようだな……)
アレンはこのフェルネルの絶叫が演技ではなく本当の絶叫である事を察していた。心臓の位置にフェルネルの核があるというアレンの考えは正解だったのだ。フェルネルの手から剣が落ちる。同時にフェルネルの翼からも力が失われる。
「な……なぜ神である俺が……人間……ごと……き…に」
フェルネルは呆然と呟く。その言葉を聞いてアレンは憐れむような視線を向ける。
「簡単な事だ。俺“達”の方がお前よりも強かっただけだ」
「な……」
「戦いというのはそれが全てだろ?」
アレンの言葉にフェルネルは力なく笑う。そして膝から崩れ落ち地に伏した。
「そ……そうだな……お前達の方が強かった……だけだな」
フェルネルは妙に納得したような表情を浮かべるとそのまま動かなくなった。
魔神フェルネルは再び人間によって敗れたのだった。




