決戦⑪
フェルネルの背後に転移したレミアはそのままフェルネルに斬りかかった。レミアの斬撃はまさに舞と読んで差し支えないほど優美なものだ。だがその斬撃の危険度は優美さの対極にあるのは間違いない。
キキキキキキキン!!
凄まじい速度で放たれたレミアの斬撃をフェルネルは全て受け止める事に成功するとそのまま前蹴りを放った。フェルネルの前蹴りは凄まじい速度でレミアの腹部に放たれるがレミアはその前蹴りを体を横にして交わすと同時に斬りつける。
「な……」
しかし次の瞬間にはレミアの驚きの声が発せられる。完璧なタイミングで放たれたフェルネルの蹴り足への斬撃は空を斬ったのだ。放たれた蹴り足をフェルネルは即座に戻しレミアの斬撃を躱したのだ。
そして今度はフェルネルが斬撃を繰り出したレミアの右腕を斬り落とそうと斬撃を放つ。
キィン!!
レミアはもう一本の剣でフェルネルの斬撃を受け流すとそのまま回転しフェルネルへ斬撃を放つがフェルネルはレミアの上腕部を止めるとそのまま斬撃を止める事に成功する。
(まずい!!)
レミアはフェルネルが自分の上腕部を握りつぶすつもりである事を瞬間的に悟るとすぐさま転移魔術を展開し難を逃れる。レミアが転移した場所はフェルネルから三歩の距離である。フェルネルの間合いと呼んで差し支えないような場所であるが、すでにアレン達がフェルネルの場所に到着しており追撃を諦めざるを得なかったのだ。
「お前がフェルネル本体というわけか?」
アレンの問いかけにフェルネルはニヤリと嗤う。
「ふ……今までお前達が戦っていたのは俺が操っていた分身体に過ぎん。分身体に一喜一憂するお前達を見ているのは正直滑稽で楽しかったぞ」
フェルネルの言葉にアレンは表情を一切変えない。それどころかいかにも知ってましたと言わんばかりの態度で逆にフェルネルに疑問を投げ掛ける。
「まぁ驚くような事じゃないよな。それで本体が出てきたと言う事は俺達に勝つ算段がついたというわけか?」
アレンの言葉にフェルネルは面白くなさそうな表情を浮かべる。フェルネルは今までの戦いがまったく無駄であったという事を演出することでアレン達の士気を下げようと考えていたのだが、アレンの言葉、調子によって一度下がりかけた士気は再び上がったのだ。これは逆に言えばアレンへの信頼が勝ったと言う事なのだがそれがフェルネルにとって不快なものである事には変わりはないのだ。
「お前ってやっぱりアホだな」
続くアレンの呆れた様な声にフェルネルは訝しがる。フェルネルのその様子を観察しつつアレンはさらに続ける。
「お前は出てくるべきじゃなかったんだよ。もしくは結界内に出るのではなく結界外にでるべきだったんだ。そうすればこの国営墓地を逃げだしてお前はとりあえず生き延びることが出来たんだからな」
「貴様の言葉をそのまま解釈すると俺に勝てると言ってるように聞こえるが?」
「お前のようなアホでもそれぐらいの解釈が出来る能力があって良かったよ。説明する手間が省ける」
「ふ……ならやってみろ」
アレンの挑発にフェルネルは激高するような事はしない。どうやら先程までの分身体が激高していたのは演技であったようだ。
(ま、こいつが本体であるという保証はどこにも無いわけだよな……)
アレンはそう考えると瘴気を自らの身に纏い始める。それがアレンの切り札の一つである【闇曳】であることをフィアーネ達は察する。同時に本当に死力を尽くして戦うときが来た事をアレンの雰囲気から察したのだ。
もちろんアレン達は今まで油断して戦っていたわけではない。ここで言う死力とは敵の攻撃をギリギリ避けるのではなく致命傷を負わないレベルで避けるという覚悟で戦いに臨むという事を意味しているのだ。
アレンの雰囲気の変化を感じ取ったのは仲間達のみではなくフェルネル自身も感じたのだろう。
「そうか、ではあいつらはもはや不要だな」
フェルネルはそう言うと自らが発生させていたアンデッド、仮面達を消滅させる。いや正確に言えば吸収したと言った方が的確だろう。ボロボロと崩れていくアンデッドや仮面達から発生した瘴気がフェルネルに向かっていきそのままフェルネルの体に吸収されたのだ。
「いくぞ……」
フェルネルはそう言うとアレンとの間合いを一瞬で潰すとそのまま斬撃を放った。狙った箇所はアレンの喉笛、並の剣士ならば気付くことなく喉を斬り裂かれる事になったのだろうが、当然アレンは並の剣士ではない。
アレンはフェルネルの斬撃を膝を抜くことで身を屈め、そのまま足に向けて斬撃を放った。カウンターで放たれた斬撃をフェルネルは咄嗟に足を引き見事に躱した。
アレンとフェルネルの凄まじい斬撃の応酬が始まると思われた刹那、フィアーネ、フィリシア、レミアもフェルネルに襲いかかる。そしてそれからリューク、ジェスベルも同様だった。
フィアーネは左手に“微塵”を手にしてフェルネルに襲いかかっていた。フィアーネは微塵を回転させフェルネルの顔面を狙うがフェルネルは余裕の表情でフィアーネの微塵を後ろに跳ぶことで回避する。
後ろに跳んだフェルネルをレミアとフィリシアが追撃する。フィリシアは魔剣セティスに“呪力”を流し込んだ。フィリシアは魔剣セティスを調伏するために呪術を習得しており、魔力を呪力に変換させて魔剣セティスに流し込んだのだ。セティスに流し込まれた呪力は斬られた相手に様々な悪影響を及ぼすのだ。
フィリシアの斬撃が放たれそれをフェルネルが受け止め用とした瞬間に魔剣セティス②流し込まれた呪力が怨霊の姿となりフェルネルの剣を掴んだ。
「なんだと?」
フェルネルもさすがにこの展開は読めなかったのか驚きの声を上げる。フィリシアはさらに呪力を強化しフェルネルの剣の拘束を強めると同時に魔剣セティスの力を解放しフェルネルに恐怖の感情を湧き上がらせようとした。
(まぁ、効果があるとは思えないけどこれで意識を向けてくれれば……)
フィリシアは心の中でそう考える。元々魔剣セティスの力がフェルネルに通じるはずはないという事はフィリシアもわかってる。にもかかわらず展開したのは“効果が無い”とフェルネルに理解させることでフィリシアに嘲りの感情、意識を向けさせるのが目的であった。そうすれば他の仲間への手助けになると思っての行動であったのだ。
「ふ……その魔剣は精神に作用する能力らしいがそんなものが俺に通用すると思っていると思うのが人間の浅はかさよ」
フェルネルはフィリシアの予想通りフィリシアへ嘲りの意識を向けた。そこにレミアがフェルネルに斬りかかったのだ。フィリシアの作り出した怨霊による剣の拘束、そして嘲りの意識をフィリシアに向けたことでレミアの斬撃に対処するのが一瞬後れてしまったのだ。
そしてレミアの実力から考えればその一瞬は非常に大きかった。レミアは再び顔面に斬撃を放ち仰け反らせた次の瞬間に腹部に向け斬撃を放つ。完璧なタイミングであったがフェルネルは驚異的な身体能力を発揮するとレミアの斬撃を躱す事に成功する。だがレミアの攻撃はこれだけではない。レミアは口に含んでいた鉄球をフェルネルに向け吹き出した。鉄球は凄まじい速度で右目に直撃する。フェルネルは眼に鉄球が直撃した瞬間に顔を仰け反らせた。
(ち……やってくれる。眼の再生には三十秒という所か……)
フェルネルはレミアの鉄球により眼が回復するまでのおおよその時間を考える。その時間は片目で戦わなければならないのだ。フェルネルは拘束されていた剣を手放すと再び瘴気で剣を形成する。
リューク、ジェスベルがそこに斬り込んでくる。リュークとジェスベルの剣がフェルネルに放たれる。フェルネルは剣術を駆使して二人の剣を受け、逸らすがすぐにアレン、レミア、フィリシアも斬りかかる。
アレン達五人はフェルネルを責め立てるがフェルネルは剣術、体術を駆使して何とか崩れないようにしているがそれも中々厳しい状況である。流れを完全にアレン達に掴まれておりこのままでは斬り刻まれるしかない。しかもまだフィアーネ、アディラという予備戦力がまだ控えているのだ。メリッサ、エレナ、ユイメがそれぞれ先程の攻防で負傷したウォルター達に治癒魔術を施しているのを守るために念の為にフィアーネとアディラは現段階で攻撃を差し控えていたのだ。
アレンがフェルネルに連続して斬撃を繰り出す。アレンのレンゲ機は少しも途切れることなくフェルネルに放たれた。フェルネルはその連撃を手にした剣で受け流しているが少しずつアレンの斬撃がフェルネルの体を斬り刻み始める。
「ぐぅ……」
フェルネルの口から苦痛の声が漏れ始める。その苦痛の声を聞いた者達はフェルネルが苦痛を受けていると考えたがアレンは違和感を感じていた。
(やはり……ヴェルシスで斬りつけても生命力を吸収しないな……)
アレンのその疑問に答えるように魔剣ヴェルシスがアレンの頭に直接語りかけてきた。
【主様、この相手からは生命力を吸収する事はできません】
(お前の力を無効化していると言う事か?)
【その可能性もございますが、そもそもこいつは“生きてはいない”可能性が……】
(やはりそうか……だがこいつは本体である事は間違いない……こいつの中から凄まじい量の瘴気が溢れ出しているのは事実だ)
【御意……】
(まぁ良い……このまま押し切るか)
アレンはヴェルシスからの情報からある仮説を立てる。それが正しいかどうかは結局の所このフェルネルを斬り伏せるしかないのだ。
ズバァァァ!!
ついにアレンの剣がフェルネルの右太股を斬り裂くとガクリとフェルネルが膝を落とした。トドメを刺そうと斬撃を放とうとしたその時、レミアとフィリシアが同時に叫ぶ。
「「危ない!!」」
アレンは二人の声を聞くと同時に後ろに跳びつつそのまま斬撃を繰り出したがもちろん間合いから離れていたためにその斬撃は当たることはなかった。アレンが【闇曳】を展開していたことで瘴気に体を引っ張ってもらったため斬撃を繰り出しながらも後ろに跳ぶことが出来たのだ。
そしてアレンが一瞬前までいた空間を何かが通り過ぎた。それはフェルネルの背中の位置から生えている六枚の翼であった。いや。もはや翼と呼んで良いか疑問が残る形状である。一枚一枚の翼だったものはすでに数十本もの剣が形作られた翼、竜巻を纏った風の翼、氷の刃が無数に集まった翼、炎を纏った翼、雷を纏った翼、高質化し凄まじい鈍器と化した翼という多彩なものだ。
「みんな聞いてくれ……このフェルネルは確かに本体だ。だが生きてはいない可能性が高い」
アレンの言葉に全員の動きが止まる。すぐさまフィアーネがアレンの言葉に対して疑問を呈する。フェルネルも眼を細めてアレンを見ている。
「で、でもこいつ血が出てたし、レミアの潰した眼も再生しているわよ。それで生きていないなんて……」
フィアーネの言葉を受けてアレンは首を横に振り確信したような表情を浮かべるとゆっくりと口を開き言う。
「こいつはアンデッドだ」




