決戦⑩
ちょっと今回は長いですがご了承ください。
「ふっふふ~♪ あっさりとかかってくれちゃって」
凍り付いたフェルネルを見てフィアーネが腰に手を当てて仁王立ちしている。鬱陶しいほどのドヤ顔を見せている。
「すごいな。あのフェルネルが凍らせるなんて」
アレンの言葉にフィアーネはさらに鼻高々だ。なんだかんだ言ってアレンに褒められるのは嬉しくて仕方がないのだろう。
「私の命名はやっぱり間違ってなかったわね。私の雪姫というネーミングセンスの絶妙さはすごいでしょう!?」
「あんた、この状況でよくそこまで鼻高々になれるわね。それに偉いのはあんたじゃなくフィアーネちゃんでしょ」
“暁の女神”の魔術師であるアナスタシアの言葉にすかさずリーダーのリリアがツッコミを入れる。リリアはフェルネルが死んでいない事を理解している。そしてそれは当然ながらアレン達も同様である。
「う~ん……死んでないわね」
フィアーネは少しだけ残念そうな声で現状を表す言葉を口にする。フィアーネの言葉にフィリシアがすかさず返答する。
「でも、おかげで奴の正体に一歩近付くわよ。凍らせたのはそのためでしょう?」
フィリシアの言葉にフィアーネは嬉しそうに微笑む。
「その通りよ♪ 斬っても殴ってもダメージを受けた様子はないのだから違った方向からアプローチしてみたのよ。ねぇアレンあなたの婚約者は力業だけの女じゃ無いのよ♪」
フィアーネの言葉にアレンは苦笑を浮かべながら返答する。
「はいはい、偉い偉い」
「む~何だか心がこもってない」
「実際、それどころじゃ無いからな。心がこもってないのは仕方の無い事さ」
「むき~!!」
アレンは肩をすくめながらフィアーネに応対する。フィアーネも頬を膨らませるが気分を害したわけではなくじゃれているだけなのは明らかだ。
「ま、冗談はこの辺ということで……どんな変化を見せるかな?」
アレンはそう言うと全員が凍ったままのフェルネルに視線を移す。もちろんこの間もアンデッドや仮面達は襲いかかってきておりアレン達は戦闘を行いつつ変化を見ているところだった。
ビシィ!! ピシピシピシィ!!
すると凍ったフェルネルの体がひび割れ始める。フェルネルは氷漬けになっているわけではないので氷にヒビが入っているのではなくフェルネルの体自身にヒビが入っているのだ。
(中から何か出てくるという流れだな)
アレンはそう考えた時に凍り付いたフェルネルの体は砕け散り中から一体の魔物が姿を現す。その魔物の姿は奇妙なものだった。頭髪はなく、眼は二つあるが非常に大きく灰色一色で虹彩はない。口は小さく顎も同様に貧弱であった。その一方で腕は四本あり、そのうちの二本は顔に似合った貧弱なものなのに残りの二本は貧弱な方に比べて二倍以上の長さ、太さに至っては四~五倍はありそうなほど筋骨逞しい。下半身はムカデのような巨大な虫であり何百本もの足がうごめいており生理的嫌悪を巻き起こさせてくれる。
「うわぁ……」
レミアがうんざりとした表情を受けべて嫌悪感がふんだんに盛り込まれた声を漏らした。レミアの嫌悪感に同調するように女性陣達から嫌悪感に満ちた声が漏れる。絶大な戦闘力を有している仲間達であっても、生理的嫌悪感というものは理屈ではないのだ。
『さぁ……再開だ』
フェルネルの声は外見同様に奇妙な響きを持ってアレン達の耳を叩く。フェルネルの貧弱な腕を胸の前に掲げると魔力を展開すると即座に爆発させた。爆発した魔力はフィアーネの魂の牢獄を一気に破壊した。
「カルスは俺と一緒に前面へドロシーとロフは俺達を援護してくれ」
「了解!!」
「わかったわ」
「任せてください」
ジェスベルの指示にメンバー達は即座に答える。もちろんアレン達への支援を行うことを目的に動くつもりなのだ。ジェスベル、カルスは剣に魔力を流し込み強化するとフェルネルに向かって走り出す。同時にリュークも聖剣グランギアを構えフェルネルに斬りかかった。
「アレン、私達も!!」
「もちろんだ」
レミアの言葉にアレンは即座に返答する。アレン、フィアーネ、レミア、フィリシアの順番でフェルネルに襲いかかる。
パシュン!!
そこにアディラが矢を放ち始める。瘴気で作った矢、鏃に【爆発】を込めた矢など様々な緩急を加えてフェルネルに放った。
アディラの矢はアレン達を追い抜きフェルネルに突き刺さる。だがフェルネルは何の抵抗もなくその矢を受ける。矢が突き刺さったフェルネルは虹彩のない眼をアディラに向けるとニヤァと不気味に嗤った。
「効果はなし……ね」
アディラが小さく呟く。しかしその声に少しの絶望はない。むしろどのような攻撃が効果があるのか確かめているようであった。
ジェスベルとカルス、リュークがフェルネルに斬りかかる。三人は三手に分かれるとそのままフェルネルに襲いかかったのだ。初めての連携とは思えぬほど三人の呼吸は合っておりこれだけで三人の実力の高さが見て取れるというものだ。フェルネルは剛腕の二本を振るい三人を迎撃する。
ドゴォォォォォ!!
剛腕の一本が放たれた瞬間にジェスベルは横に跳ぶ。だがフェルネルの剛腕の一撃は地面に激突すると地面を吹き飛ばしたのだ。その威力は凄まじくもし直撃していればジェスベルは肉片と化していたのは間違いない。
しかし、フェルネルの攻撃はまだ終わりではない。振り下ろした剛腕から新たな腕がワラワラと現れたのだ。新たな腕はそこからジェスベルに向かって打撃を放つ。
「ぐはぁ!!」
いかにジェスベルといえども同時に放たれた数十本の拳を躱しきる事は出来ない。顔面、肩、腹に打撃を受けたジェスベルはそのまま吹き飛ばされる。そしてもう一本の剛腕もリューク、カルスに放たれ、それを躱したリュークとカルスもジェスベル同様に吹き飛ばされる。
(あの新たな腕の打撃力ははっきり言って大したものじゃない……)
剛腕の方は凄まじい威力であるのは間違いないがごうわんから生えた新たな腕の打撃力は実際のところ大したものではない。アレンがそう考えた理由は今吹き飛ばされた仲間達の戦闘力が失われていないからだ。
フェルネルは細腕の方をアレンに向けるとそのまま魔力の塊を線にして放った。アレンは即座に闇姫を四体作成すると自分の前面に展開し防御陣を形成させた。
キキキキキキキキッ!!
放たれた魔力の線が闇姫の展開した防御陣に当たって砕け散るとその間隙を縫ってアレンがフェルネルに斬り込む。フェルネルは剛腕を振るいアレンに叩きつけるがアレンはその剛腕を躱すと同時に斬撃を放ちフェルネルの剛腕部分を一太刀で断ち切った。
『ギィィヤァァァァ!!』
剛腕部分を断ち切られたフェルネルが苦痛の声を上げる。
(……何かおかしい……こいつが腕を斬り落とされたからと言って苦痛の声を上げるか?)
アレンはフェルネルの苦痛の声に芝居の可能性を持った。そこにフィアーネ、レミア、フィリシアがフェルネルに襲いかかる。そして体勢を立て直したリューク、ジェスベル、カルスも襲いかかったのだ。
フィアーネの魔力を込めた右拳がフェルネルの頭部に放たれるとフィアーネの拳はそのままフェルネルの頭部にめり込んでいく。レミアの双剣が体の部分の細腕と胸を同時に斬り裂き、フィリシアの剣が心臓に突き刺さり、リュークが右肩から垂直に斬り裂いた。ジェスベルとカルスは下半身のムカデに似た部分に剣を突き立てる。
『がぁぁっぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁっぁ!!』
フェルネルの叫び声が響き渡る。その叫び声は奇妙に音程が乱高下しておりフェルネルの苦痛が凄まじいものである事を知らしめている。
アレンはフェルネルの断末魔の声を聞きながら先程感じた疑念をどうしても消すことは出来なかった。
(あいつは……アディラを見てニヤリと嗤った……要所要所で攻撃を繰り出すアディラが邪魔なはず……まさか!!)
アレンはアディラの方向を振り返るとアディラの後ろの地面から何者かが飛び出してくるのが目に入る。
「アディラ!!」
瞬間アレンは叫ぶ!!地面から飛び出してきた男の手には長剣が握られている。すでに斬撃を放つ体勢になっているのがアレンにはわかった。アディラはアレンの言葉を聞いた瞬間に前に飛び出す。
シュパァァァ!!
「くぅ……」
飛び出したアディラの肩口を男の剣が斬り裂いた。肩を斬り裂かれたアディラの口から苦痛の声から漏れる。
「勘の良いガキだ」
男はアディラの行動に感心したように言う。男の身長は一八〇程度、黒髪に黒眼、黒の革製のズボン、上半身は裸であり、全身に黒い文様が浮かんでいる。アレン達は即座にこの男がフェルネルである事を察する。
「アディラ様!!」
「アディラ様!! く……」
突如背後から襲われた事でアディラの両隣にいたメリッサとエレナの動揺の声が発せられる。彼女たちは何が何でも主であるアディラを守り通すつもりだったのだが、現実にアディラを負傷させてしまったのだ。これはメリッサとエレナにとって痛恨の出来事である。
「はぁぁぁぁ!!」
「でやぁぁぁぁ!!」
メリッサとエレナは剣と杖をそれぞれ構えるとアディラをフェルネルに襲いかかろうとした。
「二人ともその男に手を出してはなりません!! さがりなさい!!」
そこにアディラの制止の声が響く。アディラの命令にメリッサとエレナは命令を守り立ち止まる。
「ほう……主を傷つけられ行動も起こせぬか」
フェルネルはニヤリと嗤いメリッサとエレナを嘲弄する。そこにアディラが肩口を押さえながら立ち上がるとフェルネルに吠える。
「黙りなさい!! その二人は私の命に従ったのです。侮辱は許しません!!」
アディラはキッとフェルネルを睨みつけると言い放つ。そのままメリッサ、エレナを叱咤する。
「あなた達もいつまで呆けているのです。私は死んでいないのですから次にあなた達は何をすべきなの!?」
アディラの言葉にメリッサとエレナはアディラの前面に立つ。その瞬間、アディラは瘴気の弓を即座に形成するとそのまま矢を放った。放たれた矢は今までよりも遥かに速くフェルネルに向かって飛ぶ。
「ふん」
フェルネルは剣を振るってアディラの矢をはたき落とすとアディラに向かって斬り込んでくる。そこにアディラは矢を連射する。先程放った矢の奔流ともいうべき凄まじい連射だ。
「それはもう見たよ」
フェルネルはニヤリと嗤うと凄まじい速度で放たれる連射を躱しはたき落としながらアディラに向けって歩を進める。だがその速度はかなり制限されたのは間違いない。そのためにウォルター達、暁の女神達がアディラとフェルネルの間に割り込む。
「邪魔だ」
フェルネルは近衛騎士達と暁の女神に嘲りの視線を向けると剣を振るう。肩口を斬り裂かれたウォルターとヴォルグが倒れ込んだ。
「ウォルター!! ヴォルグ!!」
ロバートが同僚がやられた事に動揺の声を上げる。フェルネルの振るう剣がロバートにも見えなかったのだ。暁の女神のエヴァンゼリンとリリアがフェルネルに斬りかかる。いや、正確に言えばウォルターとヴォルグがとどめを刺されるのを邪魔するつもりなのだ。フェルネルはニヤリと嗤うとエヴァンゼリンに斬撃を放つ。
キィィィィン!!
防御に徹していたエヴァンゼリンは何とかフェルネルの剣を受ける事に成功するがフェルネルはすぐにエヴァンゼリンの腹部に横蹴りを放つとまともに受けたエヴァンゼリンがそのまま吹き飛ばされる。エヴァンゼリンを吹き飛ばしたフェルネルは次にリリアに向かって剣を振るう。
キィィィン!!
リリアは何とかフェルネルの剣を受け止めることに成功するが、フェルネルはそのまま剣に圧力を掛けてリリアを剣ごと断ち切ろうとする。
「くぅ!!」
その圧力は凄まじいものでありリリアは堪えるのに全力を傾けるしかなかった。だがそう長く持たないのは確実であった。もちろんアレン達は救援に現在向かっているのだがアレン達の足を持ってしてもあと十秒はかかる。その十秒をリリアは持ちこたえる事は出来ないのは確実であった。
しかし……
ここでリリアを救う者が現れる。
「好き放題やってくれちゃって!!」
その瞬間にフェルネルの背後にレミアが転移するとそのまま襲いかかった。




