決戦⑧
アルフィスはイベルに斬りかかる。その動きは不思議な事に今までの戦いにおいて最も洗練されたものであったかも知れない。極限まで研ぎ澄まされた感覚が一切の無駄を排除した動きとなって表れたのかもしれない。
アルフィスはイベルの間合いに一切の躊躇無く踏み込むと胴薙ぎの一閃を放つ。
「く……」
イベルは極限まで研ぎ澄まされたアルフィスの斬撃の鋭さに驚きの表情を浮かべる。いかに深手を負っているとは言っても文様を浮かび上がらせた状態で背筋にゾクリとするほどの斬撃を放てるアルフィスに対し、イベルはこの時恐怖の心が芽生えた。
(この……俺が人間如きに恐怖しているだと? 認められるかそんな事が!!)
イベルは自分の心に芽生えたアルフィスへのいや、人間への恐怖を自覚したがそれを無い事のように必死に眼を背ける。イベルはアルフィスの斬撃を躱すとすぐさま反撃に転じる。すぐに激しい戦いが始まり半瞬でも対処を誤れば死に直結するような技の応酬である。
アルフィスとイベルが剣戟を展開すると同時にカタリナ、シア、アリアが倒れ込むジェド達の元に走り治癒魔術を展開する。
エルヴィンはアルフィスとイベルの戦いを見守りながら両手には魔力で形成したダガーを握りタイミングを待つことにする。エルヴィンがここで助太刀に出なかったのはアルフィスの感覚がかつてないほど研ぎ澄まされておりそこにエルヴィンという不純物が混ざり込むことが感覚が鈍る可能性に思い至ったからである。
(エルヴィン、流石だな。今の俺の状況では助太刀は悪影響と思ったみたいだな)
アルフィスはイベルと激しい剣戟を展開しつつエルヴィンが助太刀に来ないことをそう察する。アルフィスはイベルの動きを先読みしつつ的確な斬撃を放ちイベルを削る。深手を負っているとは言えイベルの戦闘力はアルフィスと互角である。
キィィィィン!!
アルフィスの剣がイベルの剣を弾いた瞬間にアルフィスは懐に飛び込むと近距離で肘をイベルに叩き込む。
「ぐはぁ!!」
アルフィスの肘打ちは踏み込む動作によって生じた力をそのまま叩きつける隙を一切生じさせない一撃でありイベルの肋骨を砕いたのだ。アルフィスの肘の一撃によりイベルは一歩分の距離を飛び着地した瞬間、アルフィスの横蹴りが腹部に入る。数メートルの距離を飛び着地するまで間にアルフィスはさらに追撃を行う為に一歩を踏み出そうとしたときにイベルの剣先が伸びアルフィスの顔面を襲う。
キィキキキキッキ!!
顔面に放たれた鋒をアルフィスは剣で受け流すが、速度と膂力によりアルフィスの頬をザックリと斬り裂いた。アルフィスは怯むこと無くイベルに斬り込むとそのまま腹部に斬撃を放った。
イベルは放たれた斬撃を後ろに跳んで躱し着地すると同時にアルフィスの間合いに飛び込んできて斬撃を放つと再び剣戟を展開する。
(今の所、ほぼ互角の勝負だ。さっきは俺が時間を稼いでもらったからな。次は俺が頑張らないと)
アルフィスはイベルとの剣戟を展開しながらその時を待っていた。その時とは深手を負わされたジュセル、ジェド、レナンが回復する時だ。アルフィスはイベルに勝利するためには独力では出来ない事を察していた。確かに現状は互角に戦えているが互角では勝利はあり得ないのだ。
アルフィスはさらに剣速を速めイベルに斬撃を繰り出していく。イベルもまた剣速を速めアルフィスとの斬撃の応酬は熾烈を極めていく。それから数十合の剣戟が展開された時にイベルの口から信じられないものをみたような声が発せられた。
「ズフィリースが……バカな」
イベルのその声にアルフィスは目も向けずにイベルに斬撃を放つ。イアム達とズフィリースの戦いの決着がついた事を察したのだ。そしてその結果はイベルの態度から見なくてもわかるというものだ。アルフィスはイベルの剣を弾くと後ろに跳ぶ。
「さて最後の攻防と行こうか」
アルフィスの言葉にイベルは憎々しげにアルフィスを睨みつける。
(みんなが動いてくれる事を信じてこちらはやるしか無いな)
アルフィスはそう決断するとイベルの元に斬り込む。その瞬間、アルフィスは時間の流れが急激に遅くなるのを感じた。そして一切の音も消えた。イベルの放つ剣がひどくゆっくりと見える。放たれた斬撃をアルフィスは紙一重で躱すとそのままイベルの首筋に斬撃を放つ。イベルの視線の動きからこの斬撃は躱される事を察したアルフィスはイベルの反撃に備える。
(なんだ? 妙に奴の剣が遅く感じる。いや、奴の剣だけじゃ無く奴の動きそのものが感じられる)
アルフィスはイベルの反撃に放たれた斬撃をスルリと避け再び斬撃を放つ。アルフィスの感覚では非常にゆったりとした斬撃である。極限までアルフィスは集中していたと思っていたのだがさらにもう一段上があったのだ。イベルはその斬撃を躱し損ねてしまった。左肩口から入りそのまま右脇腹へと抜ける。鮮血が舞い散りイベルの表情が驚愕から恐怖に変わるのをアルフィスは感じた。
アルフィスはそのまま体を捻るとそのままとどめの斬撃をイベルに向けて放とうとした。
(まずい!!)
突如、アルフィスはイベルが横薙ぎの斬撃を放とうとする自分の右手首を斬り落とすつもりであることを察する。イベルの上段からの斬撃の軌道上にアルフィスの横薙ぎの斬撃を放つ際の右手首が通るのだ。
アルフィスは自らの横薙ぎの斬撃を放とうとする刹那、左手で刀身を掴んだ。それが斬撃を止める事になり、イベルの斬撃はそのまま空を斬った。逆転の一手を躱されたイベルが驚愕の表情を浮かべた時、アルフィスは左手で掴んだ刀身を離すとそのまま横薙ぎの一閃がイベルの首を斬り裂いた。
バシュ!!
首の半ばまで斬り裂かれたイベルの傷口から鮮血が舞う。しかしイベルの眼がまだ死んでいないことをアルフィスは察する。その瞬間、イベルの剣の鋒が自分に向いてる事に気付いた。
イベルの剣が伸びると一直線にアルフィスの腹部に向かう。
(躱せない……なら!!)
アルフィスはイベルの剣を躱せないことを察すると聖剣アランベイルから手を離す。伸びる剣がアルフィスの腹部にさし込まれた瞬間にアルフィスの時間の感覚が元に戻る。自分の腹部をイベルの剣が刺し貫いた事で凄まじい苦痛がアルフィスを襲うがアルフィスは刺し貫いたイベルの剣を両手で掴んだ。
「みんな!! トドメだ!!」
血を噴き出しながらアルフィスは叫ぶ。その瞬間倒れ込んでいた仲間達が一斉に立ち上がるとそれぞれ武器を構えてイベルに斬り込んでいく。
「ひ……」
イベルの口からついに恐怖の声が漏れ出る。ジェドの魔剣が心臓を貫き、ジュセルのダガーが腹に、カタリナの薙刀が右胸に、レナンとアリアの魔力弾がアルフィスが斬り裂いた首の傷口へ、転移魔術で背後に転移したエルヴィンがダガーを腎臓へ、シアが魔矢を右目にそれぞれの攻撃がイベルを貫く。
イベルの眼から光が消え、体からも力が抜けていく。イベルが死んだ事を確認すると全員がそれぞれの武器を引き抜くとイベルの死体はそのまま崩れ落ちた。
「ぐぅぅ……」
アルフィスは腹を貫いたイベルの剣を自ら引き抜くとそのまま地面に落とす。倒れ込もうとした瞬間にジェドとジュセルがアルフィスを両側から支えた。
「酷い有様だな」
アルフィスは苦痛に顔を歪めながら両側から支えてくれた二人の友人に軽口をたたく。それを受けてジュセルが苦笑しながら言う。
「アルフィス様も酷いですよ」
ジュセルの言葉を受けてアルフィスも苦笑で返した。
「さて、後はアレン達がフェルネルを始末すれば終わりだな」
アルフィスはそう言うとアレン達の戦いに視線を移すのであった。




