決戦⑦
「親父!!」
「エルヴィン!!」
「エルヴィンさん!!」
エルヴィンの腹を貫いた伸びた剣にアルフィス達は叫ぶ。エルヴィンは決して戦いで油断するような事はしない。ということはエルヴィンを貫いた剣の速度はエルヴィンですら躱せないというほどのレベルのものだという事だ。
腹を貫かれたエルヴィンの姿がかき消えるとカタリナ達の元に現れる。転移魔術で逃れたのだ。エルヴィンが危機を脱したのを確認するとアルフィス達は安堵の息を吐き出す。
「シア、カタリナ、エルヴィンの傷は深い。治癒魔術を」
「「はい!!」」
アルフィスの指示を受けてカタリナとシアがエルヴィンに治癒魔術を施し始める。レナンとアリアは治癒魔術をかけるシアとカタリナを庇うように前に出る。
ドゴォォォォォ!!
そこにエルヴィンの術を破ったイベルが姿を見せる。エルヴィンの術の八極天炉によりダメージを負っているようだ。もちろん重傷であるとは言い難いが人間如きに傷つけられたと言う事はイベルにとって耐えがたい屈辱なのだろう。その表情には先程までの余裕では無く憤怒の表情を浮かべている。
「貴様ら……神である俺をここまで虚仮にした事を後悔させてやる」
イベルは凄まじい殺気を放ち始める。その威圧感は先程の比ではない。
イベルが殺気を強めた瞬間にジェドとジュセルがイベルに襲いかかった。
(俺の役割はイベルの撹乱だ)
ジェドは自分の実力ではイベルに及ばないことを察している。だがそれでもこの戦いで役に立つことが出来る事があると考えて行動している。ジェドのような存在がチームにとってどれほど有り難い存在かどうかは言うまでもないだろう。アルフィス達はその事を当然ながら理解している。
(ジェドとジュセルに時間を稼いでもらうしかない……頼むぞ)
アルフィスはそう決断すると魔術を展開し始める。これから放つ魔術は正直なところアルフィスであっても成功するかどうかわからないものだ。複雑な術式であり成功率は五割という魔術だ。アルフィスは魔神討伐のために準備してきたとっておきである。
アルフィスが魔術を展開し始めた事に対してレナンとアリアがイベルと戦う二人の助太刀に動こうとした時に、レナンがアリアを制止する。
「アリア、シアを守って……あいつは俺が……いく」
「レナン……」
「大丈夫、ジェドがいるから……」
「……うん」
レナンの言葉にアリアは小さく頷く。アリアはレナンが自分を安心させようとしての言葉である事を当然察しているが、その事を指摘したりはしない。指摘することはレナンの心遣いを無駄にする行為でしかないのだ。
レナンは両手に魔力を集中するとジェド達とイベルの戦いの場へ迷い無く踏み込んでいく。レナンは走りながら魔矢を放つ。
「死にに来たかクズが!!」
イベルはレナンの参戦を見て嘲りの声をあげる。レナンの体捌き、速力は今戦っているジェドとジュセルに及ばないことを見抜いての行動であった。レナンの放った魔矢をイベルは避けることもせずに一瞬のうちに形成した防御陣で弾き飛ばした。
ジェドとジュセルはイベルに果敢に攻撃を仕掛けるがイベルには二人の斬撃をいなすとそれぞれ斬撃を放つ。イベルの剣がジェドの脇腹を斬り裂き、同時に反対側の位置に立つジュセルの両太股を斬り裂いた。
「ぐ……」
「つぅ……」
幸い身をよじっていたため致命傷には至らなかったがそれは紙一重の差であり深手である事には違いなかった。
「ジェド!!」
そこにレナンが叫びながらイベルに殴りかかる。イベルの斬撃がレナンの首に放たれるとレナンはふっとしゃがんで躱した。その瞬間にイベルが前蹴りを放つとレナンは両手を交叉させて防ぐがイベルの前蹴りの威力を吸収する事は出来ずにそのまま吹き飛んでしまう。
ジェドは脇腹を斬り裂かれた痛みを堪えつつイベルに向かって斬撃を放つがジェドの剣がイベルに届くよりも早くイベルの剣が伸びジェドの肩を貫いた。
「ぐ……がぁ!!」
イベルはすぐに剣の長さを元に戻すとジェドに回し蹴りを放った。ジェドは左側頭部に放たれた回し蹴りを左腕を上げガードするが、イベルの回し蹴りを受けた腕の骨が砕け、そのまま飛ばされ地面を転がった。
「ジェドさん!!」
ジュセルはイベルに斬りかかりダガーを振るったがすでにその場にはいない。イベルはすれ違い様にジュセルの脇腹を斬り裂くとそのまま横蹴りを放った。ジュセルはダガーを手放すと両腕を交叉しイベルの横蹴りを受け止めようとするが凄まじい威力にそのまま後ろにはね飛ばされた。腕がぐしゃりと潰れる感触をジュセルは感じたが、ジュセルは肩口から落ちるとそこを支点にぐるりと転がり地面に転がった。
(三人ともよくやってくれた……)
アルフィスは心の中でそう呟くと展開していた魔術が完成する。三人が時間を稼いでくれたおかげで準備を終わらせることが出来たのだ。
「魂の牢獄」
アルフィスが魔術の魂の牢獄を起動する。イベルの周囲に九本の柱が顕現するとイベルはその柱から自分が閉じ込められた事に気付く。だがそこには一切の恐怖は無かった。
「魂の牢獄だと? 人間ごときのつくったこの程度の術などで俺を閉じ込めることが出来るわけ無かろう!!」
イベルはむしろ魂の牢獄ごときで自分を閉じ込めたつもりになっているアルフィスを嘲弄していた。確かにイベル程の力があれば魂の牢獄を破るのは容易な事なのだ。もちろんアルフィスの目的は魂の牢獄でイベルを閉じ込める事が目的では無い。アルフィスの目的はこれから放つ魔術の凄まじい威力の余波に仲間達を巻き込むことを避ける事だ。
アルフィスがこれから放つのは【五帝凶滅】という術だ。正確に言えばこれは一つの術では無い。五つの術を連結した魔術の連撃というべきものだ。魔術の連射は高等技術だ。熟練の魔術師であれば五つ連射するのも可能だ。だが大抵は魔矢のような初級の魔術である。しかし、これからアルフィスが放つ五つの魔術は桁違いの威力のものである【炎帝の裁き】、【雷帝天蓋】、【風帝激甚】、【氷帝絶禍】そして【魔帝天絶】である。ちなみにそれぞれの魔術の名前はローエンシア王国の神の名である。神の名を冠したこれらの術は一つ放つだけで王都が吹き飛ぶほどのとんでもない破壊力である。アルフィスはこの五つの魔術をイベルという個体にすべて叩きつけるつもりだった。
イベルの嘲弄を無視してアルフィスは雷帝天蓋を魂の牢獄に放った。放たれた雷帝天蓋は魂の牢獄の結界内に入った瞬間に炸裂する。
ドゴォォォォォォォォォォォォオォォォォ!! ビシィィィィィィィィィ!!
炸裂した雷帝天蓋は数億ボルトの雷撃となってイベルに直撃する。
「がはぁぁぁぁぁぁぁ!!」
イベルの叫び声が発せられるが雷帝天蓋の電撃が発する轟音がそれをかき消す。アルフィスは続けて風帝激甚を放つ。魂の牢獄内で風帝激甚が起動すると次は凄まじい暴風が結界内に吹き荒れる。
暴風は刃となりイベルを斬りつけていく。そして風の刃で斬りつけるのみならずありとあらゆる方向から吹き荒れる暴風にイベルは翻弄される。
(あと……三発……何とか持ってくれよ)
アルフィスは心の中で呟くと三発目の氷帝絶禍を放った。結界内で起動した氷帝絶禍は極低温の世界を結界内に作り出した。暴風により翻弄されたイベルが倒れ込んだ所に氷帝絶禍の凍気が襲いかかり立ち上がろうとしたイベルを凍らせる。
イベルが凍った所にアルフィスは炎帝の裁きを放った。牢獄内に灼熱の太陽が発生しすべてを焼き尽くす膨大な熱量が発した。
「とどめだ……」
アルフィスは最後の魔帝天絶を放つ。この魔術は純粋な魔力の塊を暴走させるという魔術であり凄まじいエネルギーを発生させ全てを吹き飛ばすのだ。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォゴゴォォォォォォォォォォ!!
牢獄内に放たれた魔帝天絶は凄まじい爆発を起こしイベルはその爆発に呑み込まれた。魂の牢獄の内部で凄まじい魔力の奔流がイベルを飲み込むのをアルフィスは警戒しながら眺めている。
その時である……。
魂の牢獄から一本の剣が伸びるとアルフィスの左肩を貫いた。アルフィスは警戒しておきながらもその一撃を躱す事が出来なかったのだ。
「ぐ……」
アルフィスが苦痛の声を漏らすが動揺していない。聖剣アランベイルを正眼に構えた瞬間に魂の牢獄は内側から爆発して粉々に吹き飛んだ。砂塵の向こうからイベルが姿を現す。
その姿は見るも無惨なものであった。全身は血に染まり、所々焼け焦げている。左腕は完全に炭化しておりもはや腕としての機能を果たすことは永遠にないだろう。もちろん神である身を考慮すればそのうち回復する可能性も高いのだが少なくともこの戦いの途中で動き出すと言う事は無いだろう。
「やってくれたな……」
イベルは怒りをたっぷりと詰め込んだ声をアルフィスに叩きつける。アルフィスは左肩を貫かれ、五帝凶滅を放った事で魔力もほとんど底をついている状況だ。それでもアルフィスはイベルに向け勝者の笑みを浮かべる。
「ああ、これは殺し合いだ。当然神が相手だろうが何だろうが対等だ。お前はそんな事も知らずに戦いの場に臨んでいるのか?」
アルフィスの言葉にイベルは唖然とした表情を浮かべる。
「所詮は邪神……人間を単なる玩具としてしか考えていない己の浅はかさがお前の敗因だ」
アルフィスはそう言うと残った力を振り絞りイベルに斬り込む。不思議な事にイベルに斬り込んだ瞬間に先程貫かれた左肩の痛みを感じない。アルフィスはかつて無いほど冷静に最後の戦いに臨んだのだ。




