夜会③
(まったく妙な奴に絡まれるな・・・さっさと挨拶して帰るとするか)
アレンは背後からの敵意、殺意のこもりすぎた視線を背後から感じていたが、まったく動じていない。この程度の殺意に心折れるようでは、国営墓地の墓守は絶対に務まらないのだ。
しかし、さっきのアホといい、品性下劣な生き物集団といい、ろくな奴がいないな。
まぁさっきのアホが家に泣きつき、アインベルク家お取りつぶしとかなってくれれば、万々歳だな。爵位の返上も叶うし、場合によっては国を出ても良い。屋敷とか財産とかはロムとキャサリンに退職金代わりに差し上げよう。
あれ?
高位の貴族に喧嘩を売って、アインベルク家を取りつぶさせるというのは有効な手段だな。
取りつぶしになったら、何するかな~。冒険者なんてのも良いな。そういえばレミアは駆け出しとはいえ冒険者だっけ。なら一緒にパーティを組んでもらうというのもいいな。フィリシアも冒険者だったんだよな。俺、レミア、フィリシアの三人で冒険者・・・。ありだな。
アレンの中ではもはや冒険者となる身とを模索し始めている。カウントダウンは50回になったが、場合によってはお家取りつぶしになり国外退去となる流れも十二分にありえる。
そのためにはゲオルグに是非とも実家の権力を十二分に発揮していただきたい。その時には、友達認定したいところだ。
そんな事を考えていると、国王一家への挨拶の出番が回ってきた。人間楽しいことを考えていると時間の経過が早い。
「国王両陛下、王女殿下、本日はご機嫌麗しゅうございます」
アレンは完璧な礼儀作法に則り文句のつけようのない挨拶を行う。アレン自身は貴族の位に対してまったく執着はないが、その場に相応しい振る舞いをする事ぐらいの教養は十分修めていた。
「ふむ、アインベルク卿、今夜は楽しんでいって欲しい」
「アインベルク卿、あえて嬉しいわ。ますます凜々しくなって」
「おに・・・じゃない。アインベルク卿本日はご機嫌麗しゅう」
型どおりの挨拶を行ったので、場を離れようとしたところ、ジュラス王が言葉を続ける。
「ふむ、アインベ・・・いや、アレン、今宵の夜会ではアディラの側にいてくれんか?」
「は?」
「そうですわね。アディラも気心の知れたアレンと一緒に居る方が心安まるのではないかしら?」
「へ?」
「アレンお兄ちゃんのご迷惑でなければ・・・」
ジュラス王、ベアトリクス王妃の提案にアディラは、ぽっと頬を染めた。正直、男ならその可憐な姿に心が動くことは間違いない。アレンもアディラの仕草を見て、ドキッとした。
アレンの心を見抜いたのだろうか、国王夫婦は顔をほころばせる。といってもジュラスはニヤリ、ベアトリクスはニコリという表現が似合う笑顔だった。
「え・・・いや、そういうわけには・・・」
アレンは、さすがにそれはマズイだろうと思い、断りをしようとする。自分のことはまったく問題ない。貴族社会なんかに未練も何もないので、『お家取りつぶし』にでもなれば喜々として平民となるつもりだったし、国外退去ともなれば出て行くことも厭わなかった。
だが、アディラは違う。王族であるしアレンのような気軽な身分(気軽と思っているのはアレンぐらい)とは違うのだ。まして、アディラはアレンにとって大事な幼馴染みであり、不幸になってほしくない、幸せになって欲しい女の子なのだ。
自分と一緒に居るとアディラにとっては、明らかにマイナスだ。恋仲とも噂が立ってしまってはアディラに申し訳がたたない。
「ふむ、つまりアレンはアディラと一緒に居たくないというわけか・・・」
「ああ、アディラは可哀想だわ・・・大事な大事なアレンに邪険にされるなんて・・・」
「アレンお兄ちゃん・・・ご迷惑ですか・・・」
国王夫婦はわざとらしくアレンを責め立てるし、アディラは上目使いでアレンを見つめる。まるで捨てられそうな子犬がすがっているかのような錯覚をアレンは持ってしまった。
そんな目を向けられて平気でいられるほどアレンは、冷血人間ではない。元々、自分が好意を持っているものに対しては情が深い人物である。逆に言えば嫌いな人間にはどこまでも冷淡になれるのであったが・・・。
「いえ、とんでもない。喜んでご一緒させていただきましょう」
アレンはあっさりと陥落してしまった。アレンの返答を聞いて、アディラの喜びは一目で分かるほどであった。
「ありがとう。お兄ちゃん!!さぁ行きましょう!」
「ふむふむ、それではアレン、アディラをよろしく頼む」
「アレン、アディラをよろしくね」
アディラはアレンの手をとり、王族席を離れる。
その様子を見ていた国王夫婦は・・・
それはもう、悪い笑顔だった。企みがうまく言ったとき、人はこういう笑顔になるのだろうというぐらい黒すぎる笑顔だった。
「上手くいったな」
「ええ、でもこんな手を使わなくてもアレンならアディラが頼めば引き受けたんじゃないかしら・・・」
「それはそうだろう。あれはそういう男だ」
「あんまり、娘の恋路に口出ししない方が良いのでは?」
「それはそうなんだが・・・」
「どうされたの?」
「楽しいじゃないか」
国王と言うよりもいたずら小僧のような感覚でジュラスは言う。その言葉を受けてベアトリクスも笑顔を見せる。
「確かに甘酸っぱい恋愛模様を見るのは楽しいですわね」
そう答える王妃・・・。
やはり、似たもの夫婦だった。
「急がねばな・・・」
ジュラス王の言葉にベアトリクスも頷く。
先程、エルマイン公爵からアレンとのやりとりの報告を国王夫婦は受けており、アレンの心が国を出る方向へ大分傾いていることを知ったのだ。
先程も、侯爵家の子息に絡まれており、いつもだったら聞き流すところを反撃していた。おそらく、侯爵家の権力を使いアインベルク家を取りつぶさせようと思っての反撃だろう。侯爵家から、処罰を求められればアレンは喜々として受け入れるつもりだろう。そして何の縛りもなくなれば国を出ることを何のためらいもなく実行するだろう。
それだけは何としても避けたかった。そのために今回の夜会で、アディラには頑張ってもらわなくてはならないのだ。アインベルク家がローエンシアを離れる事の意味を正確に把握している国王夫婦にとってアレンをローエンシアにつなぎ止めるアディラの恋路は、かなりの優先事項だった。
国王夫婦の推測は、当たるずとも遠からずであったが、完全な正解ではなかった。まずアレンは100回のカウントダウンを満たさなければ自分からローエンシアを出るつもりはなかったし、ローエンシアを出るのは国外退去を命じられれば喜んでといった感じなのだ。
そして、ゲオルグに反撃し家を取りつぶさせようというのも実は順番が逆で、反撃した後に『その手があったわ』と思いついたのである。
結構、アレンは後付けが得意だったので、まず行動し理由付けをするという事も結構、やっていたのだ。要は行き当たりばったりな所があるのである。
「それを置いといても、あの二人には上手くいって欲しいですわね」
「そうだな」
国王夫婦の2人を見る目はまさしく愛しい我が子を見る目であった。




