決戦④
「ふ……わざわざやられに来るとは」
ズフィリースはイリムに言い放つ。それに対してイリムもまた返答する。
「本当にそう思っているのならお目出度い奴だ。死ぬのはお前だ。仲間達が完全に舞台を作り上げてくれたおかげでお前は死ぬんだ」
“死ぬ”という直接的な言葉にズフィリースは怒りの表情を僅かに浮かべるがイリムの挑発であると看破したことですぐに表情を改める。どう考えてもこの状況で戦局をひっくり返す事は出来ないという考えであった。
「お前の切り札は俺には通じなかった。その剣の能力か術によるものかは断定できないがお前は身体能力を爆発的に高めることが出来る。そしてその強化の時間はそれほど長くない」
ズフィリースは『くくく……』と忍び笑いを混ぜながら自分が悟った内容を披露し始める。余裕のあらわれなのかも知れない。
「お前は確かにその能力を使用すれば俺と互角に戦うことは出来たのだろうな。だが強化できる時間はせいぜい二~三分というところだ。そしてその反動として貴様は一気に消耗が表面化する」
ズフィリースはそこで一端口を閉じる。嘲りの表情を浮かべながら再びイリムを嘲弄する。
「お前の消耗具合から見てあと一度使用するのが限界という事だろう。お前に勝ち目など無い」
「そうか、さっきも言ったがお目出度い奴だなお前は」
イリムは言い終わると同時にズフィリースとの間合いを詰める。間合いに入った瞬間にイリムは魔剣ダイナストの能力を使用し、身体強化の魔術を爆発的に高める。ズフィリースの体に浮かび上がった文様も黒から紅く色を変える。
キキキキキン!!
イリムとズフィリースの間に剣戟が展開され拘束でぶつかり合った両者の剣が無数の火花を散らした。殺し合いの副産物であるというのに発せられた火花は見る者を魅了する。
キィィィン!!
イリムの剣とズフィリースの剣が互いの剣を弾くとイリムとズフィリースも同時に離れてしまう。両者とも地面に着地した瞬間には間合いを詰め剣戟を再開する。
(もう少しだ……)
イリムは激しい剣戟を展開しながら勝つために最も都合の良い状況を作り上げようようとしていた。そしてイリムの待っていた状況が訪れる。
ズフィリースの胴薙ぎの斬撃をイリムは最小限度の動きで躱した直後、イリムは上段から一気に魔剣ダイナストを振り下ろす。
キィィィィィッィン!!
イリムの上段斬りをズフィリースは自らの長剣で受け止める。イリムとズフィリースの間で交叉された両者の剣はギリギチと悲鳴を上げる。イリムとズフィリースの鍔迫り合いに全員が固唾を飲んで見守っている。
(さよならだな……)
イリムが心の中で呟くと魔剣ダイナストの能力を“さらに”発動する。発動させた魔術は膂力強化能力だ。身体強化能力で上乗せしていたさらに爆発的に高められた膂力はズフィリースを遥かに上回る。
キ……ン
イリムの爆発的に高められた膂力によりズフィリースの剣が断ち斬られる。ズフィリースの剣を断ち斬ったイリムの魔剣ダイナストはそのままズフィリースの胸に斬り込んでいく。左胸から入ったイリムの魔剣はズフィリースの心臓に到達するとそのまま切断する。
「ば……こ……」
ズフィリースの口から大量の血と信じられないという感情がふんだんに盛り込まれた声が吐き出される。
「じゃあな……」
イリムはそう言うとさらに力を込めるとそのまま魔剣を振り抜く。右脇腹から抜け魔剣をイリムはそのまま返す刀でズフィリースの首を刎ね飛ばした。飛ばされた首が地面に落ちるとそのまま立ちすくんでいたズフィリースの体は血を撒き散らしながらその場に倒れ込んだ。
「イリムお疲れ様、流石ね」
ズフィリースを斃したイリムにアルティリーゼが声をかける。先程のイリムに縋った弱々しい姿は微塵もない。
「ああアルティ、さっきの演技は上手かったぞ」
「もちろんよ。女は男よりもずっと演技が上手いのよ」
「あんまり聞きたく無かったな」
アルティリーゼの言葉にイリムは苦笑しながら答える。そこにエルカネスが体を引きずりながらイリム達の所に近付いてくるとイリムに尋ねる。
「しかし、イリム。あいつを斬るときに魔剣の力でさらに身体強化の魔術を高めたろ。でもお前は魔剣の力は消耗度合いから二回が限度と言ってたじゃないか。あと一回分の魔力はどこから来たんだ?」
エルカネスの疑問ももっともであった。前にイリムは魔剣の力を使うのは二回が限度と言っていたのにこの戦いで三度も使ったのだ。あと一回分の魔力は一体どこから来たのかエルカネスは分からなかったのだ。
「ああ、アルティからもらったんだ」
「え?」
「さっきアルティが俺に抱きついてきたろ。あの時、アルティが俺に魔力を譲渡してくれたというわけさ」
「あの時か……それでさっきの演技云々につながるわけか」
「そういうことだ」
イリムの言葉に全員が納得の表情を浮かべる。あの時アルティリーゼがイリムに縋ったのは魔力の譲渡をズフィリースに悟らせないようにするためだったのだ。その後のアルティリーゼの“いかないで”という発言は念には念をというやつだったのだ。
「さて、ジヴォード達を助けないとね」
ディーゼがそう言うと倒れ込む四体の悪魔達に駆け寄る。いかに上級悪魔であってもあそこまでやられていれば絶命してしまう。ディーゼの言葉にエルカネス、フォルグは動き出す。
イリムとアルティリーゼはそのままその場に座り込んだ。イリムとアルティリーゼは力を使い果たしていたのだ。
(ふぅ……全員がそれぞれの役割を果たしてくれたから勝つ事が出来たな……)
イリムは心からそう思う。イリム一人ではズフィリースに勝つ事は出来なかった。追い詰められた状況であったからこそアルティリーゼがイリムに抱きつくというのが違和感なく行えたのだ。意図して追い詰められたわけでは無いのだが結果的にエルカネス、ディーゼ、フォルグ、四体の悪魔達が戦闘を行った事で舞台が整ったのは間違いない。
もし追い詰められていた状況が無ければズフィリースは慎重となり、能力の上乗せが行えなかった可能性が高い。
ズフィリースは勝利と優勢を混同する所があることをイリムは会話から悟っていた。ズフィリースは結局の所、神であるという事から手を見下すという悪癖からどうしても抜け出すことが出来なかったのだ。
「さて……どうなっているかな」
イリムは他の戦いを見るとアルフィス達とイベルの戦いが最終局面を迎えているのが見えた。




