混戦③
『先程までの威勢はどうした?』
フェルネルが嘲るようにアレン達に言う。その表情と声はかなり不愉快であったのだがアレン達は沈黙する。ここで“イベルとズフィリースのおかげだろ”と悪態をついたところで事態は何も好転しないのだ。
「カタリナ、フィリシアを治療してくれ、レミアはカタリナの治療の間、二人を守ってくれ。フィアーネ、エルヴィンさんは俺と一緒にあの三体を食い止めてもらうぞ」
アレンの指示を受けた全員が頷く。その様子をフェルネル達は楽しそうに眺めていた。優勢に事が運んでいる事で余裕が生まれたのだろう。
(俺の剣は間違いなくフェルネルを斬り裂いた。だが俺の体力は回復しない……これはどっちだろうな)
アレンは指示を出すが相手が動かない事から心の中でフェルネルとの戦いを振り返りはじめていた。アレンがフェルネルを斬りつけたのにもかかわらずそれに対して生命力を吸収した感触が一切無かったのだ。アレンはそこから導き出される結論として二つを想定する。
一つはフェルネルに魔剣ヴェルシスの能力が通じないという事。魔神と呼ばれる存在なのだから魔剣の力が効かないと言う事も当然ながら想定されるべき事だ。
そしてもう一つはフェルネルが“生きていない”という事だ。フェルネル自身は死んでいないと言っていたのだが、それを額面通りに受け止めるような事をアレンがするはずは無いのだ。フェルネルが自我を持つアンデッドであると仮定するならば魔剣ヴェルシスで生命力を吸収する事が出来なかったとしても不思議では無いのだ。
(まぁ……やってみれば分かるか)
アレンはフェルネルの正体は戦いながら把握していくことに決定する。フェルネルがアンデッドであろうがなかろうが魔剣ヴェルシスの能力の恩恵を受けることが出来ないという事だけなのだ。
「さてイベル様、フェルネル様、お遊びはこの辺りにして再開しませんか?」
「そうだな。この者達をさっさと八つ裂きにしてしまおうか」
ズフィリースの言葉にイベルが嘲りの表情で言い放つ。
「さて……せっかくの仰せだ。こちらも待たせるのは心辛いからやるとするか」
アレンはそう言うとフェルネルに向かって斬りかかる。エルヴィンはイベル、フィアーネはズフィリースにそれぞれ向かう。
アレンはすれ違い様にフェルネルの首元に斬撃を放つ。首元に放たれた斬撃を躱したフェルネルはすぐさま大剣を振るいアレンの胴を薙ぎにかかる。アレンは横薙ぎの一閃を下がるのではなく逆に間合いを詰める事で威力を殺す。フェルネルの大剣は遠心力の関係で後ろに下がるとさらに強力な剣閃を放つ間合いとなってしまうために中に入った方が逆に戦術としては正しいのだ。
間合いに入ったアレンは魔剣ヴェルシスでフェルネルの大剣を受け止めると同時に裏拳をフェルネルに放つ。フェルネルはその裏拳を難なく躱すと大剣の柄でアレンの側頭部をねらって打撃を放った。
アレンは何とかその打撃を躱す事に成功するが、フェルネルはそのまま大剣を振り回し始める。アレンはその大剣を躱しながら反撃を狙うがフェルネルの大剣は休むこと無く放たれアレンは体術だけで躱しきる事は出来ないと剣で受け流し始める。
その際に周囲のアンデッド達も次々とフェルネルの大剣によって粉々に両断されていき次々と地面に破片が飛び散った。
(……一対一では勝ち目は無いか)
アレンはフェルネルの絶え間ない斬撃を躱しながらそう結論づける。フェルネルの“戦闘力”は確実にアレンよりも上である。だがアレンはその事に何ら絶望しない。アレンはその事を想定していままで準備してきたのだ。そしてその準備が完全に整うまであと少しである。
キィィィィン!!
アレンの剣がフェルネルの大剣を弾くとフェルネルは不快気な表情を浮かべながら後ろに跳び間合いをとる。
間合いが空いたことでアレンはフィアーネとエルヴィンの戦いの様子を見ることにする。
エルヴィンは本調子では無いのだろうイベルに押されておりジリジリとまずい状況になりつつあるのが見て取れる。ジュセルとカタリナが助けに入ろうとするのを目で制止するとエルヴィンはイベルと激戦を繰り広げている。
フィアーネもズフィリースとの戦闘で一進一退の攻防をくり返しているがフィアーネは全力を出しているのにズフィリースはまだ余力があるようにアレンは感じている。
(いよいよ……まずい状況だな。早いところ来てくれないかな)
アレンはそう考えている所にフェルネルがニヤリと嗤って襲いかかった。
アインベルク邸に一人の少年が転移してくる。ランゴルギア王国の勇者であるリュークだ。
アインベルク邸に到着したリュークはキョロキョロと周囲を見渡すがアインベルク邸に人の気配が一切無い事から国営墓地に全員が赴いていることを察する。
「ロムさん、キャサリンさんも国営墓地に行っているのか……。やはりただ事じゃ無いというわけだな」
リュークはそう言うと国営墓地に向かって走り出す。走り出しながら国営墓地から放たれる凄まじい瘴気を感じながら緊張を高めていく。
『グォォォォォォォォォォ!』
途中でデスナイトが威圧の叫びを上げながらリュークに向かって突進してくるのを気付く。リュークはそのままスピードを落とすこと無く背負った聖剣グランギアを抜き放つと斬り結ぶこと無くデスナイトの首を刎ね飛ばすと頭部を再生するまでの僅かな時間で再び斬撃を放ちデスナイトの核を斬り裂いた。塵となって消え去るデスナイトを一顧だにせず国営墓地に向かって再び走り出した。
「結界が消えている……ん?」
リュークは国営墓地の壁に辿り着いた時に結界が消滅していることに気付く。それと同時に国営墓地を取り囲む壁の一部が破られておりそこでアンデッドと戦っている者達がいることもだ。
「ロムさんとキャサリンさん……」
リュークは戦っている者達の中に見知った顔を発見する。
「うわぁ、やっぱりあの二人ってとんでもない強さなんだな」
リュークはロムとキャサリンの戦いぶりを見て素直な感想を口にしていた。ロムは襲い来るデスナイトの核を正確に正拳突きで破壊しており襲いかかるデスナイトは次々に塵となって消え去っているのだ。
キャサリンも連続で魔矢を放ち、容赦なくアンデッド達を消滅させている。周囲の者達も必死に戦いそれなりに戦果をあげているようだがロムとキャサリンの活躍は際立っている。
「ロムさん、キャサリンさん!!」
リュークが駆け寄りながら二人に声をかけると二人はリュークを確認すると顔を綻ばせる。
「これはこれはリューク様、せっかく来ていただいたというのに出迎えもせず申し訳ありません」
ロムの言葉にリュークは苦笑する。ロムの言葉はこの場にそぐわないことこの上ない。
「いえ、それは構わないのですがアレン達は?」
「ただ今、魔神と交戦中でございます。それに加えて先程魔神とは別の存在が墓地に入り込んだようで戦況がどうなっているかわかりません」
「そうですか……」
リュークは一瞬悩むがすぐに決意した表情を浮かべるとロムとキャサリンに言う。
「ロムさん、キャサリンさん、俺は中に入ってアレン達と一緒に魔神と戦いたいと思います。ここを任せても良いですか?」
リュークの言葉にロムとキャサリンは頷くとリュークは国営墓地に壁を駆け上がりすぐさま壁の向こうに飛び降りていった。
「リューク様、アレン様を頼みます」
ロムとキャサリンは壁の向こうに消えたリュークに向かって小さく呟いた。




