復活⑫
「いよいよだな……」
「はい」
王城から王都の夜景を見下ろしたジュラス王が呟く。その横には宰相であるエルマイン公が立っている。王都のあちこちで敵襲を告げる鐘が鳴り響き王都は喧噪の極致にあったが喧噪という表現で済んでいるのは避難場所、避難経路を日頃から周知徹底させ、非難の際には必要なものを予め用意させるように指導していたからである。
「魔神フェルネル……甦って僅か数時間で王都に攻めかかるとはな」
「はい、やはり相当な力を持っているようでございます」
ドォォォォン!! ドォォォォン!!
突如、城下から爆発が発せられた。
「爆発? あの爆発は魔術によるもの……と言う事はあそこで戦闘が行われていると言う事か」
ジュラス王の声は苦いもので満ちている。王都内に敵が侵入したという事実は王都の住民に計り知れない衝撃を与えるだろう。そしてその衝撃が恐怖に変化し、混乱に変わるまで時間はかからないだろう。そうなれば現在大人しく避難指示に従っている者も従わなくなる可能性があった。
ドォォォォン!! ドォォン!!
再び爆発音が響く。先程の場所とは違う場所から爆発が発せられたのだ。それを皮切りにあちらこちらで爆発が起こる。
ローエンシア王国が建国され初めて王都が戦場となったのだ。
ジュラス王とエルマイン公は険しい表情を浮かべるとすぐに対応を指示するために動き出すのであった。
* * *
「ファリア様!!」
王都フェルネルにおかれているラゴル教団の神殿にある聖女ファリア=マクバインの私室に護衛隊のメンバーであるシュザンナが駆け込んできた。
「この気配……何かあったんですね?」
「はい、アンデッドの大群が王都を取り囲んでいます。しかも王都の各地にアンデッド達が出没し軍との間で戦闘が行われています」
「アンデッド……」
「その対策のためにキュゲム神殿長がファリア様を呼んでいます」
「承知しました。すぐに参ります」
シュザンナの言葉を受けてファリアはすくっと立ち上がると聖杖エフェルミアを手に取ると私室を出る。そこにはすでに護衛の騎士達が勢揃いしている。全員の視線を受けファリアは一人ずつに視線を送り最後に幼馴染みであるシドを見ると顔を綻ばせ頷いた。すると全員が頷きファリアを先頭に神殿長の元に向かって歩き出した。
ファリア達が神殿長の元に辿り着いた時にすでにラゴル教団の幹部達が勢揃いしている。みな一様に緊張の面持ちであり錫杖などで武装している。よくよく見るとキュゲム神殿長までが武装しており戦いに赴くつもりである事がわかる。
「遅くなり申し訳ありません」
ファリアが一礼するとキュゲム神殿長を始め幹部達も首を横に振る。
「いや、謝罪には及ばない。すでに聞き及んでいるように王都にアンデッドが溢れ始めているとの事。我らラゴル教団はアンデッド殲滅のために前線に赴くことにした。そこで聖女様にはこの神殿を守っていただきたいと思う」
「な……」
キュゲム神殿長の言葉はファリアにとって承服しがたいものである。この状況で自分だけが安全な位置に隠れているなど出来るわけがない。
「勘違いなされるな。ここが安全であるという保証などどこにもない。この王都はもはや最前線、むしろここを死守しろという方が余程危険とも言える」
「どういうことです?」
キュゲム神殿長の言葉にファリアは尋ねる。
「我らは危険になれば逃げると言う選択肢があるが、聖女様はここを任せられた以上、逃げることは出来ませんのでな」
「そ、それは、神殿長も……」
キュゲム神殿長の言葉に嘘があることをファリアは察している。キュゲムの為人では守るべき信者や無辜の者をおいて逃げ出せるはずはないのだ。退却するときであっても殿を買って出ることが容易に想像できる。
「聖女様、我々は年甲斐もなく暴れたいと思っているだけです。余計な懸念は無用でございます」
キュゲム神殿長の背後にいる大柄の騎士が口を挟む。長年キュゲム神殿長の護衛を務めているフォラムという四十代後半の騎士だ。フォラムの言葉に幹部達も口々に話し始める。
「左様左様、儂ら年寄りの楽しみを奪わないで欲しいものじゃ」
「久しぶりに暴れられるのう」
「アンデッド退治か久しぶりじゃのう。腕が鳴るわい」
幹部達の言葉にファリアは沈黙する。彼らは死ぬ覚悟を持って発言している事をファリアは察した。年長者がそこまでの覚悟を持って発言しているのを聖女であるファリアであっても止める事は出来ない。
「わかりました。キュゲム神殿長、この神殿はこのファリア=マクバインが守り通して見せます。ただし死ぬのは困ります。皆様方が死なれては私がこの神殿を取り仕切ることになってしまい眠る暇も無く働くことになります。それだけはお断りさせていただきたいのです」
ファリアは軽口を叩くとキュゲム達は笑う。ファリアの偽悪的な言い方につい顔を綻ばせてしまったのだ。ファリアは“死ぬ事は許しません”と涙ながらに訴えた所で湿っぽくなるだけであると考えて敢えて偽悪的な発言をしたのだ。
「聖女様、お主がこの時を見越して新たな術式を組み立てていた事は知っている。王都に生きる全ての人のために存分に力を振るってもらいたい」
キュゲムはそう言うとファリアに一礼する。頭を上げたキュゲムはまるで童子のように笑うと全員に向かってただ一言発した。
「行くぞ!!」
「「「「応!!」」」」
キュゲムの言葉に幹部達は声を揃えて返答する。その姿は宗教家というよりも歴戦の武人の出陣式を思わせる。
キュゲム達をファリア一行は頭を下げて見送る。キュゲム達が出て行った後にファリアは頭を上げると護衛隊の面々に命令を発する。
「これから儀式を執り行います。皆さんにはその間私の護衛を頼みます」
「「「「はっ!!」」」」
ファリアはそう言うと歩き出し、それに護衛隊の面々が続いた。




