復活③
国営墓地の扉を開けてエルヴィンはずんずんと一直線に歩き出す。目指すべき場所はすでにエルヴィンにはわかっていた。凄まじい濃度の瘴気が放たれている場所を特定するなどエルヴィンにとって雑作もないことであった。
(う~ん……やっぱりすごいな……)
体に纏わり付く瘴気にエルヴィンはそっとため息を漏らす。どう考えても並大抵の相手ではない事は確実だ。
「ま……時間を稼ぐ事を前提に動かないといけないな」
エルヴィンはそう呟きながらも足を止めない。
『グォォォォォォォォォォ!』
そこに不吉を撒き散らした一体の異形の騎士がエルヴィンに向かって突進してくる。この国営墓地ではおなじみのアンデッドであるデスナイトだ。
「やれやれ……」
エルヴィンは嘆息するとそのままの速度で歩を進める。デスナイトなど存在しないようにだ。大剣を掲げて突っ込んでくるデスナイトの脇をエルヴィンはスルリとすり抜けた瞬間にデスナイトは塵となって消え失せる。エルヴィンの右手には黒い靄のようなものが塵となって消滅していった。エルヴィンがデスナイトの脇をすり抜ける際に核をえぐり取り握りつぶしたのだ。
「おや……まだ大丈夫だったか。安全策が裏目に出たな」
エルヴィンの口からぼやきにも似た声が発せられる。エルヴィンの視線の先には直径十メートル程の魔法陣が展開されておりその中心に一体の魔物がいた。魔法陣から無数の鎖が絡みつきその魔物を縛っているがすでに鎖の数本はちぎれ飛んでおり魔物が自由になるのは時間の問題と言えた。
その魔物は身長2メートル弱、顔は人間のものと大差ない。人間の基準から考えれば整っていると言って良いだろう。額にもう一つの眼があるのが人間とは異なる容姿を展開していた。
髪の色は黒、ただし黒曜石を磨き上げた美を感じるものではなくあらゆる色を混ぜ合わせて作ったような禍々しい印象を与えるものだ。
背中には六枚の瘴気で形成されたと思われる翼が生えている。造形的には整っているが美しさよりも不吉さを象徴しているようにエルヴィンには思われる。
パキィィィン!!
鎖は次々と引きちぎられ残り数本というところにきている。エルヴィンに気付いたその魔物はニヤリと嫌らしい嗤いを浮かべる。その嗤い顔を見た瞬間にエルヴィンは動く。持てる戦闘技術を合わせ気配を消しほぼ一瞬で魔物の懐に飛び込むと顔面に肘を叩き込んだ。
ドゴォォォォ!!
エルヴィンの一撃をまともにくらった魔物は吹き飛び同時に縛っていた鎖が引きちぎられた。
(ふん……大したダメージは無しか)
エルヴィンは魔物の様子からほとんどダメージを受けていないことを察する。魔物は何でもないように立ち上がるとニヤリと嗤うと口を開く。
「久しぶりの痛みだな。現在の人間にも我に痛みを与える事の出来る者がいるのだな」
魔物の尊大な言い方にエルヴィンはこいつが魔神フェルネルであることを理屈抜きに察した。
「そうか、俺はエルヴィン=ミルジオード。このローエンシア王国の騎士爵だ。それでお前は?」
エルヴィンは魔物に名を促す。実の所正体はバレバレなので聞く必要はないのだが時間稼ぎが目的である以上エルヴィンがとった手段はある意味常套手段と言える。
「ふ……お前の目的はわかっている。あの小僧共がくるまで時間を稼ぐのが目的なのだろう。まぁ良い。敢えて貴様の策にのってやろう。我が名はフェルネル。お前達が魔神と呼ぶものよ」
「そうか、これはこれはご丁寧に……それでは地下にお戻りください。魔神“様”」
エルヴィンが魔神を様付けしたのはもちろん嫌味である。それに気付いたフェルネルの顔が歪む。
「人間が随分と尊大な口をきくものだ」
フェルネルはそう言い終わった瞬間に動いた。いや正確に言えばエルヴィンはそう感じたのだ。いつの間にか間合いに入ったフェルネルはエルヴィンに手を虎爪の形にして襲いかかる。
(く……)
エルヴィンはフェルネルの虎爪を躱しきる事は不可能と瞬時に断定すると左腕に魔力を込めて強化すると受け流そうとするがフェルネルの一撃はエルヴィンの技術を上回った。受け流しきることは出来ずにエルヴィンは吹き飛ばされる。吹き飛ばされたエルヴィンは空中で一回転すると見事に地面に着地する。すぐさま追撃に備えようとしたがフェルネルは動かずにニヤリと嗤うだけである。
「なんだ随分と軽いな……吹けば飛ぶとはこの事だな」
フェルネルの嘲弄に対してエルヴィンは心の中でニヤリと嗤う。エルヴィンは時間を稼ぐと同時にフェルネルの情報を仕入れているのだ。
(攻撃の速度と威力も俺より上……どんな術を使うかは全くの未定……正直舐めてくれると助かるな)
エルヴィンはそう考えると魔術の展開を行う。エルヴィンの足元に直径三十メートルほどの魔法陣が展開された。
「ほう……この大きさの魔法陣をあっさりと展開するとはな」
フェルネルの賞賛をエルヴィンは言葉通り受け取るような事はしない。どうやらフェルネルにとってエルヴィンは敵ではなく遊び相手でしかないようだ。もし敵と見ているのならエルヴィンの展開した魔法陣に何らかの警戒を行ったはずである。
「さて……いくか」
エルヴィンはニヤリと嗤うと魔法陣を起動させる。すると魔法陣から次々とアンデッド達が現れる。スケルトン、デスナイト、死の聖騎士、リッチなどのアンデッドがフェルネルを取り囲んだ。
「ふははははは!! 愚かな事だ。ここまで大がかりな魔法陣を展開しておきながらアンデッドの大量作成とはな」
フェルネルのエルヴィンの嘲弄はさらに高まる。その嘲弄をエルヴィンは無表情で対応する。
「やれ!!」
エルヴィンの命令が下されると取り囲んだアンデッド達は一斉にフェルネルに襲いかかる。フェルネルはつまらなさそうに腕を振るうとアンデッド達がまとめて吹き飛んだ。
吹き飛ばされたデスナイトや死の聖騎士で核を破壊されなかったものはすぐさま立ち上がり再びフェルネルに襲いかかった。それをまたもフェルネルは吹き飛ばす。
エルヴィンは手を振るってアンデッド達を吹き飛ばしていく間に新たな魔術を展開する。右手に【聖炎】の白い炎、左手に【業炎】の黒い炎を展開させると二つの炎を混ぜ合わせる。
エルヴィンは二つの炎を混ぜ合わせるとそれを圧縮する。アナスタシアの【炎の奔流】は聖炎、業炎を同時に放つというものであるが、エルヴィンのはその上であり完全に混ぜ合わせたものでありその威力は炎の奔流を遥かに上回るものだ。
エルヴィンは圧縮した二つの炎を球体をフェルネルに放つ。放たれた球体は凄まじい速度でフェルネルに向かって飛ぶ。フェルネルは少しだけ眉を上げると左手を掲げて防御陣を一瞬で形成する。
「な……」
しかし次の瞬間にフェルネルは自らの防御陣が紙のように突き破られた事に驚きの声を上げる。そのまま球体はフェルネルに直撃し爆発する。
ドゴォッォォォォォ!!
フェルネルの体を炎が包み込んだ。




