訓練②
「さて……そろそろ実地訓練に入ろう」
ヴォルグはそう言うと男達を前に並べる。すでに訓練が始まって七日が経っていた。この七日の訓練である程度の集団行動が出来るようになったと言う事でヴォルグは次の段階に進む事になったのだ。
「ジェド、シア頼む」
ヴォルグがそう言うとジェドは死霊術でアンデッドを作成し、シアは召喚術でアンデッドを召喚した。その数は二人合わせて五十である。ちなみに五十のアンデッドはすべてスケルトンである。
アンデッドが目の前に現れた事で男達は明らかに狼狽する。暴力の世界に生きてきた男達であったがアンデッドの禍々しさに平静ではいられなかったようだ。
「さてお前達は二人の作成したこのスケルトン達と戦ってもらう。勝利条件は二つ、一つはもちろんこのアンデッド達の殲滅、そしてもう一つは十分間このアンデッド達を食い止めることだ」
ヴォルグの言葉に男達は首を傾げる。アレン達がこの男達に求めているのはいわゆる壁の役目であり敵を斃すことでは無いのだ。そのために男達に施した訓練はどちらかと言えば突撃などの攻めではなく、横陣を作りそのまま横方向に動くというものであり防御に徹したものであった。
四人は各グループのリーダーを指揮官として扱い、指揮官の命令に従わない者には容赦なく鉄拳制裁を加えた。今までの力関係云々では無く新しく出来たリーダーに従うようにしたのである。
「質問よろしいでしょうか?」
男達の中から一人のリーダー格の男が片手を上げてヴォルグに質問する。
「なんだ?」
「その……殲滅についてはよく分かるのですが、もう一つの食い止めるというのが勝利条件というのはどういうことでしょうか?」
男の質問にヴォルグはあっさりと答える。
「壁が役目であるお前達の立場を考えれば当然の事だ。アレン先生達がお前達に求めるのは敵の殲滅では無く市民を守るための盾になることだ。つまり一定時間敵を通さなければそれがお前達の勝利だ」
ヴォルグは市民の為という言葉を使うことで男達に意味があるように思わせる事を選んだ。別の言い方をすれば時間稼ぎ、囮が男達に求められている仕事なのだが言い方一つで大きく印象は変わってしまうものだ。
「そのためにジェド達に協力してもらってアンデッドを出してもらったのだ。言っておくが数はお前達が遥かに多く、個体の強さもそれほどでは無い。これすら押さえられないというのならお前達は本当に用済みだ。刑場へすぐさま送ってやる」
ヴォルグの言葉に男達は震え上がる。わずか一週間ほどの訓練を受けていないが四人の恐ろしさは骨の髄まで叩き込まれている。自分達のかつての頭目達を殴り飛ばした時の四人の動きを見きれる者など誰もいなかったのだ。そして真剣に取り組まない者への苛烈な措置を見れば恐れるなと言う方が難しい事だろう。
「納得したようだな。それでは早速始めよう。ヴィアンカ頼む」
「わかったわ」
ヴォルグの言葉を受けたヴィアンカがテクテクと歩き出し、しばらく歩くと練習用の剣を鞘ごと地面に突き刺した。
「ヴィアンカの刺した剣を保護する市民とする。お前達はアンデッドにあの剣を触らせるな」
ヴォルグがそう言うと男達は緊張の面持ちで頷く。
「ジェド達はアンデッドに命令を出してくれ」
「わかりました」
ヴォルグがそう言うとジェドは端的に返答するとスケルトン達は移動を開始する。初めの合図も無く突然始まった訓練に対して男達は虚を衝かれるが、すぐに自分達のやるべき事を思い出すと動き始める。
スケルトン達の動きはそれほど速くない。だが、ジェドとシアはスケルトン達の命令は簡潔だった。すなわち二つの役割にスケルトンを分けたのだ。スケルトンの一体はそのまま剣に向かって走らせ、他の四十九体で男達を足止めするというものだ。
普通のアンデッドではまず考えられない行動であるが、これはアンデッドを使用しているが実際には魔神の眷属であると考えれば戦術があると考えるのは当然の事であった。
「くそ!! こいつら足止めを!!」
「何してやがる先に進め!!」
「馬鹿野郎!!押すな!!」
スケルトン達は男達を押しとどめる。そのため、進む事が出来なくなった男達は怒声を発する。普通に考えればスケルトンの数は五十、それに対して男達の数は二百であり遥かに数が多いのだから回り込んでスケルトンを無視すれば良かったのだが、突如始まった訓練、スケルトン達という禍々しい相手による動揺がその考えに至ることは出来なかった。そして派遣された一体のスケルトンは悠々と地面に突き刺さった剣に触れる。
「それまで!!」
ヴォルグから終了の言葉が発せられると男達の表情は恐怖に彩られる。先程の刑場送り発言が利いているのだろう。
「この能無し共が!! 何故回り込むなどの行動をとらない? 貴様らは前の奴についていく事しか出来ないのか!!」
「落ち着け、ヴォルグ」
ヴォルグを窘めたのはロバートだ。ロバートの言葉に男達は少しばかり生気を取り戻すがそれも僅かの時間でしか無かった。
「こいつらが能無しというのは想定していただろう。ジェド、すまないがデスナイトを一体出してくれ。こいつらと戦わせよう。考えないと死ぬという事を骨身に染み込ませる必要がある」
ロバートの意見を聞いたウォルターが慌てて制止する。
「お前こそ落ち着けよロバート。デスナイトなんか出したら“考えないと死ぬ”じゃなくて“考えても死ぬ”としかならないだろうが」
「こいつらいない方がよっぽど役に立つんじゃないかと思ってな」
「気持ちは分かるが落ち着け」
実の所、ロバートも男達の体たらくにキレていたのだ。その事に気付いたウォルターはすかさず止めに入ったのだった。
「優しくしてもダメね」
「ああ、本気で行こう」
「少しでも早く仕上げる為にはやむを得んな」
「急がないとな」
四人の意見を聞いて男達は顔を青くする。どうやら自分達のふがいなさが四人に火をつけてしまったようだった。男達の何人かは助けを求めるようにジェド達に視線を送るがジェド達は素知らぬ顔をしていた。
これから二週間、手心を加えるのを止めた四人にみっちりとしごかれた男達はそれなりの動きを身につける事に成功するのであった。それが男達にとって幸せを意味するものでないことは明らかであったが、男達は既に諦めの境地に達していた。
その事に気付いたアレン達は四人に訓練内容を聞いたが、四人は声を揃えて“少し厳しくしただけです”というにとどめ、ジェド達も頷いたがその内容を語ろうとしなかった。アレン達も何となくそれを察したが何となく聞かない方が良いと考えてそれ以上は聞かなかった。
訓練内容には謎が残ったが成果が出たから良しとしようとアレン達は深く考えるのをやめるのであった。




