準備②
特措法が制定されてからのアレン達の動きはそれは凄まじいものであった。軍務卿からもたらされた情報に従い盗賊団を捕縛するためにローエンシア王国中を文字通り縦横無尽に走り回ったのだ。
その結果、アレン達に潰された盗賊団の数は七つ、一つの盗賊団の構成人数の平均は三十人前後であったために、アレンが仕入れた駒達は二百を超える事になったのだ。しかも全員が行動制限の術をかけられた結果、有罪である事が確定したためにアレンは容赦なく駒として扱っていた。
一度、ジェド達も盗賊団の捕縛に参加したのだが、アレン達の理不尽なまでの戦力にすり潰される盗賊達を見て『これって人狩りだよな』とジェドが呟いたぐらいである。
アレン達は盗賊団のアジトをぐるりと何重にもアンデッドで取り囲み盗賊団の逃げ道を完全に潰してからアレン達がアジトに突入するのだ。その後の盗賊達に降り注いだ地獄はもはや災害としか表現できなかっただろう。
見張りがアレン達に伸され、その叫び声を聞きつけた盗賊達が現場に駆けつけるよりも早くアレン達はアジトに突入するのだ。それからアジトの中で盗賊達の絶叫が響き渡るのであった。
ジェド達は突入から僅か数分で盗賊団のアジトを制圧するアレン達にかなり引いていた。両手両足をへし折られ、失禁した盗賊達をデスナイト達が屋外に運び出すと話もせずにフィアーネが行動制限の術をかける。
そこからアレンの裁判が始まるのだが、非常に簡潔だった。アレンは盗賊達に『正直に答えろ。お前達は盗賊行為を行ったか?』とだけ尋ねると盗賊達は正直に答える。それで裁判は終わりで後は王都のアインベルク邸に転移魔術で運び込むという状況であった。
『俺達って必要か?』と一度ジェドがアレンに尋ねた。ジェドとすれば盗賊相手にアレン達が出るまでも無い自分達が動けば良いのではという思いからの言葉である。
それに対してアレンは、『もちろん必要に決まってる。盗賊の中にものすごい手練れがいる可能性がある以上、ジェド達がいてくれると心強い』と返答した。アレンは盗賊が相手であっても慎重な姿勢を一切崩さない。盗賊達にとってはこの上ない悪夢だろう。自分達とは天と地以上の戦闘力の開きがあるのに天の方は一切油断しないのだ。どこにつけ込めば良いのかまったく思いつかない。
アインベルク邸に戻ったアレン達は盗賊団をロムに預けると少しの休憩を行い、すぐさま別の盗賊団を捕縛しに出かける。盗賊団七つが殲滅され、二百を越える駒がアインベルク邸に常駐することになるのに特措法が制定されて僅か五日程であった。この事態にローエンシア王国の上層部は『もっと早く制定すべきだった』とぼやくのも当然であった。
* * *
「さて、数だけは何とか整ったな」
アインベルク邸のサロンでアレンがそう発言するとアルフィスが呆れた様に答える。
「五日で盗賊団七つか……予想以上にお前達って化け者だったんだな」
「何言ってる。お前だってこれぐらい余裕だろう。あいつら本当に弱いぞ」
「お前達が強すぎるんだよ」
アレンの言葉にアルフィスがため息交じりに言う。実際にアルフィスの実力ならば盗賊団を潰すのなどわけも無いことである。それでも五日で七つというのは常識外れも良いところだと思わざるを得ない。一日平均で1,4であり一日のうち少なくとも二日間は二つの盗賊団を潰している事になる。
「でもお兄様、アレン様達のおかげで盗賊の脅威にさらされた方達も安心して過ごせるようになったのは喜ばしい事ですよ」
アディラの言葉にアルフィスは何とも言えない表情を浮かべる。アレン原理主義ともいうべきアディラの言葉にアルフィスは頭を抱えそうになった。もちろんアルフィスはアレン達の行動を非難しているわけでは無い。治安の面から言ってアレン達の行動は表彰されてしかるべきものであった。アルフィスが危惧しているのは自分が編成している部隊との連携が難しくなる事であった。
自分が魔神の引き起こす事態のために冒険者、傭兵、軍部から集め編成した部隊はジェスベル達をリーダーに迎える事でその実力はさらに上がっている。今や部隊の実力はローエンシア国軍の中でもトップクラスとなっている。
「アディラ、俺が危惧しているのはジェスベル達の動きをアレンの駒達に邪魔される事だ」
アルフィスの言葉にアレン達は納得の表情を浮かべる。ジェスベル達が魔神との戦いで動こうと思った時、向かう先に駒達がいた場合動きが疎外される事になるのだ。
「アレン、その辺の事はやっぱり詰めておくべきだろうな」
アルフィスの言葉にアレンも頷かざるを得ない。七つの盗賊団で構成された新『駒』達は当然ながら烏合の衆だ。アレンが新しい駒に対して期待している事は“時間稼ぎ”以外のなにものでもない。
だが、ジェスベル達はそうではない。魔神を斃すために行動し、そして王都の市民を守るために戦ってもらうのだ。そのためにはジェスベル達と新『駒』達の連携を取るべきだろう。より正確に言えば駒達に邪魔にならないように指導することぐらいはする必要があった。
「王太子殿下の言う通りね。考え無しすぎたわね」
「お前がいうなよ。お前あれだけノリノリでアジトに踏み込んでいただろうが」
フィアーネのしたり顔にアレンがすかさず突っ込む。アレンはフィアーネがものすごくいい顔で『蹴散らしてやるわ!!』と言って常に先陣を切っていたのだ。
「そ、そんなこと無いわよ」
アレンの言葉にフィアーネはわざとらしく視線を逸らした。
「ねぇ、一度ヴォルグさん達にあいつらを鍛えてもらわない?」
レミアがアレンに言う。アレンはレミアの意見に考える。個人的にはあの四人にあまり迷惑をかけたくないが、アレン達は軍事行動訓練の指導についてはずぶの素人だ。そのアレン達が指導しても駒達が上達するとは思えなかった。
「やむを得ないか……ヴォルグさん達に頼むのは心苦しいが……」
「私なら大丈夫です!!」
「もちろん私も大丈夫です!!」
「アレン先生達の貴重な時間を取らせるわけにはいきません」
「少々厳しくいきますが短時間で邪魔にならないぐらいのレベルまで引き上げて見せます」
アレンの言葉にすぐさまヴォルグ達四人が反応する。四人にしてみればアレンの助けになるならばという感じであった。
「そうですか……俺達の後始末を押しつける事になり心苦しいがよろしくお願いします」
アレンが一礼すると四人は恐縮したように一礼する。
「それじゃあ、明日から早速頼みます」
「「「「はい!!」」」」
四人は一斉に返事をする。とりあえずこれで駒の件は終わりと言う事になった。
「それじゃあ、そろそろ時間ですね。見回りに行くとしましょう」
フィリシアが言うと全員が立ち上がる。アインベルク邸にいたのは国営墓地の見回りに出かける前の休憩であったのだ。
立ち上がった面々は相当なメンバー達である。いつものメンバーに新しく暁の女神、黒剣も含まれている。
「それじゃあ行こうか」
アレンはそう言うと全員が国営墓地に向かって歩き出した。




