予兆③
立ち上がった仮面に対して暁の女神達は流石に衝撃を受ける。先程までの戦いで仮面に与えた傷は完全に癒えてしまったのだ。
「何こいつ?」
「ひょっとしてまたやり直しという事?」
「生き返ったのかしら……それとも不死身かしら」
「アンデッド化したと言う事?」
「元々アンデッドだったという事か」
暁の女神の面々はうんざりとした表情と警戒の表情を浮かべる。完全に復活した仮面は剣を構えると暁の女神に襲いかかる。リリアは仮面の前に立ちふさがると仮面の放った斬撃を盾で受け止める。
キィィィィィン!!
リリアは仮面の斬撃を盾で受けた瞬間にそのまま足に斬撃を放つ。仮面は後ろに跳びリリアの斬撃を放つ。間合いを取った仮面に対してアナスタシアは魔矢、ミアは投石器により礫を放つ。
足元に着弾した魔矢を仮面はさらに背後に飛び間合いをとる。ミアの放った礫を剣で弾くと暁の女神と仮面の間合いはさらに空くことになった。
「あいつの動きはさっきとまったく変わっていない。というとアンデッド化はないな」
エヴァンゼリンの言葉にユイメが頷く。不可解な相手ではあるが暁の女神達は取り乱すような事はしない。情報を集め、精査し自分達がやるべき事を行い暁の女神は生き延びてきたのだ。
「次は元々アンデッドだったという事の検証ね」
ユイメはそう言うと神聖魔術を展開する。神官戦士であるユイメは対アンデッド用の神聖魔術を習得しているのだ。
「待った。もうアンデッドの検証は終わってるんじゃ無いの?」
そこにアナスタシアが発言する。人に二つ名をつけるという困った趣味を持っているが知識量も多く優秀な人物なのだ。
「どういうこと?」
「何言ってるのよ。さっきまでの攻防であそこまで血が舞えば普通にアンデッドの線は消えるでしょ」
「それもそうね」
「あとは不死身か蘇ったかの検証だけよ」
ユイメとアナスタシアの会話にリリアが入ってくる。
「とりあえずもう一度討ち取るわよ」
「「「「了解!!」」」」
リリアの言葉に暁の女神が一斉に動く。五人が一斉に動くがそれぞれの動きの邪魔をするようなことはない。お互いの動きの邪魔をするような時期はもはやとっくに過ぎ去っているのだ。
ミアが投石器から礫を打ち出す。放たれた礫をもろともせずそのまま仮面はミアに斬りかかってきた。ミアは短剣に魔力を通して強化すると仮面の斬撃を受け流した。ミアが受け流した剣をエヴァンゼリンの大剣が仮面の剣を押さえ込んだ。エヴァンゼリンとミアの二人で押さえ込んだ仮面は剣を動かす事は出来ない。
そこにリリアが斬り込み仮面の右脇腹を斬り裂いた。先程同様に傷口から鮮血が舞う。普通であればこれで“勝負あり”という一撃であったが仮面は痛みを感じている様子はない。
「てぇぇぇぇい!!」
ユイメが戦槌に【聖閃】を纏わせ叩きつける。仮面の左鎖骨にまともに入ったユイメの一撃はそのまま聖閃を発動させ仮面の左鎖骨を打ち砕き、胸骨を砕くと戦槌が左胸にまでめり込んだ。明らかに致命傷であるが暁の女神はこれでは先程と結果は変わらないとしてアナスタシアにトドメを譲る。仮面を痛めつけていた四人は一気に後ろに跳び間合いをとった。いや、正確に言えばこれから放たれるアナスタシアの魔術に巻き込まれないために距離をとったのだ。
アナスタシアの放った魔術は【獄炎】だ。黒い炎がまるで竜のように仮面に襲いかかりそのまま飲み込んだ。
ゴォォォォォォ!!
アナスタシアの放った獄炎は消えること無く仮面の男を灼き始める。肉の焦げる不快な臭いが周囲に放たれるが暁の女神の面々は仮面から目を離すことはない。かめんは未だに倒れていないためどのような反撃を行うかわからないからだ。
「試してみるか……」
エヴァンゼリンがそう呟くと仮面との間合いを一気に詰め、大剣を横に薙ぐ。仮面の頭部がはね飛ばされ弧を描いた頭部が地面に転がった。炎に包まれた体はそのまま地面に崩れ落ちる。
「死んだか?」
エヴァンゼリンがそう呟くと斬り飛ばされた首が再び体に戻ると仮面は再び立ち上がる。炎に灼かれたまま何事も無いように立ち上がる姿は死というものを超越したように見える。
「私が潰した左胸が蘇ってる……」
ユイメの言葉にリリアが答える。
「ということは、こいつは不死身じゃ無い。死んでから何らかの術で蘇ってるのよ」
「ならその術を封じればこいつは蘇らないと言う事?」
「死んでから発動する術か……そんなものが……」
リリアの言葉に他のメンバー達はその術の正体を確かめることにする。少しずつ暁の女神は仮面の男の能力の謎を暴いていく。
「みんな、こいつの術を封じれば蘇る事はなくなる。その術の正体を探すわよ」
「「「「了解!!」」」」
リリアの指示に暁の女神達は賛同するとそれぞれ武器を構える。すでに仮面の戦力のあらかたは見抜いているために暁の女神達は張り詰めた雰囲気はない。二度の攻防で暁の女神五人ならばこの仮面を討ち取ることも十分に可能であると言うことがわかったのだ。
もはや決着はついていると考えて良い。暁の女神と仮面一体では時間はかかるが暁の女神の勝利は動かないのだ。もし仮面が複数いた場合は暁の女神とは言え敗れる事になるだろうが仮面の数は一体である以上それは叶わないのだ。
暁の女神は再び散会し、アナスタシアがトドメ用の魔術の準備を行う。このままいけば先程同様の結果になるだろうし、仮面に放たれた獄炎は未だに仮面の体を灼き不快な臭いを発生させていた。
そしてその時である。仮面の背後に人型の瘴気の塊が突如現れると仮面の頭を後ろから掴む。その人型の瘴気は身長二メートル弱、背中に瘴気で出来た六枚の羽が浮かんでいる。顔は瘴気に覆われまったく伺うことは出来ない。後頭部を掴んだ瘴気の塊はそのまま仮面を片手で持ち上げた。すると仮面のからだがサラサラと崩れ去っていく。まるで元から仮面の男など存在しなかったように塵となって消え去ったのだ。
『ふむ……人間相手に勝てぬか……お前達が人間の中で強者である事は間違いないだろうな。あの男達には及ばぬだろうが油断はできぬものよ』
瘴気の塊の言葉を聞き、暁の女神達は一斉に身震いする。まるでこの世のあらゆる不吉を含んだような声に根源的な恐怖を刺激されたのだ。
「リリア……」
エヴァンゼリンの震えを押し殺した声がリリアを呼ぶ。リリアはその声を聞いたときに撤退を求められている事を察したのだ。
「わかってる」
リリアはそう言うと一歩前に進み出る。左手に装着した盾に魔力を込め強化して瘴気の男に相対する。
『ほう……我と戦うつもりか? 勇気と呼ぶか無謀と呼ぶか……』
瘴気の男の嘲りの言葉に対しても暁の女神達は怒りは湧いてこない。恐怖の感情が侮蔑されているという不快感を上回ったのだ。
『ここで引き裂くという選択もあるが時間が無いのも事実……我はもう少しで蘇る。その時でもよかろう』
瘴気の男はそういうと煙のように消え去る暁の女神は周囲を探るが完全に気配を感じなかったために安堵の息を漏らすと全員がその場にへたり込んだ。




