危難⑬
アレン達を救いに来たジュラス達と三皇子達との戦いは終わった。いや戦いと言うよりも蹂躙と呼んだ方がより正確なのかも知れない。
ジュラス達はその圧倒的な力で文字通り三皇子達を粉砕してしまった。三皇子が連れてきた部下達は全滅し、三皇子達も死亡した。
「さて、三皇子は行方不明になってしまったな」
ジュラスはアレン達の元に戻ってくると全員の前で言い放った。ジュラスの言葉を聞いたアルティリーゼ達は頷く。
(ジュラス王はベルゼイン帝国と事を構えるつもりは無いという事ね。正直、助かるわ。こんな恐ろしい連中がいるのなら帝国といえどもどれだけの損害がでるか分からないわ)
アルティリーゼはジュラスの言葉から意図をそう察する。ここで三皇子が人間に殺害された事が知られればベルゼイン帝国は当然ながらローエンシア王国を滅ぼすために動き出さずにはいられないだろう。もちろん三皇子が頼まれもせずに国営墓地にやって来てローエンシア王国の王太子、王女、上位貴族を殺害しようとして、反撃されたというのが本当の所であるが、その事は当然の事ながら伏せられることになるだろう。
そこで論法としてはかなり苦しいが三皇子が行方不明という事にすれば少なくともベルゼイン帝国はローエンシア王国と事を構える必要はなくなるのだ。三皇子は事実上アルティリーゼを殺害に来たのだから大っぴらに周囲に漏らす事はしなかったはずであり隠蔽は十分可能であった。
これがアルティリーゼの考えたジュラスの意図であったのだが、次のジュラスの言葉でそれが誤りである事を思い知らされた。
「三皇子が行方不明という事になれば少なくとも魔族を皆殺しにしなくても良いしな。さすがに無辜の民もいるだろうから心を痛めずに済む」
ジュラスの言葉を聞きアルティリーゼ達の顔は凍る。ジュラスの言葉をハッタリ、狂人の戯言と一蹴することも出来るのだが、ジュラス達の先程の戦いを見ればそれをハッタリと思う事は出来ない。
「そ、そうですね。今後ベルゼイン帝国の者はローエンシア王国や周辺諸国に手を出さない事をお約束いたしますのでご安心下さい」
「ふむ、期待しているよ。とはいえ魔族の中にも跳ねっ返りもいるだろう。だがそのような輩にはこちらで対処するから大丈夫だよ。それにそのような跳ねっ返りは人間にも当然いるだろうからお互いにきちんと押さえないといけないね」
「……はい」
ジュラスの言葉にアルティリーゼの返事はさすがに重い。ジュラスの言葉はもし魔族がローエンシア王国に手を出せば遠慮無く報復することを宣言したことに他ならないのだ。普通の人間が魔族を害する事は難しい。当然ながらその跳ねっ返りとなる第一候補はエルヴィンであろう。彼自身もそう発言していたから一切容赦なく報復行為に臨むのが十分に理解できた。
そのためジュラスはアルティリーゼに責任を持って魔族を押さえろと釘を刺したのだ。
「ジュラス、あんまり脅すな」
そこにエルヴィンが苦笑しながらジュラスを窘める。エルヴィンの言葉にジュラスもニヤリと嗤うとエルヴィンに言う。
「脅したつもりは無いさ。これからベルゼイン帝国を担う御方に対して激励したわけだよ。それじゃあ俺達は帰るとするか」
「まったく……大人げないぞ」
「お前だけには言われたくないよ」
ジュラスとエルヴィンはそう言うと魔法陣を展開する。だがそこでエルヴィンは何かを思いついたような表情を浮かべると懐から一つの魔石を取り出すとアルティリーゼに放り投げた。
「これは?」
魔石を受け取ったアルティリーゼは首を傾げながらエルヴィンに尋ねる。
「ああ、この国営墓地の結界は入るのは比較的余裕なんだが出るときには結界がそれを阻むんだ。その魔石に込めておいた転移魔術を使わないと転移魔術でここを出ることは出来ないから使いなさい」
「あ、ありがとうございます」
エルヴィンの言葉にアルティリーゼは素直に礼を言う。それを見てエルヴィンはニッコリ笑うとアレン達に視線を向ける。
「それじゃあ。みんなまたね」
「それじゃあな」
エルヴィンがそう言うとジュラスも笑いをアレン達に向けると転移魔術を起動させ、すぐに転移する。アレン達がジュラス達に礼をいう間もなかった。
ジュラス達が帰還した事でジェラル達も転移魔術で帰還するつもりらしくアレン達に言葉をかける。
「それでは我々もお暇するとしよう。アレン君達またね」
「みんなもいつでも遊びに来てね。レミアちゃん、フィリシアちゃんだけじゃなくアディラちゃん、カタリナちゃん、それからそちらのお嬢さん達にもアクセサリーを贈りたくなっちゃったわ♪」
「それじゃあ、助けがいるときはいつでも言ってくれてかまわないからね」
ジャスベイン家の人々の言葉を受けてアレンが代表して礼を言う。
「ジャスベイン家の皆さん本当にありがとうございました」
アレンの言葉にジェラル、フィオーナが少し不満気な表情を浮かべる。
「まったく君は固いな。義理の息子のピンチに立ち上がるのは家族としては当然の事だよ。ジュラス王も同じ気持ちだろう」
「はい、確かにそうですね。これから少しずつ改めていきたいと思います」
アレンの言葉にジェラル、フィオーナ、ジュスティスは微笑みながら頷く。アレンの真面目さに好感を持っている三人とすればアレンの返答に納得しているのだ。
ジェラル達は転移魔術を展開させるとそのまま転移して国営墓地から立ち去った。
「それではアインベルク卿、俺達もここで……」
そこにイリムがアレンに声をかける。
「ああ、それから俺の事はアレンでいい。そっちの方々もそう呼んでくれ」
アレンの言葉にイリム達は頷くと返答する。
「わかった。あんた達も俺の事は呼び捨てで構わないさ」
「ああ、そうしよう」
アレンとイリムが短い会話を行う。そこにアルティリーゼがアレンに伝える。
「魔族を押さえるのは約束するわ。というよりもあんな恐ろしい人達がいる国に手を出すなんて愚挙としか言えないわ」
アルティリーゼは妙に真剣な表情を浮かべる。今夜アルティリーゼの出会ったジュラス、エルヴィン、ロム、キャサリンの四人を見ればローエンシア王国に手を出すことの危険を思い知らされるというものだ。加えてジャスベイン家も敵に回るとなれば愚挙でしかないだろう。
「ああ、俺としても魔族との戦いが終結するのは都合が良いからな」
「そうね。それじゃあ私達はこれで」
「ああ、それじゃあな」
「あ、そうそう私の事もアルティリーゼで良いわよ」
アルティリーゼの言葉にアレン達は頷く。転移魔術が起動されイリム達も国営墓地から立ち去った。
全員が国営墓地から立ち去った事でアレンは全員に向くと全員に向けて言う。
「何とか全員生き残る事は出来たな。ロムとキャサリンが来てくれた事も大きかった。本当にありがとう」
アレンがそういうとロムとキャサリンは微笑み一礼する。
「アレン様や皆様方を助けるのは私達にとって当然の事にございます」
「それでも助かったのは事実だよ」
ロムの言葉にアレンはそう返答する。
「でも今回の件で魔族との戦いは事実上収束したと言えるかな?」
アルフィスの言葉にアレンは唸る。
「正直、わからん。アルティリーゼはさっき手を出さないと言ったが、現在のアルティリーゼは国のトップじゃ無い。ベルゼイン帝国の仕組みは正直分かんないが、押さえられない可能性も視野に入れておくべきだな」
「そうだな、この一戦ですべて片がついたと思うのは早計だな」
「まぁ、そうは言ってもイリム一行と決着がついたのは助かるな」
アレンの言葉に全員が頷く。イリム達一行の実力は今まで戦った一行で最も強かったのは確実だった。もう一度戦うのは正直な所あまり嬉しくない。
「そうだな。それじゃあ帰るとするか」
アレンの言葉に全員が頷くとアレン達一行は国営墓地の出口に向かって歩き出した。
アレン達が国営墓地から立ち去ってしばらくして一体の瘴気の塊が浮かび上がった。それは死霊のようにいくつかの顔が浮かびそして消えてゆくのをくり返した。
『……今夜の勝利を驕っているが良い。アインベルク……ローエン……』
瘴気の塊はそう言うと消え去った。




