危難②
「はぁ……舐めきってるな」
三皇子の手勢の行動を見た時のアレンの第一声がそれであった。だがいつもの状態ならばほくそ笑んで殲滅に動くところであるが、現在のアレン達の戦力では不可能である。
「アレン様どうしますか。先制攻撃ならいつでもいけますよ」
アディラが弓に矢を番えながらアレンに尋ねる。その表情に恐怖はない。その顔はどうすれば最良の結果を得ることが出来るか考えている狩人のそれである。
「いや、あの数だ。アディラの矢でもあの距離で射れば躱されてしまう」
アレンの言葉にアディラは納得の表情を浮かべる。確かに油断しきっている現在なら一人は間違いなく射殺せるが、射手がいることが知れればすぐに警戒されてしまいそれ以降は躱されてしまう事だろう。鏃に【爆発】を込めて放っても十数人ぐらい討ち取る事になるだろうがそれだけでありそれ以上の効果は望めないだろう。
「わかりました。みんないつもの陣形になってちょうだい」
アディラの指示に護衛チームは動く。アディラの両隣にメリッサとエレナ、エシュレムとラウラがアディラの前にそして四人の近衛騎士達がその前面に立つ。
「あなた達は私の後ろにいなさい。メリッサの指示に従うこと」
続いてアディラはガルディス、九凪、鬼尖、元リンゼル達に指示を出す。前面に配置するという方法もあるのだが、敵の実力に満身創痍の駒達では紙のように突き破られるだけであり、ただの無駄遣いという事になりかねない。そのため後ろに配置することにしたのだ。
ただそれは駒達の命を大切にするという事では無く。使うときがくれば遠慮無く投入するつもりだった。
「あの王女様……凄いな」
イリムはアディラの指示を見て感歎する。アディラの指示は自分の役割をきちんと把握した上で出されていることは確実であり、しかもそれを最大限に発揮する配置だった。
「そうね、レズゴルが言ってたけどあの王女様を想定してなかったのが最大の敗因と言ってたわ」
ディーゼがレズゴルの言葉をイリムに伝える。現在上位悪魔達は召喚をとかれ帰還している。負傷が思ったよりも重く戦闘に耐えられないために傷を癒やしてもらおうとアルティリーゼが帰還させたのだ。なぜか全員アディラ達と妙に打ち解けていたのが戦いを通じて友情が芽生えたのかも知れない。
「しかし……傭兵、闇ギルド、冒険者か……数は二百ほど骨が折れそうだな」
エルカネスの言葉にイリムも頷く。通常ならば別にそれほど恐れる相手ではないが、イリム達も満身創痍という状況は変わらないのだ。
「策士気取り、脳筋、小心者……共通したところは他者を見下す歪んだ性格……まったく嫌になるな」
「ちょっとイリム、あれでも一応身内なんだからもう少し歪曲した表現使ってよね」
「すまんすまん」
アルティリーゼの抗議にイリムは謝罪するがとんでもなく杜撰な謝罪であり、謝罪になっていないのだけどもそれをアルティリーゼは笑って許しているところを見ると三皇子の事が嫌いなのだろう。
「アルティリーゼ、何故貴様らは人間などとなれ合っている。魔族の面汚しめ!!」
開口一番エルグドがアルティリーゼを糾弾する。それにアルティリーゼは表情一つ動かす事無く傲然と言い放った。
「お兄様は何を言っているのですか?人間と仲良くしてはいけないと誰が決めたのです?帝国法典の何ページに書いてあるか教えてくださらないかしら」
アルティリーゼの言葉にエルグドの眉は急角度で跳ね上がった。アルティリーゼの口調も嘲弄を十分に含んでおり、アルティリーゼが戦闘も辞さない考えでいることを三皇子に知らしめた。
「くだらぬ事を……貴様は隠者の報復の責任者であるにも関わらずその仲間達となれ合っているではないか!! これは皇帝陛下への反逆に等しい行為だぞ!!」
エルグドの意味の分からない論法にトルトがさらに加わる。
「アルティリーゼ、お前が隠者と手を組み、皇帝陛下を弑そうというたくらみはこれで明らかになった。おとなしく法の裁きを受けよ」
この段階でアレン達は皇子達の狙いがアルティリーゼの殺害である事を察する。同時にアレン達は自分達が利用された事に気付く。そしてそれはアレン達にとって例えようも無い不快感を生じさせていた。背景はどうあれアレン達とイリム達の死力を尽くした戦いをゲスの思惑で穢された気分だった。
「お兄様達はどこまでアホなのですか? 第一陛下は私に隠者に対する全権を与えました。お兄様達こそ陛下のご意向を踏みにじって何をしているのですか。もう少し中身のある弾劾を行ってはいかがです」
アルティリーゼの言葉にイリム達は笑いを堪えるような表情を浮かべているのをアレン達もそして三皇子達も気付く。
「こ、皇女殿下!! 兄君達に「黙りなさい!!」」
トルトの側近の一人がアルティリーゼの非礼を窘めようとした所でアルティリーゼが一言で黙らせる。その威厳に満ちた姿に側近は口を閉ざした。
「皇族同士の会話にあなた如きが口を差し挟むとは分を弁えなさい!! お兄様もその程度の躾はあらかじめしておくものですわ、まったく情けない」
吐き捨てるように言うアルティリーゼに全員の視線が集まっている。いや全員では無い。アレン、フィアーネ、レミア、フィリシアは気配を殺しながら三皇子達に先手を打とうと身構えている。すでに隙があるのは事実であるが、このまま会話が進めばさらに大きな隙が生まれると思い動かなかったのだ。
「皇族でありながら品性下劣な配下を率いて何をしているのですか。近衛騎士では無く傭兵、闇ギルド、冒険者という外部の者を連れてきている事があなた達の後ろ暗さを示しています」
「が……」
アルティリーゼの言葉に最中に皇子達陣営の方から苦痛のうめき声が発せられた。首を射貫かれた傭兵の一人が口をパクパクさせて倒れ込んだ。一斉に矢の放たれた方向を見た時、再び顔面を射貫かれた傭兵が倒れ込んだ。顔面を射貫かれた傭兵の後頭部からは鏃が突き出しており凄まじい強弓である事がわかる。
「貴様!!」
「あの女……がぁ!!」
「あのガキぃ!!」
再び矢が一人の傭兵の顔面を射貫くと苦痛の叫び声に変わる。そしてアレン、フィアーネ、レミア、フィリシアが三皇子陣営に飛び込んでいく。いつものアレン達ならばすでに魔族の二、三体は血祭りに上げているところであるが、現在の状況ではようやく一人ずつ血祭りに上げたぐらいである。
ビシュン!!
そこにアディラの矢鶴が鳴り顔面を射貫かれた魔族が倒れ込んだ。
「てめぇぇぇらぁぁぁ!!」
魔族の傭兵がアレンに斬りかかる。アレンは傭兵の斬撃を受け流すと体が流れ隙の生まれた傭兵の首をフィリシアが刎ね飛ばした。アレン達四人は二人が敵の攻撃を引き受けている間に別の二人が攻撃をするという役割分担の元戦いを展開していく。
アレン達が戦闘を開始した次の瞬間にはイリム、エルカネス、フォルグの三人も皇子陣営に斬り込んでいった。ディーゼはアルティリーゼの護衛に回っている。
イリム達三人は一チームとなって皇子達と戦う。満身創痍ではあるが三人で互いをフォローしながら戦いを展開していた。
(まずい……もう息があがってきた……)
アレンは戦闘を始めて僅かの時間で息が上がり始めた事に気付く。
(余力のあるうちに何かしら手を打たないと……)
アレンは目の前の剣を躱しながらこの事態を打開する方法を模索し始めた。




