激突⑲
「気がついたか」
アレンの声が目を覚ましたイリムにかけられた。
(そうか……負けたか)
目を覚ましたイリムは即座に自分が置かれている状況を理解した。アレンが自分を見下ろしていると言う事は負けたということだった。
「俺の負けだ……そしてあんたの勝ちだ……アレンティス=アインベルク」
イリムからアレンへの勝利が告げられるとアレンは口を綻ばせる。イリムの潔さをアレンは好意的にとらえたのだ。
「ああ、“今回”は俺の勝ちだ」
アレンの言葉にイリムも口を綻ばせる。アレンの言葉は今度の戦いで終わりと言うわけでない事を察したからだ。
「だが負けた以上、イリムは俺に従ってもらう」
「ああ、敗れた以上それに不服はない」
「そうか。それじゃあみんなの所に向かうとしよう」
「わかった……つぅ」
イリムが起き上がろうと立ち上がった時に胸の辺りに激痛が走る。アレンの拳の一撃を受けて胸骨が折れていたのだ。胸甲を打ち砕いて胸骨を砕くほどの一撃を放てるだけで驚愕する。
アレンはイリムの様子に立ち上がるときに手を貸す。その手をイリムは素直にとる。
「助かる……」
「ああ」
アレンの手を借りたイリムは立ち上がる。
(ん……何とか足はしっかりしてるな)
イリムはある程度回復していることを確認する。もちろん全快時に比べれば比べる事は出来ない。動くことが出来ると言うレベルだ。
「あ、そうだ。合流する前に一つ利きたいことがある」
「なんだ?」
イリムがアレンに尋ねるとアレンは先を促す。もはや戦いが終わった以上駆け引きをする場ではない。
「あんたは【轟雷】の直撃を受けたはずだ。なぜ倒れなかったんだ?」
イリムは完全に勝ったと思った一撃であったが結果はアレンを斃す事は出来なかった。だからといってアレンは轟雷を躱したわけではない。魔剣ヴェルシスを通してアレンの体に電撃が送り込まれたのは確実だ。
「ああ、実際に直撃を受けたのは事実だ。あの瞬間躱す事が出来ない事を察した以上、やることは決まった」
「まさか耐えたとでも言うのか?」
「そんなわけないだろ、逸らしたんだ」
「なんだと?」
アレンの逸らしたという言葉にイリムは首を傾げる。イリムは直接アレンに轟雷を流し込んだ以上逸らす事など出来ないはずだ。
「俺の闇曳は瘴気を操る術だ。俺は纏っていた瘴気を棒状に形成するとそれを地面に突き刺したんだ。放たれた電撃は瘴気の棒を通って地面に流れ込んだんだ。まぁ威力が凄まじかった事もあって瘴気の棒は耐えきれなくなり霧散してしまったがな」
アレンの言葉にイリムは唖然とした表情を浮かべる。思ったよりもシンプルな方法だったからだ。確かにシンプルではあるが、あの一瞬に瘴気を棒状に形成し、地面に突き刺すという事が出来るのは並大抵の実力ではない。アレンの強さは基礎を徹底的に磨き、最適な手段を選択する事なのだ。
「なるほどな……轟雷という選択は悪手だった。いや悪手になったというわけか」
「そういうことだ。さてそれじゃあ行くとしよう」
「わかった」
アレンが転移魔術を起動させ転移した。
* * *
アレンとイリムが転移したのはアディラ達と上位悪魔達の戦場であった。アレンとイリムが転移した時にはすでに戦闘は終了していた。そしてすでにフィアーネ、レミア、フィリシアも合流していた。もちろんアルティリーゼ達もいた。全員が何かしらの負傷しており戦いの激しさが伺い知れる。
「あ、アレン!!」
フィアーネが声をアレン達を見つけるとその場にいた全員が一斉にアレンとイリムを見る。
「アレン様、良かったです」
「良かった。無事だったのね」
「良かった。本当に良かったです」
アディラ、レミア、フィリシアが次々に声をかけてくる。同時にアルティリーゼ達もイリムに声をかけた。
「イリム、良かった。無事だったのね」
アルティリーゼがイリムに駆け寄るとそのままイリムの胸の飛び込んだ。その様子を見たアレンの婚約者達も“これだ!!”という表情を浮かべるとそのままアレンに駆け寄るとそのままアレンに抱きついてきた。
「ぐへへ~アレン様ぐへへ~」
「ふっふふ~流石はアレンね」
「良かった。アレンが無事で良かった」
「えへへ、アレンさん」
アディラが正面から、フィアーネが背中に、レミアが右腕に、フィリシアが左腕にそれぞれ抱きつく。アレンとすれば大きな幸せを感じているのだが、さすがにこの場でいつまでも抱きつかれている場合ではないので、四人に離れるように言う。
「あのな……お前達、とりあえず離れようか」
アレンの言葉に全員が苦笑しながら離れる。TPOを弁えた彼女たちはその辺りの切り替えはとても上手いのだ。
「その様子だと、勝ったと見て良いのか?」
アルフィスは苦笑しながらアレンに言うとアレンは頷く。すると全員が安堵の表情を浮かべる。アレンを信頼していたがイリムの実力はアレンであっても敗れる事は十分にあり得る程だったのだ。
「その様子だとみんなも勝ったと考えて良いのか?」
「ああ、上位悪魔達は何とか勝つことが出来たし、フィアーネ嬢、レミア嬢、フィリシア嬢もそれぞれの相手に勝利したという話だ」
「でもみんなボロボロだな」
「それだけ相手が強かったというわけさ」
「違いない」
アレンとアルフィスはそう言うとお互いに苦笑する。全員がボロボロであったが、命を落とした者がいないのは幸いだった。ちなみにここでいう命の中に駒が含まれていないのはもはや既定路線である。
「さて、イリムどうやら戦いは俺達の勝ちは決定だ。お前達は全員俺達に敗れた事は間違いない」
アレンの言葉にイリムは頷く。この状況を見れば自分達が敗れたのは一目瞭然でありその事に抗弁しようとは思わない。
「ああ、敗者は勝者に従うという事だったな」
「そういうことだ。お前達にはやってもらう事がある」
イリムの言葉にアレンは頷く。当初の取り決めである以上、土壇場でそれを覆すなどそんな恥知らずの事を行う事は出来ない。
「お前達には俺達と共に魔神と戦ってもらう」
アレンの言葉にイリム達全員の表情が訝しがる。
「魔神?」
アルティリーゼがアレンに尋ねる。この返答は想定内の事でありアレンは事情を話すことにする。本来、魔神の事は機密事項であるが現在のアレンは対魔神の総責任者である。ジュラス王はアレンの裁量でこの機密を告げる事を認めているため何の問題も無い。
「この国営墓地には魔神の死体が埋まっている。その魔神が復活の兆しを見せている。いや、違うな復活は時間の問題という段階だ」
アレンの言葉にアルティリーゼは沈黙する。
「そして、魔神の死体が瘴気を放ち続けているためにこの国営墓地は瘴気が常に満ちているというわけだ」
アレンからもたらされる情報にアルティリーゼは目を細める。
「それはあんた達にとっても悪い話じゃないだろ?」
アレンの言葉にアルティリーゼは小さく頷く。アレンの言葉はアルティリーゼ達にともに魔神と戦う事のメリットを伝えていた。すなわち魔神の死体を手に入れれば瘴気を集める事が帝位の継承に大いに有利に働くことになるのだ。
「そうね……確かに魔神の死体を手に入れる事が出来れば私にとっても利があるわ。そのような背景を考えればその魔神との戦いに私達が参加するのはむしろ頼むところね。でも疑問があるわ……」
アルティリーゼが賛意を示しつつアレンに疑問を呈する。
「なんだ?」
「どうしてそれを戦いの前に言わなかったの?それを伝えれば戦いを避けるという事が出来たかもしれないのに」
アルティリーゼの言葉にアレンはニヤリと嗤い返答する。
「何を言ってる。この戦いは絶対に必要だった。指揮権を一本化するためにはな。そしてあんたは何が何でも俺達との戦いを避けるつもりはなかっただろう?」
「そうね。私も戦いを避けるつもりはなかったわね」
「だろうな。いきなり俺達の風下に立つことは良しとしないだろ。それにイリムの感情を考えれば絶対に戦闘は不可欠だったさ」
アレンの言葉にアルティリーゼは頷くと口を開きアレンに告げる。
「私達はあなた達の指揮下に入って魔神と戦うわ」
「ああ、よろしく頼む」
「こちらこそ」
アレンとアルティリーゼが握手を交わす。イリム達がアレン達と共に魔神と戦う事が決定した瞬間であった。
「さて……目出度く同盟が結成された所で、早速だがいきなり共闘といこうか」
アレンの言葉に全員が頷く。




