激突⑱
アレンの体に瘴気が纏わり付いていくのをイリムは眺めている。正直な所、アレンが体勢を整える前に攻撃するというのが正解だというのは理解しているが、消耗度合いが激しいのと罠のためには動かない方が利益があると考えたのだ。
(瘴気が纏わり付いているところを見ると、何かしら瘴気を使うのだろうが……)
イリムはアレンの言う切り札に剣を構える。先程までの魔剣ダイナストの使用による消耗から少しでも回復させようとしているのだ。
(せめて呼吸ぐらいは整えなくては……)
イリムは大きく息を吐き出す。肺の中の空気を無理矢理吐き出すことで、逆に空気を多く取り入れることが出来るため呼吸が整うのだ。
「意外だな。あからさまな隙だったから攻撃してくると思ったんだけどな」
アレンの言葉にイリムはもう一度大きく吐き出し呼吸をさらに整える。この二回の行為によりイリムの呼吸は大部分が整う。
「まぁ……罠だからな。攻撃しなくて正解だよ」
アレンはそう言うと動いた。
(な、速い……)
アレンの速度に今度はイリムが戸惑う。先程のアレンの動きよりも明らかに数段上がっていたのだ。
「くそ……」
アレンの動きを見て、イリムは再びダイナストの能力の使用を決断する。いや決断させられたと言った方がより正確だろう。イリムの実力を持ってしてなおダイナストの力を使わざるを得なかったのだ。
イリムは身体能力強化を展開させ、そのままダイナストの能力を発動させると身体能力強化を爆発的に高めるとアレンに斬りかかった。
キィィィィィン!!
アレンとイリムが斬り結ぶと音と衝撃が周囲を振るわせた。
「な……」
剣を打ち合わせたイリムはそのまま鍔迫り合いに持ち込もうとしたイリムの口から当惑の声が漏れる。アレンがそのままの体勢で後ろに跳んだのだ。まるで何かに曳かれるように何の体勢も崩さない跳躍である。
(違う……こいつの術は身体強化じゃない)
イリムはアレンの瘴気を纏う術の効果が単なる身体強化でない事を察した。身体能力をいくら強化しようが体を動かすメカニズムが変わる事はない。だが、アレンの動きはその理を完全に無視したものだ。
(奴の体を瘴気が操作しているわけか……)
イリムはアレンの術の効果をそう結論づける。それはイリムにかつてない苦戦を予感させる。斬りかかってきたアレンの動きは明らかに数段上がっている。そして体の動きの理を無視すると言う事は初動を読むという事は困難を極めることになる。イリムレベルの実力者は体のちょっとした動きを察知して反応する。だが、このアレンの術ではそれが役に立たない。いやそれを逆手に取られる可能性が非常に高いのだ。イリムはその事を察すると背中にゾクリとしたものが走った。
「どうやら察したようだな」
アレンの言葉にイリムは頷く。アレンの言葉はイリムにとって危惧することが事実である事を知らしめた。
「この術の名は【闇曳】というのさ」
「意外だな。あんたはそういうことを相手に告げるような事をしないと思っていたがな」
「まぁ、普通は言わないんだがな。あんたには名前を告げる方が効果がありそうな気がしてな」
「そうか」
アレンの答えにイリムは苦笑する。アレンの戦いにおけるぶれない姿勢に感歎したのだ。
「さて、それじゃあ続きをやろうか」
アレンの言葉を受けてイリムは頷く。それが合図となり再びアレンとイリムの戦いが始まった。
アレンはイリムとの間合いを詰める間に瘴気で剣を十本形成するとそのままイリムに放つ。イリムはダイナストで放たれた剣を弾きながらアレンとの間合いを詰める。
イリムはアレンに二段突きを放つ。イリムが放った箇所は腹と顔面だ。イリムの凄まじい突きをアレンは纏った瘴気を自分の前に展開して防ごうとしたが、イリムの突きはアレンの瘴気の壁をまるで紙のように貫いた。
アレンは瘴気の壁を貫かれた事をまったく意に介する事無く。冷静にイリムの突きを躱すとイリムの右肩から袈裟斬りを放つ。イリムはその斬撃をくるりと回転して躱すとそのまま斬撃を放った。
アレンはそれを後ろに跳んで躱し、間合いを取りながら魔剣ヴェルシスを横に薙いだ。
ゴゥ!!
魔剣ヴェルシスから瘴気の刃が飛ぶ。イリムは放たれた瘴気の刃を躱すのではなく、ダイナストを振るって迎撃することを選んだ。
ドパァァァン!!
イリムの斬撃が瘴気の刃を斬り裂いた瞬間にアレンは間合いを詰めると横薙ぎの斬撃を放った。
キィィィィン!!
アレンの斬撃をイリムは剣で受ける。その瞬間にアレンは剣から左手を離すと瘴気の塊を放つとイリムは躱す事が出来ずまともに受けると地面を転がった。
「ぐはぁ!!」
イリムの口から苦痛の声が漏れる。
(勝機!!)
アレンはイリムの苦痛の声に勝機を感じると一気に勝負を決めるため動く。アレンは跳躍すると瘴気を斬撃にして放った。
イリムはその瘴気の刃を左腕で払う。アレンの斬撃をいくら籠手を身につけているとはいえ腕で弾くのは相当な覚悟がいる。
ドパァァァァ!!
「なんだと!!」
アレンの口から驚きの声が発せられる。アレンの放った斬撃は勝負を決めるために放ったものだ。当然生半可な威力ではない。それをイリムは腕で弾いたのだ。それにはアレンでさえ驚かざるをえない。だが、その代償は決して軽いものでは無い。イリムの左腕の装着していた籠手に魔力を込めて強化していたが、アレンの斬撃はその強化を突き破り、イリムの左腕に大きく斬り込んだ。
(ぐぅぅぅぅ!! だが!!)
イリムは魔剣ダイナストの鋒をアレンに向けた瞬間に剣から一筋の光が放たれた。
「ぐぅぅ……」
アレンは瘴気に体を曳かせることにより、かろうじて光を躱すが、完全に躱しきることは出来ず脇腹が大きく抉られてしまった。着地したアレンに立ち上がったイリムは斬りかかる。
(これで決める!!)
イリムは間合いを詰めながら【轟雷】をダイナストに込める。先程はタメがあったためにアレンは躱したが、今のアレンならば決まる可能性が高い。
イリムの上段からの斬撃をアレンは剣で受ける。
(ん? なんだ……)
アレンはゾワリとした感覚を感じる。先程の斬り結びと同様の死を予感させる感覚だった。だが今の怪我をしている身体能力では先程よりも離れるのに一呼吸分後れてしまった。そしてその一呼吸でイリムには十分だったのだ。
イリムのダイナストに込められた【轟雷】が魔剣の能力によって極大の威力に跳ね上がった雷撃がアレンの持つ魔剣ヴェルシスを通してアレンに伝わった。
(勝った……)
イリムは勝利を確信する。ダイナストの力で極限まで高めた【轟雷】を直接送り込まれれば助かることは決して無い。事実、魔剣ヴェルシスが地面に落ちた。
「な……」
ところがイリムは次の瞬間にそれが誤りである事に気付く。アレンは倒れていなかったのだ。アレンは右拳を振りかぶりそのままイリムに放った。
(体が動かない……)
イリムは避けるつもりであった。だが、魔剣ダイナストの能力の反動のため体が動かない。すでにイリムの体力は限界を超えていたのだ。
「く……」
ドゴォォォォォォォ!!
アレンの右拳がイリムの心臓に叩き込まれた。アレンの拳は瘴気が纏われており、イリムの鎧の胸甲を打ち砕き守られたイリムに届いた。
アレンの強力な打撃を心臓に受けたイリムは膝から崩れ落ちた。
イリムが立ち上がらないのを確認するとアレンはようやく構えを解いた。




