激突⑰
(くそ……考えても仕方がない)
イリムはアレンの問いかけに最終的な決断を下した。その決断とは“考えても仕方が無い”という事だ。ある意味脳筋的な結論と思われるかも知れないが、最善手を選択したと言って良かった。なぜなら、アレンの瘴気の剣はいつでも剣にも闇姫にも変える事が出来る以上考えること自体が無意味なのだ。
イリムは両手に魔力を集中すると薙刀を形成する。イリムの形成した薙刀は柄の部分が長さ2メートル強、刃の部分が50㎝程であり全長2メートル60㎝にも渡るものだ。
(薙刀か……厄介な武器を)
アレンはイリムの選択した薙刀という武器の厄介さをよく知っていた。槍と違って突くだけでなく斬るという行為にも対応した薙刀は間合いに飛び込む事自体が困難なのだ。
アレンは間合いに入る困難さを自覚していたが敢えて動く。ここで逡巡すると掴んだ流れを手放すことになるという判断からである。
アレンはイリムの薙刀に最大限の警戒しながら間合いを詰める。瞬間にイリムの薙刀が動く。イリムが狙ったのはアレンの踏み込みの足元である。いわゆる脛斬りという技だ。
キィィィン!!
アレンは脛斬りを魔剣ヴェルシスで受け止める。だがイリムは構うことなく脛斬りから顎へ向かって斬り上げる。アレンはその斬り上げを横に体を反らすことで躱した。いつもの剣の間合いであればそのまま反撃するのだがまだ自分の間合いに入っていない。アレンはさらに一歩踏み込もうとしたときに斬り上げた刃が振り下ろされた。
「ち……」
アレンはその斬撃を受け止めるが間合いに容易に入り込めないことを悟った。アレンは一端イリムから間合いを取るために後ろに跳んだ。その際に左手にある瘴気の剣を前に突き出しておりイリムの追撃を鈍らせることも忘れない。
(上手くいけよ……)
アレンは着地と同時に再び前に出る。まるで転移魔術を行ったかのように一瞬で間合いが詰まる。そしてアレンは左手の瘴気の剣を最小の動きでイリムに投擲した。イリムもまた最小の動きでアレンの投擲した剣を打ち払うとそのまま突き込んできた。弾かれた剣は空中で闇姫に変貌するがイリムは意に介する様子を一切見せない。
(無視かよ……)
アレンはイリムの決断に驚く。イリムの突きはアレンの顔面に放たれている。アレンは魔剣ヴェルシスを使って突きをいなすとそのまま間合いに飛び込んだ。
キィ!!キキキキッキィィィィ!!
アレンの剣とイリムの薙刀がこすれる音が発せられる。そしてアレンはようやく自分の剣の間合いに飛び込んだ所でイリムの薙刀を瞬間的に発した力で押し出した。弾かれたようにイリムの薙刀がアレンの剣から離れる。だがアレンはあまりにもあっさりとイリムの薙刀が弾かれた事に違和感を覚える。
(違う……今のはわざと弾かせた……)
アレンはイリムの意図を次の瞬間に察した。イリムはアレンに敢えて弾かせる事でその勢いに任せて自分の背後に斬撃を放つつもりだったのだ。イリムの背後には先程アレンが作成した闇姫が迫っていたのだ。しかも、背後を斬りつけるという事はその対角線上にいるアレンを柄で殴りつけてきた。
カシィィィィ!!
アレンは薙刀の柄を受け止めるが絶好の機会が逃れた事を察した。ここでイリムはアレンの予想を超えた行動にでる。イリムの薙刀が中央から分かれ柄の部分はそのままアレンの剣を押し込みながら分かれた刃の部分でアレンの太股に斬撃を放った。不意を突かれたアレンであったがイリムの斬撃を後ろに跳んで躱した。そして左手にある柄の部分を投擲したのだ。投擲の対象はアレンではなかった。狙ったのは魔剣ダイナストを手にしていた闇姫である。
ドス……
投擲した柄は闇姫の胸に突き刺さった。イリムは投擲した柄の部分に魔力で結んでいたロープを引っ張る。魔剣ダイナストを手にしていた闇姫がイリムの元に引き寄せられる。
イリムは魔剣ダイナストの柄を握りしめると力任せに引っ張った。刀身を抱きしめていた形の闇姫の腕が斬り落とされすぐさま塵となった。
魔剣ダイナストを手にしたイリムは手にしていた刃の部分をアレンに投げつける。アレンはあっさりと刃の部分を躱し、すぐさま二体の闇姫がイリムに襲いかかった。闇姫達は核が破壊されていなかったために再生したのだ。だがイリムは魔剣ダイナストを振るうと闇姫達を一瞬で細切れにした。その際に核も斬り裂かれたらしく闇姫達は消滅した。あまりにイリムの剣速の速さにアレンは訝しがる。
(先程までの動きとは違う……魔剣の力を使ったと言う事か……)
アレンはイリムの身体能力が先程よりも上がった事を警戒する。イリムは剣を構えるとそのままの姿勢で一気に間合いを詰めてきた。
(な……)
アレンが気付いた時にはイリムはすでにアレンの間合いに入って斬撃を繰り出していた。アレンの想定を越えるイリムの動きにアレンは驚愕する。アレンは反射的に魔剣ヴェルシスに魔力を纏わせるとイリムの斬撃を迎撃した。
キィィィィン!!
アレンの魔剣ヴェルシスとイリムの魔剣ダイナストがぶつかり空気が震える。だが、勢い、威力、速度がアレンのものを大きく上回っており、アレンは弾き飛ばされた。
「く……」
体勢を立て直す前にイリムはイリムは再び間合いに入るとアレンに斬撃を放つ。受け止める事は出来たがまたもアレンは弾き飛ばされた。アレンとすれば斬撃の威力を逸らしたいのだが受け流すにはイリムの斬撃が強すぎたのだ。
イリムの上段斬りをアレンはかろうじて躱したが、アレンが反撃をしようとした時にはすでにイリムは次の斬撃を放っていた。横薙ぎの一撃をアレンは剣で受けるがアレンの剣がイリムの斬撃の威力に弾かれる。イリムはそのまま左掌に魔力を込めるとそのまま魔力弾をアレンに放った。
ドガァァァ!!
放たれた魔力の塊をアレンは躱す事無くまともに受けると吹き飛ばされた。
(まずい……追撃が来る)
アレンは完全に流れを奪われた事を感じた。直撃した魔力の塊のダメージは思いの外大きい。防御の術式を組み込んだコートとベストのために致命傷には至らなかったのだが、その一撃のために明らかに動きが鈍ったのだ。
(ん?)
アレンは剣を構えイリムの追撃を凌ごうとしたが、ここでイリムからの追撃がこない事を訝しがる。アレンがイリムを見るとイリムが大きく息を乱しているのが目に入った。
(さっきまでの動きはイリムにとっても相当な無理を強いていたというわけか?)
アレンはイリムの消耗度合いの激しさを見て考えを巡らす。
(魔剣を取り戻してからの急激な身体能力の向上……そしてその後の異常な消耗……魔剣の能力は身体能力の異常な向上、そしてその効果には制限時間がある。加えて制限時間が過ぎたときには一気にそのツケがくる……といった所か)
アレンはそう推測する。アレンの推測は半分が当たりであった。イリムの先程の異常なまでの戦闘力は身体能力強化の魔術を魔剣ダイナストにより爆発的に高めた結果であった。だが、アレンはもう半分の魔剣の能力を誤解していた。魔剣ダイナストの能力は魔術の効力を爆発的に高めるのであり身体能力を高めることではないのだ。
アレンは最初イリムと斬り結んだときイリムが魔剣の能力を使おうとしていた一瞬のタメを感じており魔剣の能力について考えていたのだが、身体能力の強化の印象がそれらを上塗りしてしまったのだ。
(よし……これでアレンティスにダイナストの能力を誤解させることが出来た)
イリムは荒い息の中でアレンにミスリードさせた事に対してそっと安堵の息を漏らす。アレンは勘の鋭い男であり、通常の状況で欺すのは至難の業だ。だが、今のアレンは先程までの凄まじい戦闘力を体験している。しかも怪我を負わせた事でいつもの冷静さも失われている。
「まったく……こう強いとこちらも切り札を使わざるをえないな」
アレンはそう言うと瘴気を集め始めた。




