激突⑮
「ぐ……」
フィアーネの口から苦痛を堪える声が漏れる。フィアーネの腹を貫いた光が通り過ぎた後に傷痕から血が噴き出した。瞬間的に身をよじった事で急所への直撃は何とか避けることが出来たが深手である事は間違いない。
フィアーネがエルカネスの顔を見ると“してやったり”という表情が浮かんでおり、フィアーネはすべてを悟った。今自分の腹部を貫いたのはアルティリーゼの破穿であり、エルカネスごと貫いた事を。
満足気な表情を浮かべてエルカネスは倒れ込んだ。フィアーネはエルカネスが倒れた瞬間のアルティリーゼの表情を確認するとほんの一瞬であったが辛そうな表情が浮かんだ。
(なるほど……そういうことか)
フィアーネは手甲からの瘴気をナイフの形に形成するとそのままアルティリーゼに放った。アルティリーゼは防御陣を形成するとフィアーネが放った瘴気のナイフを防ぐ。
ガガガガガガガガガガガガッガガ!!
ナイフはアルティリーゼの防御陣に突き刺さったが貫く事は出来なかった。完全に止まった時にアルティリーゼは防御陣を解除するとナイフはそのまま地面に落ちる。
「迂闊だったわ。部下ごとまとめて撃つとは思ってなかったわ」
フィアーネの声にはアルティリーゼを責める感情は一切含まれていない。むしろ想定していなかった自分の甘さを恥じているような雰囲気であった。その声を受けてアルティリーゼは皮肉気に笑う。
「あら……意外ね。てっきり仲間を犠牲にした事を責めてくると思ったのだけど」
アルティリーゼの言葉にフィアーネも今度は皮肉気に笑う。
「何言ってるのよ。私はそんな甘ちゃんじゃないわよ。負ければ命を失うような戦いで手段に文句をつけるようなやつは三下よ」
フィアーネの言葉にアルティリーゼはまったく同意と言わんばかりに頷く。アルティリーゼの同意を得てフィアーネはさらに続ける。
「それにその魔剣士の方も予め知って同意していたんでしょう? じゃないと貫かれた時に“してやったり”という表情を浮かべるわけないわ。もし知らなかったら驚きの表情を浮かべるはずだものね」
「ええ、私だって仲間を撃ちたくなんかないわ。でも相手があなただから仕方ないのよ」
アルティリーゼの言葉にフィアーネはニヤリと嗤うと高らかに宣言する。
「ふっふふ~このフィアーネ=エイス=ジャスベインを驚かすには並大抵の作戦では無理なのよ!!」
両手を腰にやり得意満面の笑顔を浮かべる。その様子をアルティリーゼは訝しむ。
「あなた……どうして腹を貫かれたというのにすぐに治癒魔術を行わないの?」
アルティリーゼはフィアーネが一切慌てずにアルティリーゼに話す様子を奇妙に感じていたのだ。フィアーネの足元には傷口から血が流れ続けており血だまりが出来ていたのだ。普通あれだけの出血があれば動きに何らかの支障が現れるし顔色に現れるはずだ。にも関わらずフィアーネにその様子は見えなかった。アルティリーゼには真祖の何らかの能力によるとしか結論づけることは出来ない。
「まぁ、それはあとで教えてあげるわね」
フィアーネは口ではそう言っているが心の中で考えていたのは全く真逆の事である。
(急いで勝負を決めないと……負けるわね)
フィアーネは心の中でそう呟く。
フィアーネは右手を掲げて巨大な剣を瘴気で形成する。手甲から立ち上る瘴気が絶え間なく形成された剣に吸い込まれていき、剣の黒さが一瞬事に濃くなっていく。やがて巨大な剣は縮小を始める。それは力の減少ではなく逆に力の凝縮であるとアルティリーゼは感じた。
(最後の攻防というわけね……なるほど、そういうことね)
アルティリーゼはフィアーネの覚悟をビリビリと感じていた。そしてあの剣を防ぐことは自分の防御陣では不可能である事と自分の身体能力では躱す事も不可能であるという事もだ。
アルティリーゼはその事に気付くと身を震わせる。その震えの正体が何かをアルティリーゼは悟っていた。恐怖ではない。不思議とアルティリーゼの心にあったのは恐怖ではなくフィアーネに対する惜しみない賞賛である。
アルティリーゼはフィアーネの怪我がやはり重い事を察したのだ。確かに足元に血が流れ落ちては居るがまったく意に介した様子はない。だが、アルティリーゼはなぜ意に介した様子を見せないカラクリに気付いたのだ。
フィアーネは手甲から立ち上る瘴気を自分の体に纏わせ血色の悪さを誤魔化しているのだ。いわば瘴気で化粧を施していたのだ。瘴気の剣を形成する際に僅かながらその化粧が剥がれるのをアルティリーゼは気付いたのだ。化粧が剥がれた下にはフィアーネの血色の悪い肌が覗いていたのだ。フィアーネがそのような状況を隠しておいたにも関わらず、血を止めずに流れたままにするのはアルティリーゼを混乱させるためであろうとアルティリーゼは察したのだ。自分の弱点すら利用して勝利を得ようとする覚悟をアルティリーゼは賞賛したのだ。
そこまでの覚悟を見せつけられればアルティリーゼの覚悟も定まるというものだ。あの剣を防ぐことも避けることも出来ないのなら打ち貫くしかない。極限まで研ぎ澄ました破穿でフィアーネの形成した瘴気の剣ごとフィアーネを貫くしかない。
「さぁ、来なさい!! フィアーネ=エイス=ジャスベイン!!」
アルティリーゼが叫んだ瞬間にフィアーネは小さく笑うと掲げた右手を振り下ろした。その瞬間に極限まで圧縮された剣がアルティリーゼに放たれる。
アルティリーゼもまた極限まで圧縮した破穿を放つ。フィアーネの放った剣の鋒と破穿がぶつかる。
どちらがより鋭く強く形成したかの勝負であるとアルティリーゼ“は”判断した。だがフィアーネはそうではなかった。
「え?」
アルティリーゼの破穿がフィアーネの剣を貫き勝ったと思った瞬間にフィアーネの姿が煙の様に消えたのだ。アルティリーゼの破穿は一瞬、いや半瞬前までフィアーネが居た空間を穿つ。
(どこに?)
アルティリーゼが驚愕から引き戻したのはフィアーネがすでに自分の懐に現れていたからだ。フィアーネの右拳がアルティリーゼの心臓の位置に放たれるのをアルティリーゼは呆然と眺めていた。
ゴガァァァァ!!
アルティリーゼの胸に衝撃が走りアルティリーゼは意識を失った。
「目が覚めた?」
アルティリーゼは優しく語りかけるフィアーネの声を受けて目を覚ました。
「う……ここは? 私どうしたの?」
アルティリーゼは呆然とした感じで呟くが突然、自分が何をしていたかを思い出すとガバッと体を起こした。その瞬間に胸の辺りがズキリと悲鳴を発するとアルティリーゼは胸を押さえて蹲った。
「アルティリーゼ様、いきなりそんな風に起き上がられますと傷に障ります」
胸を押さえて蹲るアルティリーゼに声をかけるのはエルカネスだった。腹には先程、破穿によって貫かれたはずの傷口が塞がっていた。どうやらすでに治癒魔術を施されたらしい。
「そう……どうやら私達は負けたみたいね」
アルティリーゼは小さく呟くがその声には悔しさと勝負の結果に納得したものが同居していた。
「はい、俺達はフィアーネ嬢によって命を助けられています」
「そのようね」
エルカネスの言葉にアルティリーゼは頷く。現在、命があるのは間違いなくフィアーネが自分達を殺さないという選択をしたからである。もし、フィアーネが殺す糖衣選択をしていればそのまま命を奪われていたことだろう。
「理解がはやくて助かるわ。あなた達は私に負けた。もしあなた達が敗北を受け入れる事が出来ないほど器が小さいわけじゃないでしょう?」
フィアーネの言葉にアルティリーゼは頷く。」
「で、私達を殺さなかった理由は?」
アルティリーゼは臆することなくフィアーネに尋ねる。この状況でいまさら殺される事はないとい算段と勝負に負けたからと言って卑屈になる必要は無いという矜持からの行動である。
「もちろん、あなた達が死ぬとイリムを仲間に引き込む事が出来ないから助けたのよ」
フィアーネの言葉にアルティリーゼとエルカネスは納得の表情を浮かべる。今回の戦いで仲間が命を失えばイリムがアレン達につくことは決して無いだろう。
「さて……私達の戦いはこれで終わりよ。みんなの所に戻りましょう」
フィアーネの言葉にアルティリーゼは頷くが、思い出したようにフィアーネに尋ねる。
「まって、あなたはどうやって転移したの?」
「え?」
「さっきあなたの瘴気の剣と私の破穿がぶつかった時にあなたはすぐに転移魔術で私のすぐ側に転移したじゃない。あらかじめ拠点を設けたわけじゃないでしょう。それぐらい教えてくれても良いんじゃないの?」
アルティリーゼの言葉にフィアーネはニッコリと微笑んで答える。
「ああ、腹を貫かれた後すぐに瘴気で形成したナイフを放ったでしょう。あのナイフに転移魔術の拠点の術式を組み込んでいたのよ」
「あの……時か」
フィアーネの言葉にアルティリーゼはその時の事を思い出す。地面に落ちたナイフは消滅することはなかった。
「そういうこと、腹を貫かれた時に咄嗟に身をよじったけど決して傷は浅くなかったの。治癒魔術を行うにもあなたの魔術をかいくぐりながら行うというのは難しかった。それで少しでも早く勝負を決める必要があったのよ」
「そう……ということはあなたが剣を形成しているときに瘴気で顔色を誤魔化していたのを……」
「ええ、もちろんわざとよ。あなたなら気付くと思ったからやったのよ。そうすることで勝負を決めに来ているとあなたに考えさせたというわけ」
「なるほど……ミスリードさせられていたわけね」
アルティリーゼは納得した表情を浮かべる。フィアーネは腹を貫かれた状況を最初は隠すために瘴気による化粧を行っていたが、それを敢えて気取らせることで勝負を決したがっているとアルティリーゼの意識を誘導した。
だがそれはフィアーネの囮だったのだ。フィアーネの本命はアルティリーゼの周囲にばらまかれた転移魔術の拠点であった。打ち合いの状況に持っていくことでアルティリーゼをその場に留めるのも剣を形成した理由だったのだ。
「ええ、それじゃああなた達はみんなの所に連れて行くわ」
フィアーネの言葉にアルティリーゼとエルカネスは頷くと立ち上がり、フィアーネの側に立つとフィアーネは転移魔術を起動した。




