激突⑪
アディラは連続して瘴気の矢を放ち続けていたが、アレンがイリム達を連れ出したことで放つのを止める。アディラとしても永遠に放ち続ける事は不可能である以上、一息つく必要があったのだ。
(お兄様、カタリナ、ジュセルの援護も行いたいところだけど、この悪魔から一瞬も意識を外せないわ)
アディラはそう判断していた。矢の奔流が止まったところでレズゴルもどうやら一息をつきたかったようである。
だが、そこに近衛騎士の四人が襲いかかった。元『リンゼル』、鬼尖、九凪達、ガルティスは限界であり休ませる必要があったのだ。アディラ達にしてみれば駒がやられる事はまったく気にしないのだが、無駄に命を散らせるつもりもなかったのだ。
レズゴルに斬りかかる四人の近衛騎士をアディラは矢で支援する。要所要所でアディラの矢がレズゴルに放たれるためにレズゴルとしてもアディラから意識を逸らす事は出来ない。そのような状況ではいかにレズゴルであっても四人の近衛騎士を短時間で斃すというのは不可能なのだ。
アディラは自分の役割をきちんと把握している。アディラがまず第一に行うべき事と思っているの事は前線で体を張っている者達(駒は基本的に対象外)の支援であった。そのため、アディラはレズゴルとの戦いの勝利条件がアルフィス、カタリナ、ジュセルと異なっているのだ。アルフィス達の勝利条件は悪魔達の無力化であるのに対して、アディラはそれに加えて耐えるという事であった。
アディラはレズゴルとの戦いに持ちこたえる事でアルフィス達が悪魔達を撃破し、助太刀にくるまで耐えれば良かったのだ。その際に少しでもレズゴルを消耗させればさらに有利に働くために良かったのだ。
「ラウラ、四人が離れた瞬間に魔術を放ってもらうから準備しておいて」
「はい!!」
アディラの命令がラウラに発せられるとラウラはすぐさま魔術の詠唱に入る。アディラの言葉を受けてラウラは最もこの状況で相応しいと思われる術を選択する。
ラウラの魔術の腕前は年齢を考えれば非凡なものと言えるがレズゴルに通用するような強力な魔術を放つ事は出来ない。
アディラの護衛になってから、周囲の人々の実力の高さにラウラはうちひしがれた。自分がまったく護衛の役に立ってないことは明らかだったのだ。だが、ラウラはそれでへこたれるような少女ではなかった。ラウラは自分が未熟であるという現実を受け入れ、必死に努力を重ねている。そして、力が足りないなら足りないなりに、“手段”の数を増やす事で対応しようとしたのだ。
ある程度の剣戟を行った四人の近衛騎士がレズゴルから離れる。その瞬間にラウラが魔術を放つ。放った魔術は【煙幕】という敵の視界を狭める術だ。
『ち……』
突如発生した煙幕にレズゴルは舌打ちする。この舌打ちは視界を奪われた為ではなく、小手先の技術を使われた事に対する苛立ちである。レズゴルにしてみればこの程度の煙幕などすぐに無効化できるレベルのものである。
その事はラウラも当然理解している。にも関わらずラウラが煙幕を選択したのはレズゴルの意識を自分に向けるためである。レズゴルのような強大な悪魔に煙幕などという小技は通じないどころか煩わしいだけだ。その煩わしさを与えるような相手をレズゴルが放っておくはず無いと考えたのだ。
煙幕の中から十数本の魔矢が飛び出してくる。威力、精度共にラウラのものより桁が違う。そこにエシュレムがラウラの前に立つと掲げた巨大な盾に魔力を込めてレズゴルの魔矢からラウラを守った。
ガガガガガガガガガガッ!!
魔力によって強化されたエシュレムの盾はレズゴルの魔矢により大きくひしゃげてしまった。かろうじて破られはしなかったがもう一度受ければ盾を突き破りエシュレムは射殺される事になるだろう。
ピシュン!! パシュン!!
そこにアディラが煙幕中にいるレズゴルに矢を放つ。
「次はあなた達よ行きなさい」
メリッサの言葉を受けて駒が今度は動き出す。消耗度合いは駒達が圧倒的に大きい。実力的に近衛騎士達と大きな差があるために仕方の無い事ではあるが、消耗が非道い事によって戦線を維持できる時間が少なくなるのは避けたい所であった。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「わぁぁぁぁぁ!!」
またしても咆哮を上げ恐怖を振り切るようにレズゴルに向かっていく。だが、先程は盗賊達がいたために数が多かったが一度目の戦闘ですでに盗賊達は全滅している。次は先程よりも短い時間しか耐えられないことは確実だった。
(ジュセルは何とか勝ったみたいね。でももう動くことは出来ないみたい)
アディラはジュセルがウキリに勝利を収めたのを確認するがそのままジュセルが倒れ込んだのを見た。すぐにでも治癒魔術をかけてやりたいのだが、今はレズゴルがいるため動けない。
(カタリナも勝ったわね。でもカタリナの方もかなり怪我が酷いわ。私達の支援まで手が回らない……お兄様は……)
次いでカタリナも勝利を収めるのを確認するがカタリナの消耗も相当なものでありこちらの支援は難しい。そしてアルフィスに視線を向けるとアルフィスがジヴォードに治癒魔術を施しているのが見える。
「みんな!! もう少しよ!!」
「「「「はっ!!」」」」
アディラの言葉に駒以外のメリッサ達が返答する。近衛騎士達四人は呼吸を整えており、頷いたのだった。
「ぎゃああああああああ!!」
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
絶叫が響き全員の目がそちらに向くと鬼尖のメンバーが二人、苦痛の声を上げながていた。片方は腹を斬り裂かれ蹲り、もう片方は両腕が切り落とされている。
そこにレズゴルは容赦なく手にしていた戦槌と戦斧を振るいトドメを刺した。二人にトドメを刺したレズゴルは次の相手を斬りつける。その斬撃は速く、そして重い。剣で受け止めようとした九凪のメンバーは剣ごと真っ二つにされた。
「アディラ!! 援護しろ」
そこにジヴォードとの処理を収めたアルフィスが駆け込んでくる。レズゴルの意識が新たに参戦したアルフィスの姿をとらえた瞬間にアディラは矢を放った。アディラの矢は剣を振りかぶったレズゴルの手首を射貫いた。
『くぁ……』
レズゴルの口から苦痛の声が漏れる。
『くそ……』
レズゴルはそう言うと手にしていた武器をすべて手放した。予想外の行為にアルフィスの動きは止まる。動きを止めたレズゴルはそのまま地面にあぐらをかいて座り込んだ。
「何のつもりだ?」
アルフィスがやや戸惑いながら言う。いやレズゴルの行動には全員が戸惑っていたのだ。
『見ての通りだ。すでに詰んだ状態だ。降参する!!』
忌々しげなレズゴルの宣言に全員がアディラに視線を送る。レズゴルの相手はアディラが責任者である以上、アディラが戦いを続けるか決断するのだ。
「わかりました。負けを認めた以上、これで戦いは終わりです」
アディラが戦いの終わりを宣言し、全員がレズゴルから離れる。そしてレズゴルは安堵の息を吐き出した。
レズゴルにしてみればジヴォードに一対一で勝利したアルフィスとアディラという弓の支援が加われば確実に殺される事を悟ったのだ。そして生き残るには降参するしかないという結論に達したのだった。その決断はまったく持って正しかった。実際にアルフィスが参戦すればアルフィスに斬られるか、アディラに射貫かれるかの二つに一つしか無かったのだ。
「さて……これでこちらの戦いは終わりましたね」
アディラが静かにそう言うとアレン達が戦っていると思われる方向に視線を向けた。




