激突⑩
ちょっと長くなりましたが、ご了承ください。
アルフィスに脇腹を斬り裂かれたジヴォードであったが、身をよじった事で浅手に留まり、その戦闘力はほとんど損なわれていない。
アルフィスもその事を当然気付いていたために気を緩めるという事はまったく無かったため、アルフィスとジヴォードは激しい剣戟を展開していた。一瞬、いや半瞬ごとに切り替わる攻防に並の神経しか持たないものは早々に斬り捨てられていただろう。
(ち……まったく揺るがないな。脇腹斬ったのだから少しぐらい動きが鈍れば良いのに)
アルフィスが心の中でジヴォードに対して毒づく。自分が初手で斬り裂いた脇腹からの血はすでに止まっており悪魔の肉体の頑強さが見て取れる。
一方でジヴォードも悪魔と斬り結び、掠める鉞に対して一切の恐怖を見せないアルフィスに対して驚いている。
(こいつは本当に人間か? 俺の鉞をまったく恐れていない)
ジヴォードはアルフィスとの剣戟を続けていたが埒があかないと一端距離をとった。アルフィスは間合いをとるジヴォードに追撃を行わずに相手の出方を伺う。
『ふむ……人間という貧弱な種族とは思えぬ強さだな』
ジヴォードがアルフィスの実力を称賛する。アルフィスとすれば褒められて嬉しくないと言えば嘘になるのだが、意図が読めない以上反応を控える。
『反応なしか……剣術、体術と最高峰であるのはわかっていたが、駆け引きまでも一流というわけだな』
ジヴォードは楽しそうに笑う。妙に邪気のない笑いにアルフィスは毒気を抜かれてしまう。しかし、すぐに気を引き締め直した。
『返答する事で俺に情報を与えるのを嫌っているのだろう?』
ジヴォードの言葉にアルフィスは返答を避ける。
『まぁ良い……このままお前と剣戟を交わすというのも悪くないが、助太刀をせねばならぬな。そしてそれはお前もそうだろう?』
ジヴォードの言葉にアルフィスはまたも応えず動いた。電光石火!! 疾風!! 速さを示すありとあらゆる修飾語もこの時のアルフィスの動きを表現するには力不足だった。
間合いに飛び込んだアルフィスはジヴォードの首を狙って斬撃を放つ。もちろん首への斬撃は囮である。
キュン!!
ジヴォードが斬撃を避けるために仰け反った瞬間にアルフィスは剣の軌道を変えジヴォードの右太股を斬り裂いた。
『ぐ……』
ジヴォードの口から苦痛の声が漏れるが、足を斬られた瞬間にジヴォードは鉞の柄でアルフィス顔面を殴りつける。だが、アルフィスはその一撃を屈んで躱すとそのまま地面を蹴り間合いを取った。
『何だと!?』
ジヴォードの口から今度は苦痛ではなく驚きの声が上がる。今のタイミングは絶対に躱す事は出来ない一撃であったのに躱した事に驚愕したのだ。だが、ジヴォードが驚いたのはアルフィスの身体能力だけではない。
(今、こいつ……俺の鉞の柄が動く前に回避行動をとっていた)
ジヴォードはアルフィスが自分の攻撃の前に回避行動を取っていた事に驚いていたのだ。
ジヴォードは確かに強大な悪魔であるが珍しく戦闘技術を磨くことに余念のない性格をしている。そのため殺気を隠し、意識を読み取らせぬように攻撃を行う事は当たり前のように出来るのだ。それにも関わらずアルフィスはそれを察知したのだからジヴォードが驚いたのだ。
「ふ……何を驚く? 俺がお前の攻撃の意思を読み間違うとでも思っているのか?」
ここでアルフィスがジヴォードに余裕のある表情を浮かべ言葉を発する。アルフィスはジヴォードに対し蔑みの感情を持っているわけではない。また余裕のある表情も半分は演技だった。
『なるほど……攻撃の意思を読み取らせないように技術を磨いたつもりであったが、俺もまだまだ修行が足りんようだな』
「まぁ、俺だから察する事が出来るだけだ。自信を失わないようにな」
『そうしよう』
ジヴォードはアルフィスの返答に愉快げに笑う。だが、すぐに表情を引き締めるとジヴォードは左掌を上に向けるとそこに魔力の塊を形成し始める。形成されていった魔力の塊はジヴォードの頭部ほどの大きさになった。
(あれを投げつけるつもりか……)
アルフィスはそう考え魔力の塊を警戒する。すると魔力の塊がそのままアルフィスに向かって飛んだ。何の前触れもなく突然にである。
(構え無しかよ……)
アルフィスは一切の構えがない事に一瞬であるが驚く。まだまだジヴォードの底は見えない事を再確認した気持ちである。
放たれた魔力の塊をアルフィスは横に跳んで躱した。かなり大きく躱したのにはもちろん理由があった。ジヴォードが間合いを詰め鉞を振るってきていたのだ。もし最小限の動きで躱していれば、最悪ジヴォードの鉞の餌食になっていただろう。受けてもそのまま流れを奪われる可能性もあったために大きく躱したのだ。
アルフィスは着地するまでの短い間に左手に魔力を棒状に形成すると自分の前面に撒いた。撒かれた棒は一瞬で形を変える。長さ十㎝ほどの長さの棒は長さ50㎝程の剣に変わるとジヴォードへ向かって一斉に飛んだ。
十数本の剣がジヴォードに放たれるがジヴォードは防御陣を形成すると放たれた剣は防御陣に当たって砕け散った。
着地したアルフィスはすぐさまジヴォードとの間合いを詰める。聖剣アランベイルに魔力を込めジヴォードの防御陣を斬り裂くとそのまま左腕を斬り口から防御陣の中に押し込むと【爆発】を放った。
ドガァァァァァァ!!
アルフィスの爆発が炸裂する。爆風がジヴォードの防御陣により妨げられアルフィスはまったく影響がなかった。
「ち……」
アルフィスが舌打ちしつつ身を躱した。すると一瞬前までアルフィスの頭のあった位置に先程ジヴォードが放った魔力の塊が高速で通り過ぎた。一瞬でも回避が後れればアルフィスの頭部は砕け散っていただろう。
防御陣が砕け散りジヴォードが姿を現す。その手には先程の魔力の塊が握られている。ジヴォードの表情には驚きと称賛の混ざったものがあった。
『これを躱すか……』
先程の攻撃は完全に死角からの攻撃だった。物理的にはアルフィスの背後、意識的には攻撃を行った直後、しかも攻撃に成功したという状況と完全な死角をついたはずだった。だが、アルフィスはそれすら躱したのだ。
(何かある……もはや勘が良い等というレベルではない……あの剣か?)
ジヴォードの視線がアルフィスの持つ聖剣アランベイルに一瞬だが向く。その視線を感じたアルフィスは小さく嗤う。
(気付いたか……聖剣アランベイルの能力に)
今回発動している聖剣アランベイルの能力は、『触覚』の強化であった。最初はアルフィスもハズレと思っていたのだが、これが思いの外戦闘に役に立っていたのである。
触覚とはもちろん自分の体に何が触れているか感じ取る感覚だ。これが聖剣の力で強化された事によりアルフィスの体に直接触れなくても感じ取れるようになったのだ。今現在アルフィスは自身の知覚がかつて無いほど広がっているという感覚を得ていた。
ならばなぜこれほど強力な能力をハズレと断じていたかというと実戦でつかったのが今回が初めてだったからである。
今までは訓練の場で発動させたが、訓練の相手は騎士、冒険者達であり意識を隠すという方法が稚拙であり、それを感じるのが聖剣の能力強化と思っていなかったのだ。だが、今回の相手であるジヴォードは殺気、意識の消し方が抜群に上手いのに関わらずそれを察知する事が出来るようになってその恩恵に気付いたと言う事だった。
ジヴォードは手にしていた魔力の塊を先程同様にノーモーションで打ち出す。アルフィスは今度は最小の動きで躱した。その瞬間にジヴォードが斬りかかる。
キィィィン!!
聖剣と鉞がぶつかり合い空気を揺らす。またも激しい剣戟が展開された。そして先程放った魔力の塊が再びアルフィスの背後から襲うがアルフィスは魔力の塊を視ること無く躱す。どんなに激しい剣戟を展開していても、現在のアルフィスには触覚強化により一切の死角が存在しなかった。
(くそ……一体どうなってる?)
ジヴォードは心の中で毒づく。この焦燥が少しずつジヴォードの歯車を狂わせ始めている。この歯車の狂いがアルフィスに流れを引き寄せていく。
(ぐ……まずい、このままでは)
ジヴォードの腕、肩、足、腹、顔にアルフィスからの刀痕が刻まれ始める。かろうじて致命傷には至っていないが流れが自分から離れた事をジヴォードは察していた。
(仕方が無い。こいつに勝つためには犠牲を払う必要がある。こいつはそれだけの相手だ)
ジヴォードは覚悟を決めてアルフィスが最も都合の良い攻撃を放つまで耐える事にする。
チラリと一瞬他の戦いに視線を移すとウキリがジュセルの連撃を棒立ちで受けている場面とリクボルがカタリナの薙刀に腹を貫かれたのが見える。レズゴルもアディラの矢と護衛達との戦いにかかり切りとなっており、自分を助ける余裕のあるものは誰も居ないことを示していた。
何度か斬りつけられたがついにジヴォードの望んでいた攻撃をアルフィスは繰り出した。その攻撃とは腹部への突きだ。
ズシュ……
アルフィスの剣の鋒がジヴォードの腹に吸い込まれていく。その瞬間ジヴォードは鉞から手を離すとアルフィスの肩を掴み動きを封じた。そこに高速で魔力の塊がこちらに向かってくるのをアルフィスは察知する。だがその間にはジヴォードの巨体がある。完全な死角であり、しかも軌道上間違いなくジヴォード直撃するはずである。だがアルフィスはそれを感じていた。感じていたために対応したのである。
アルフィスは剣から手を離すと自分の体の前に両手を掲げる。肩を掴まれていることで可動域は大きく狭められているがそれでも動く範囲でガードを掲げたのだ。
アルフィスがガードを固めた瞬間にジヴォードの体を魔力の塊が通り抜けてアルフィスを襲った。
ビギィィィィ!!
アルフィスのガードに魔力の塊は衝突し、アルフィスの魔力のガードを突き破りアルフィスの左腕を砕いた。だが、魔力の塊はそこで止まる。アルフィスは左腕を犠牲にしてジヴォードの攻撃を受け止める事に成功したのだ。
『くそ……これでもダメか』
ジヴォードの呟きが発せられた時、アルフィスは肩を掴むジヴォードの手を振り払うとジヴォードの腹を貫いていた聖剣アランベイルを手に取るとそのまま横に薙ぎ払った。
腹を大きく斬り裂かれたジヴォードは膝をつくとそのまま倒れ込んだ。アルフィスはジヴォードを見下ろしながら静かに言う。
「降参しろ。勝負は俺の勝ちで終わりだ」
『……そうだな。お前の勝ちだ』
ジヴォードが負けを認めるとアルフィスは斬り裂かれたジヴォードの腹に手を当てると治癒魔術を施し始めた。
『な、何のつもりだ?』
ジヴォードの口から困惑の感情が含まれている。その困惑をまったく意に介することなくアルフィスは静かに言う。
「お前はこのまま死なせるには惜しいと思っただけだ」
素っ気ない言葉であったがジヴォードはアルフィスからの称賛を感じた。もちろん、アルフィスはジヴォードが危害を加えようとした瞬間に即座に首を落とすつもりだった。自分の行いに相応しい扱いを受けるべきと言うのがアルフィスの考えだったのだ。
「さて……行くか」
アルフィスはジヴォードにある程度いつを施すと最後の悪魔レズゴルに向かって駆け出した。




