激突⑧
睨み合うジュセルとウキリの間の空気が張り詰めていく。すでにアレン達はイリム達を別の場所に転移させており、そこで激戦を繰り広げている事をジュセルは察している。
正直な所、すぐにでもアレン達の助太刀に向かいたい所なのだが、目の前の悪魔達を無視して助太刀に駆けつけることは出来ない。逆に新たな敵をアレン達に送り込む事になるのだ。
助太刀に向かうのならば目の前の悪魔達を斃すという結果を経る必要があるのだが、中々条件としては厳しいものだった。
(まぁ……ぼやいても意味ないか)
ジュセルは九節棍に魔力を込めるとそのままウキリに向かって突き込む。凄まじい速度で放たれた棍であったがウキリは腕でスルリと受け流した。ウキリは受け流した九節棍を掴むと棍を引っ張りジュセルの体勢を崩そうとする。
ジュセルは棍をあっさりと手放すとそのままウキリの懐に飛び込むと同時に腹部に正拳突きを入れる。そのまま第二撃目として肝臓打ち、ウキリの膝に乗りそのままの勢いのまま膝蹴りをウキリの顎に入れる。
この三連撃にウキリはよろける。ジュセルは当たる瞬間に魔力を流し込み強化された打撃を行っており、ウキリであっても無傷というわけにはいかなかったのだ。だが無傷ではなかったが勝負が決したというわけではない。
ウキリは飛び膝蹴りを入れた際に跳躍しており、その瞬間無防備になっていたのだ。無防備となったジュセルの脇腹にウキリの拳が突き刺さる。ウキリの体勢が後ろに反っていたため浅かったのだが、それでもジュセルを吹き飛ばすには十分な威力であった。
「ぐ……」
ジュセルは空中で一回転するとそのまま地面に着地する。骨折の類は無いようであったが、ジュセルの口から漏れた苦痛の声にウキリはニヤリと嗤う。
(体勢が崩れてなければ今ので終わってたな)
ジュセルは心の中で呟く。ジュセルはニヤリと嗤うとそのままウキリに再び突進する。ウキリもまたジュセルの行動にニヤリと嗤うと両手に魔力を込めて迎え撃った。
間合いに入ったジュセルにウキリが右拳を放つ。凄まじい速度で放たれた一撃をジュセルは左腕で内側から横に払うと懐に飛び込み右肘打ちをウキリの肋骨に叩き込んだ。魔力を込めた肘打ちであったが、ウキリは蹌踉けることはなくそのまま左掌打でジュセルの顔面を狙う。ジュセルはその場で体を回転させると放たれた掌打をまたも右腕で弾くとそのまま左肘をウキリの肋骨に再び叩き込む。肘打ちを叩き込んだジュセルはそのまま手の甲をウキリの肋骨の位置に押し当てると自らの掌に向け掌打を叩き込んだ。
「ぐ……」
ウキリの口から苦痛のうめき声が漏れる。ジュセルの打撃は強力であるが、単発であればウキリは堪えることが出来た。だが、立て続けに同じ箇所に強力な打撃を受ければダメージはたまる。ましてジュセルが三発目に放った攻撃ならば衝撃が内部に浸透するのだ。
ウキリは苦し紛れにジュセルを掴み上げようと手を伸ばした。ジュセルは今度は避けるのではなくむしろ掴ませることを選択したのだ。ウキリの行動を苦し紛れのものと判断した以上、それを逆手に取ることを考えたのだ。
ウキリがジュセルの首を右手で掴んだ瞬間にジュセルは右腕の肘に近距離で魔力弾を叩き込んだ。
ドガァァァァ!!
ジュセルの魔力弾がウキリの右肘を破壊する。ジュセルはそのまま右腕を掴むと一本背負いの要領でウキリを投げ飛ばした。
(よし!!)
ジュセルがウキリを投げ飛ばした瞬間にジュセルはゾワリとした感覚を感じると瞬間的に身をよじる。それは考えた結果と言うよりも体が勝手に反応したと言った方がより正解に近い。ジュセルが身をよじった瞬間にウキリの右掌から魔力の塊が放出されジュセルの脇腹を削った。
「ぐ……」
想定外の反撃に一瞬ジュセルの動きが止まる。その瞬間を見逃すことなくウキリは右肘が砕けているにも関わらずジュセルを腕の力だけで放り投げた。地面に叩きつけられたままで純粋な腕力だけでジュセルを投げ飛ばすウキリの膂力にジュセルは背筋が凍る思いだった。
(なんて不公平な戦いだ)
ジュセルは心の中でぼやく。だがジュセルは戦いを投げ出すような事はしない。今この場でジュセルが敗れれば、何とか持ちこたえているここでの戦いは一気に崩壊することになるだろう。それだけは避けねばならない。
(でもやるしかないよな……)
ジュセルは決心すると術を起動する。ジュセルの顔と体中に魔術で刻まれた文様が浮かび上がった。
『貴様……それは何だ?』
ウキリの口から戸惑いの声が発せられる。その問いにジュセルは何の気負いもなく答える。
「ああ、この文様はいわゆるドーピングだよ」
『ドーピング?』
「どうやら聞き慣れない言葉だったらしいな。説明が面倒だから後で教えてやるよ」
ジュセルはほぼ一方的に問答を打ち切るとウキリに向かって動く。
(な、なんだこの速さは!!)
ジュセルの動きは先程よりも数段上がっている事にウキルは戦慄する。ジュセルの右拳が放たれウキルの腹部にめり込んだ。
「ぐ……」
ウキリの口から苦痛の声が漏れる。先程とは明らかに異なる威力にウキリは苦痛よりもむしろ狼狽した。人間がこのような力を出すと言う事が信じられなかったのだ。
(こんな無茶な戦い方をすればすぐに限界が来るはず……耐えろ)
ウキリはジュセルの異常な身体能力に驚嘆していたが同時に冷静に分析を行っている。ジュセルの言ったドーピングが何の事か分からないが、文様が消えた時にこのパワーアップが終わる事は理解していた。あの文様は大量に魔力を消費する。ならば魔力が切れるまで耐えれば良い、そしてそれはそう遠くない。そう考えたウキリはガードを固めジュセルの猛攻を凌ぎにかかった。
ジュセルは防御を固めるウキリを見ても、ガードの上から構わず攻撃をしていく。ウキリの見立ては半分は正解だった。浮かび上がった文様は大量にそして急速に魔力を消費していく。ここまでは正しかった。だが、それは遠くないという箇所は誤りであったのだ。
ビキィィィ!!
ウキリの悲鳴を上げていた腕がついに耐えきれず骨が砕ける。ジュセルは闇雲に打ってるように見えて打っている箇所は集中していたのだ。骨を砕かれた腕が垂れ下がり始める。それは固い防御に守られていた箇所がジュセルの攻撃にさらされる事を意味していた。
ドゴォォォォ!!
ジュセルの攻撃がついにウキリに届いた。
「がはぁぁ!!」
ウキリの苦悶の声がジュセルの攻撃による音によりかき消えていく。ジュセルはもう片方の腕を内側から滑り込ませると防御をこじ開ける。
(くそ……)
防御を失ったウキリはそのままジュセルの攻撃を棒立ちのまま受ける事になる。
(もう少しだ……)
ウキリは棒立ちのままジュセルの攻撃を受けながらジュセルの体の文様が消えるのを耐えている。そしてジュセルに浮かんだ文様が消えかけた。
(よし!!)
ウキリは凌ぎきった事を確信するがすぐに絶望が広がる。消えかけた文様が再び色濃くなったのだ。
(な……なぜ? こいつの魔力は尽きたはず)
ウキリはその疑問を持ったまま意識を手放した。
ウキリが意識を失った事に気付いたジュセルはようやく攻撃を止める。攻撃を止めると同時に浮かび上がっていた文様が一気に薄くなっていくと、ジュセルは膝を着いた。
「ハァ……ハァ……」
息を切らし膝をついたジュセルの胸元から魔石がこぼれ落ちる。魔石はすでに魔力を放出し尽くしており地面に落ちると呆気なく砕け散った。
ビギィビギィビギィィィ!!
突如ジュセルの体の内部から何かが砕ける音がした。限界を超えてウキリに攻撃をしていた事で両腕が砕けたのだ。それは文様が完全に消えたために身体強化が解けたため押さえていた両腕の負担が一気に噴き出したのだ。
(危なかった……魔石を使い切る前に勝負を決することが出来てよかった)
ジュセルが安堵の息を吐き出す。両腕は砕けてしまい、魔力も尽きた以上、助太刀には入れない。ウキリの考えた通りジュセルの文様は魔力を急激に消費する。そこでジュセルは魔石をこの一ヶ月の間に購入しておりその魔力により文様の発動時間を延ばしていたのだった。
「さて……とりあえず一勝っと」
ジュセルはそう言うと意識を失いその場に倒れ込んだのだった。




