挑戦①
アレンがエスケメンから戻り、数日経った時にアインベルク邸に一人の人物が訪れた。
その人物は年齢四十代半ばと言ったところだろう。その人物を見た者の多くは一目で只者でないと印象を持つに違いない。その理由は男の左目から頬にかけてザックリと入った刀痕であった。残った右目も紅色であり異様な印象を見る者に与えていた。また黒いマントを身に纏い、腰に差した髑髏をかたどった鍔を持つ剣も異様さを増すのに一役買っている。
「ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
応対したアインベルク家の家令ロム=ロータスがその男に対して警戒したのも当然の事である。
「私の名はフォルグ=メヴィール。アレンティス=アインベルク侯へ我が主イリム=リオニクス卿より書状を預かり届けに来た次第にございます」
ロムの警戒にも関わらず、フォルグは穏やかな口調で来訪の要件を告げる。ロムはフォルグの言葉を聞くが一切警戒を解かない。意識を僅かながら逸らす事なく背後に控える魔人オルカンドに声をかける。
「オルカンド」
「は」
「執務室にいるアレン様にイリム=リオニクス卿の名代であるフォルグ=メヴィール殿が来訪したことを伝えなさい」
「はっ」
ロムの指示を受けたオルカンドはすぐさまアレンのいる執務室に向かって駆け出す。オルカンドはアインベルク家においてロムの直属の部下のような扱いを受けているのだ。オルカンドもロムに完全に従属しているために逆らうような事は一切無い。むしろ率先してロムの出す命題に取り組んでいた。
「心配しなくても暴れたりはしませんよ」
フォルグの言葉にロムはニコリと笑う。
「ええ、確かにそうでしょうね。ですがあなたほどの実力者を相手に油断するほど自惚れてはおりません」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「そうとっていただいて結構でございます」
ロムとフォルグの交わされる言葉は非常に穏やかなものであるが、放たれる緊張感は並の騎士達では腰が砕けそうになってもおかしくないほどのものだ。実際にアインベルク邸の庭先で鬼尖と九凪のメンバーの何人かはガタガタと震え始めていたぐらいだった。
そのような会話を交わしていたところにオルカンドが足早に戻ってくるとロムにアレンが会う旨であることを伝えるとロムがフォルグに向かって静かに告げる。
「アレン様がお通しするように仰られましたのでご案内いたします」
ロムは一礼すると執務室に歩き出す。その後をフォルグは黙ってついていく。
「オルカンド、キャサリンにお茶の用意を頼みなさい」
「はっ!!」
ロムの新たな指示をオルカンドは一礼するとそのままキャサリンの元に向かう。その様子を見てロムはさらに口を開く。
「リオキル」
「ここに……」
ロムの言葉にすっと魔人が姿を現す。リオキルはかつてジャスベイン領にある城に不法に居着いた魔人でフィアーネとカタリナに敗れそのままアインベルク家に仕える事になった。
「レミア様とフィリシア様をアレン様の執務室にご案内しなさい」
「は……」
ロムの指示を受け今度はリオキルがレミアとフィリシアの私室に向かって駆け出していった。リオキルもまたロムに対して完全に従属していると言って良かった。
「失礼いたしました。事がリオニクス卿に関わる事である以上、当然の処置と思っていただけることと思っております」
「もちろんです」
ロムの言葉にフォルグも端的に返答する。またも互いの間の緊張感が高まっていった。そのまま歩き扉の前でロムは止まる。
「こちらでございます」
ロムはそう言うとそのまま扉をノックする。すると中からアレンから入室を促す声が聞こえてくる。アレンの声を受けてロムは扉を開けるとフォルグを中に入るように促す。フォルグはロムに促され執務室に入室するとアレンが正面の机に座っている。
「失礼します」
フォルグの言葉にアレンは微笑を浮かべて緩やかに立ち上がる。アレンの服装はいつもの黒いズボンに白いシャツ、黒のベストという出で立ちであるが、その腰には魔剣ヴェルシスがあった。
(これがアレンティス=アインベルク……当代のアインベルク家当主か……強いな)
フォルグはアレンの立ち居振る舞いからアレンの実力が決して噂に劣らぬものである事を察していた。さらにアレンの用心深さも同時に警戒していた。アレンはフォルグがこのアインベルク邸を訪れロムとの会話をしている間に何が起きても不測の事態に備えて武装していたのだ。
(これほどの強者に関わらず、一切の油断をしない用心深さ……魔族が何度も煮え湯を呑まされるわけだ)
フォルグは魔族が人間を舐める思考を改めない限りアレンを殺す事は絶対に不可能であると直感する。そして同時に自分達がとんでもない相手に挑戦しようとしている事も直感したのだ。
「どうぞ、おかけになってください」
アレンに促されフォルグは一礼すると進められたソファへと座る。フォルグが座ると同時に執務室にレミアとフィリシアが入室してくる。もちろんアレン同様にレミアの腰には双剣、フィリシアの腰には魔剣セティスがある。この二人もまたロムから放たれる警戒から武装していたのだ。
(当主だけでなく関係者もこれか……)
フォルグは武装して現れたレミアとフィリシアを見て感歎する。
「二人とも座ってくれ」
「うん」
「はい」
アレンの言葉にレミアとフィリシアは簡潔に返答するとそれぞれの場所に座る。その座った位置はアレンの隣ではなく、ソファの隣に設けられた椅子であった。レミアとフィリシアが座った位置は事が起こった時にお互いの動きを邪魔しない絶妙の位置であり、なおかついざとなったときに間に合わないような事は無い絶妙の位置である。
(……これを当たり前のようにやっている。個人技能だけでなく集団戦闘に置いても強力な集団だな)
フォルグはレミアとフィリシアの座った位置から様々な情報を得ていく。確かに強いというのは理解していたが実際にそれを目の当たりにするとゴクリと喉を鳴らすのは仕方の無い事なのかも知れない。
そこにお茶の用意をするためにキャサリンが入室する。四人分のお茶の用意をしているため、レミアとフィリシアも参加する事を察したのだろう。
「さて、お茶の用意も終わったと言う事で名乗らせてもらおう。アレンティス=アインベルク……当代のアインベルク家の当主だ。こちらは俺の婚約者のレミアとフィリシア、レミアの方は一度会った事があるという話だね」
アレンの言葉にフォルグも名乗る。
「初めましてアインベルク侯、私はフォルグ=メヴィール、イリム=リオニクス卿に仕えている。書状を預かってきている故、受け取っていただきたい」
フォルグは懐から手紙を取り出すとそのままアレンに差し出す。アレンはその手紙を受け取るとその場で開封して目を通した。
アレンはイリムからの手紙を開封し目を通していく。アレンが手紙に目を通す間、レミア、フィリシア、ロム、キャサリンがフォルグの動きを警戒している。アレンが手紙を読んでいる間にフォルグが襲いかからないという確証が無い以上当然の措置であった。
アレンは手紙を読み進めていくうちに、ニヤリという表情を浮かべ始める。獲物を前にした獅子ですらもう少し穏やかであろうという程である。
「メヴィール殿……イリム殿へ承知したと伝えて欲しい。だが……確認させてもらいたいことがある」
アレンの言葉にフォルグは静かに頷く。
「これに書かれている条件……俺達を舐めていると判断するがそれで良いな?」
アレンはそう言うとアレンから発せられる殺気が一気に高まった。執務室にいる他の四人はアレンの言葉と態度に疑問を持ちながらもフォルグから意識を外すことはない。
「確かに……そちらを侮辱すると受け取られても仕方のない事かも知れませんが、イリム様にはそのような意思はまったくございません」
「ほう……ということはこの条件であっても俺達に勝つことが可能であるとイリム殿は考えているわけか」
「侮辱の意思はございませんが、自信の現れであるととらえていただきたい」
アレンの凄まじい殺気を受けながらもフォルグは堂々と答える。
「そうか……そこまで自信があるというなら、これ以上当方から言う事はない」
アレンはそう言うと発していた凄まじい殺気を収める。その途端に執務室に充満していた息苦しさはあっさりと消え去った。
「お受けいただき、ありがとうございます」
フォルグはそう言うと一礼しながら立ち上がる。どうやら要件が終了したと言う事で帰るというつもりらしい。
「そうか……イリム殿に伝えてくれ……楽しみにしていると。ロム、メヴィール殿をお送りしてくれ」
「はい」
アレンの言葉にロムが一礼すると扉を開ける。フォルグはアレンに一礼するとロムと共に執務室を出て行った。
執務室の扉が閉められるとレミアがアレンに尋ねる。
「ねぇアレン、手紙の内容は一体何だったの?」
レミアが尋ねるとアレンは微笑みながら答える。
「ああ、簡単に言えば決闘の申し込みだ」
アレンの言葉に全員の視線がアレンに集まった。




