勧誘⑩
(さっさとあいつも入ってこいよな……大物ぶりやがって)
アルフィスは二体のゴルヴェラの猛攻を躱しながら未だに動いていないゴルヴェラに対し心の中で毒づいた。未だに動いていないゴルヴァらは魔力をためており、トドメの一撃を放つためにいることが丸わかりである。
(狙いはわかってるんだからさっさと動けば良いのに……)
アルフィスがそんな事を考えているとは露知らず、ゴルヴェラ達はアルフィスへの攻撃を続けていく。
ゴルヴェラの双剣を躱し反撃しようとした所に機を伺っていたゴルヴェラがついに動く。アルフィスとの距離を詰める一瞬の間にゴルヴェラの手には戦槌が握られている。どうやら空間魔術により戦槌を取り出したようだ。アルフィスはゴルヴェラの戦槌に先程までためていた魔力が流し込まれていることに気付く。
(この一瞬の間に空間魔術、取り出した武器にためていた魔力を流し込む技量……流石はゴルヴェラと言ったところか)
ゴルヴェラは魔力を大量に流し込んだ戦槌を思い切り振り下ろした。アルフィスはその戦槌の一撃を受け止めるような真似はせずにすぐさま後ろに跳んだ。
ゴガァァァァ!!
振り下ろされた戦槌が地面に触れると地面が砕ける。比喩ではなく本当に砕けたのだ大量に流し込まれた魔力が爆発を起こしたのだ。その凄まじい破壊力に凡庸、いや一流の騎士、冒険者であっても身をすくませることだろう。だが、アルフィスはまったく動じることもなく爆発をやり過ごすとすぐさま反撃に転じる。先程までとは明らかに上回る動きである。
「がぁぁぁぁぁ!!」
戦槌を持つゴルヴェラの口から苦痛の叫び声が発せられ、ゴルヴェラはそのまま蹲った。アルフィスが狙ったのはゴルヴェラの指だ。アルフィスはまず“わざと”斬撃をゴルヴェラの戦槌の柄で受けさせるとそのまま柄に沿って刃を滑らせるとゴルヴェラの指を切り落としたのだ。
「よっ……」
蹲るゴルヴェラにアルフィスは容赦な剣を振り下ろすとゴルヴェラの首が落ちた。アルフィスがゴルヴェラの首を落とした斬撃はアレンであってもはっきりと見えたわけではない。
「さて……もう、目新しいものはなさそうだし始末するか」
アルフィスの言葉に残った二体のゴルヴェラが狼狽える。
「ど、どういうことだ?」
双剣を持ったゴルヴェラの言葉にアルフィスはなんでもないように嗤うと口を開く。
「もちろん俺はお前達がどのような技を使うかを確認していたのさ」
「何だと!?」
「俺はアレンと違ってただ斃せば良いというわけにはいかないんだよ」
アルフィスの言葉にゴルヴェラ達は怪訝な視線をアルフィスに向ける。いや正確に言えば認める事が出来なかったのだ。アルフィスの今の言葉をそのまま解釈すれば、“いつでも”自分達を斬ることが出来るという事になるのだ。
「俺は王太子としてお前達ゴルヴェラがどのような技を使うかを把握しておかなくてはならないという事だ。俺はお前達の技を吸収してそれを軍部に伝える事でわが国の兵士達に対処法を確立させるつもりだ。もちろん、お前達の技は流派ではなく個人レベルの武力の可能性もあるが、流派という系統付けされたものの可能性もある以上やっておいたとわけだ」
アルフィスの言葉にゴルヴェラ達はゴクリと喉をならした。さらにアルフィスは続ける。
「かつてアレン達が斃した11体のゴルヴェラの使う武術とお前達の使う武術は源流は同じのようだな。それをそれぞれの場所で独自の発展をしたという感じだ。それがわかったから後は気にする必要はないと判断したというわけだ」
アルフィスの言葉に二体のゴルヴェラは何も言えない。
「これで話は終わりだ……じゃあ、行こうか……」
アルフィスは静かに言うと双剣を持つゴルヴェラの間合いに入るとそのまま通り過ぎた。ただアレンだけがただ通り過ぎたわけでない事に気付いていた。
(なんだ、あの動きは……明らかに今までのアルフィスの動きを上回っている)
アレンがそのアルフィスの動きを見た率直な感想はそれであった。アルフィスの動きはアレンの知っているアルフィスの動きを上回るものである。
「え……」
双剣を持ったゴルヴェラは視界が斜めに滑り、そのまま地面が近付いてくるのを見た。地面に激突し顔面に痛みが走ったが、混乱がその痛みを和らげたのは幸運だったのかも知れない。
アレンの袈裟斬りがゴルヴェラの右肩から入り左脇まで一瞬で通り抜けるとゴルヴェラの体は斬り離されたのだ。
ゆら……
アルフィスは最後に残ったトンファーを持つゴルヴェラにまるで幽鬼のように近付く。先程までの時間を切り取ったかのような一瞬の動きではなく限りなく緩やかであり、むしろ遅いと感じてしまうほどのものだ。
だが、当のゴルヴェラは反応出来ない。あまりにもアルフィスの気配が静かであり察知する事が出来なかったのだ。
アルフィスは聖剣『アランベイル』を振り上げるとそのまま振り下ろす。
ズン!!
アルフィスの斬撃をようやく察知したゴルヴェラは手にしたトンファーでアルフィスの斬撃を受け止めようとしたのだが、アルフィスの斬撃はゴルヴェラのトンファーなど最初から無かったかのように断ち切るとそのままゴルヴェラの頭部を両断した。
「ば、バカ……な……」
頭を両断された事に気付いたゴルヴェラは納得いかないという表情を浮かべながら倒れ込んだ。自身のトンファーを立つ事は出来ないと信じていたゴルヴェラにとって到底納得することは出来なかったのだろうが、事実アルフィスによってあっさりと両断されてしまったのだった。
三体のゴルヴェラを斬り伏せたアルフィスは剣についた血を一振りで落とすと鞘に収める。
(アルフィスの剣さばき……身体能力……いくらなんでも急激に上がりすぎだ……ひょっとしてアルフィスの剣の能力か?)
アレンはアルフィスの急激なパワーアップに対し、ローエンシア王国の至宝である『アランベイル』の能力であると当たりを付ける。
(まぁ、話すわけないよな……)
アレンはすぐさまアルフィスから聞き出すことを放棄する。おそらくアルフィスが切り札となるべき手段をばらす事は無いし、アレンもそれを求めるような事をすべきでないと考えていたのだ。
「さて、約束通りゴルヴェラは斃した、これであんたは俺に雇われる立場になったわけだが……」
アルフィスがライオスに視線を移すと淡々と話しかける。ライオスはコクコクと何度も頷いているところを見るとアルフィスの実力に文句を言う事を控えているような印象であった。
「俺はお前の出した条件をきちんとクリアした。さてそれでは今度は本当にお前が噂通りの実力を持っているかを試験する必要があるな」
「え?」
アルフィスの言葉にライオスは呆けた声を出した。ライオスとすれば今度は自分が試験される側に立つなどと思ってもみなかったのだ。
「まさか、お前の方が上だとでも思っていたのか? 対等な雇用関係を望むというのなら今度はお前が力を見せろ。三ヶ月やるから魔導院でラグヌス=エディオクム侯に対抗しうる派閥を作り上げろ」
「三ヶ月だと、無理だそんなもの」
「いや、やってもらう。お前は俺にゴルヴェラ三体を討伐させるという無理を押しつけたのだから、俺にはお前に無理を強いる権利がある」
アルフィスの論法にアレンは心の中で苦笑する。どう考えてもライオスの方が分が悪い。もともと無理を強いたのはライオスであり、アルフィスがその無理を達成した以上、もはやアルフィスの勧誘を断る事は絶対に出来ない。
「それにさっきの冒険者ギルドでからんできた冒険者はお前の手引きだろう? あまりにもわざとらしすぎたから笑いをこらえるのに苦労したぜ。 まぁそっちは結果的に俺の勝ちになったから無しにしてやってもいいがな」
アルフィスの言葉にライオスは驚きの表情を浮かべる。アレンにはその表情が濡れ衣を着せられて驚いているのではなく、企みがバレた事に対する焦りの表情にも見える。
(……なんだ、あいつらはライオスの仕込みか……まぁ普通に考えれば冒険者だからっていきなり貴族に絡むような事はしないよな。そう言えばあからさまに貴族に冒険者が絡んでいるのに冒険者ギルドの職員も動かなかったな)
アレンはアルフィスの言葉によって今までの事が一つにつながった気がした。アルフィスの言葉はライオスにとって“とどめ”というべきものであり、完全に反論を封じることになったのを感じた。
これ以降、ライオスは死にものぐるいで間遠いんで派閥を形成しなければならないだろう。
アルフィスは三ヶ月で結果を出せという無理難題を与えたが、失敗した場合はどうなるかを一切告げていない。これは逆に言えば達成できなければ“何をされるかわからない”という事だ。アレンはアルフィスの事を知っているために基本的に苛烈な罰を与えるような事はしない事を知っているがライオスはアルフィスの事をほとんど知らないために自分の中でどんどん大きくする事だろう。
「わ、わかりました。必ず三ヶ月で結果を出して御覧に入れます」
ライオスが緊張しながら返答する。口調も言葉遣いも今までのような感じは一切しない。アレンは完全にライオスがアルフィスに屈した事を悟った。
「さて、これで勧誘はすべて終了だ。頼りになる部下が増えて嬉しいよ」
アルフィスの言葉にアレンは心の中で、お前のは勧誘じゃなく“脅迫”だと、つっこみを入れていたのだが、その心の叫びは音声化されなかったためにアルフィスとライオスには聞こえない。
「アレン、これは交渉というやつだ。誤解するなよ?」
「そういうことにしとくよ」
アルフィスの言葉にアレンはニヤリと嗤って返答する。それを見てアルフィスもニヤリと嗤う。
(俺は……とんでもない連中に雇われたんだな……)
ライオスはアレンとアルフィスの嗤顔を見て心から増長していた自分を殴りつけたくなった。だが、それはもはや遅いことを誰よりも悟っていたのだった。
アルフィスの持つ聖剣の能力は次回という事で……。話の流れ上、ここでは書けなかっただけですよ。本当にちゃんと考えてますからね(汗)




