勧誘⑦
翌日、アレンとアルフィスは待ち合わせの場所に二人で歩いている。公務の内容はすでに8割は消化しており、最後の公務はエスケメンの職人達の仕事の出来次第のために2日は休みとなっているのだ。
(相変わらず……公務に関しては仕事が早いな)
アルフィスは精力的に公務を行い日程をかなり前倒しにしていた。そのため、かなりの時間に空きが出たのだ。職人の仕事の締め切りは実際に2日後となっており、別に締め切りを職人達が破ったわけではないのだ。
「しかし、今回は護衛が俺だけだが良いのか?」
「ああ、近衛騎士達はアレンと出かける旨を伝えるとすぐに納得したぞ」
「そうか……近衛騎士達の方々の信頼を裏切るような真似はしたくないな」
アレンの言葉にアルフィスは頷く。もしアルフィスが大ケガを負ってしまえばアレンだけでなく近衛騎士の方々も責任を取らされるのだ。そのような事になれば近衛騎士の方々に申し訳がたたない。
「そうだな、これは実際に俺の我が儘なんだから、その我が儘のせいで罰せられるような状況を作るわけにはいかんな」
「そういう事だ」
アルフィスの言葉にアレンは納得の声を出す。アルフィスもまたアレンと同様に自分の行動の結果に責任を持つ事を忘れないのだ。
「ま、とりあえずアルフィスがゴルヴェラを討伐し、場合によっては戦うと言う事で良いな?」
「ああ」
アレンとアルフィスは言葉を交わしながら待ち合わせの場所に向かって歩いて行く。ちなみにライオスの指定した待ち合わせ場所は冒険者ギルドであった。
アレンとアルフィスは冒険者ギルドに到着すると何の気負いもなく扉を開ける。ギルドにはすでに多くの冒険者達が掲示板の前で仕事を探していたり、受付で何やら話している。
「かなりの賑わいだな」
「ああ、アルフィス目立つような事をするなよ」
「お前は俺を何だと思ってるんだ……」
アレンの言葉にアルフィスは気分を害したようにポツリと呟く。これは別にアレンがアルフィスを陥れようとしているわけではなく、単に貴公子然としたアルフィスが冒険者に絡まれる可能性があったためである。客観的に見てアルフィスは貴族の御曹司、アレンはその従者と行った所だ。
「おい、ここはお前達のようなお坊ちゃんが来るところじゃねぇ、さっさと帰るんだな」
すると早速、二十代前半と思われる冒険者が四人アレンとアルフィスに絡んでくる。四人ともそれなりの腕前なのだろうが、いかんせん隙がありすぎるとアレンは睨んでいる。
(結局……こうなったか……う~ん、アルフィスも呆れてるな)
アレンはアルフィスを見て心の中でため息を漏らす。
(まぁ立場的にアルフィスにさせるわけにはいかんな)
アレンはそう決断すると不用意に近付いた冒険者の顎先に一撃放った。アレンの拳は正確に顎先に入ると脳を揺らされた冒険者は膝から崩れ落ちる。いつものアレンであれば容赦なく胸を踏み抜くところであるが、アルフィスの従者が暴力を振るったとなってしまえば悪い気がしたのでここで収める事にした。
「てめぇ!!」
「このガキ!!やりやがったな!!」
「ぶっ殺してやる!!」
仲間の冒険者達はいきり立つと全員が武器を構える。剣が一人、ダガーを両手に持つのが一人、魔術師の使う杖を構える。
突如始まった喧嘩に他の冒険者達も野次馬と化しすと野次が飛び始めた。
「おお、どっちに賭ける?」
「バッカ、あいつらは『プラチナ』クラスだぜ。貴族のお坊ちゃんが勝てるわけねぇだろ」「ははは、そりゃそうだ。おい、一分は持てよ」
「俺は30秒だな」
周囲の冒険者の野次にアレンとアルフィスは苦笑する。賭のオッズはどうやら勝敗ではなくアレン達がどれぐらい持つかという方向で落ち着いているらしい。
「じゃあ、俺も賭けるとするか」
アルフィスの言葉に全員の視線がアルフィスに集まる。アルフィスは懐から白金貨一枚を取り出すと宣言する。
「この白金貨をかける。もちろんアレンの勝利にだ」
アルフィスはそういうと白金貨を掛け金を集めていた冒険者の帽子に投げ込む。
「おい、兄ちゃん良いのか?大損だぜ」
「わざわざあんたらが金くれるってんだ。乗るのに決まってるだろ」
「おいおい、あの兄ちゃんの相手は『プラチナ』クラスの冒険者チームだぜ。不意をついて勝ったからって実力じゃあ」
「良いからちゃんと見てろよ」
アルフィスに言葉をかける冒険者を軽くあしらうと視線をアレン達に向ける。
「アレン、もういいぞ」
「わかった」
アレンはそういうと剣を構える冒険者に襲いかかる。一瞬で懐に飛び込むと鳩尾に拳を突き込む。鳩尾を衝かれた冒険者はすぐさま意識を手放す。この瞬間に野次を飛ばしはやし立てていた冒険者達の言葉が止まる。彼らもアレンの実力が自分達の及びも付かない所にいる事を察したのだ。
アレンは一人目を気絶させるとすぐさま次の相手に向かう。アレンの動きは激しい者はない。むしろ戦闘力に比較して遥かに静かであると言って良かった。ダガーを構える分権者の背後に回り込むと首筋に手刀を落とす。首筋を打たれた冒険者はそのまま意識を失う。
最後の魔術師に対してアレンは間合いを詰める。アレンのこの動きに魔術師は何の反応も出来ない。いや、冒険者達も同様だった。アレンの動きは決して速いわけではないのに、なぜか気付いたら冒険者がやられているのだ。それが冒険者達にはとてつもなく恐ろしいものに思われたのだ。
アレンは魔術師の顔面を掴むと一瞬だけ振動させた。すると魔術師はそのまま膝から崩れ落ちる。アレンが脳を瞬間的に揺らした事で魔術師の脳は激しく揺さぶられることとなり意識を手放したのだ。
わずか三十秒ほどでアレンは『プラチナ』クラスの冒険者を制したのだ。
冒険者達は一言もなくゴクリと喉を鳴らすだけだった。
「さて、賭は俺の勝ちだな。その掛け金を渡してもらおうか」
アルフィスの言葉に賭け金を徴収していた冒険者はそのまま帽子をアルフィスに渡した。本来であれば渡したくないのだが、アレンの実力を見せつけられればもはや何も言うことは出来なかった。
「さて……余興としては十分だろう?ライオス=ジゴバス」
アルフィスがそう言うと視線の先には名を呼ばれた男がニヤリと嗤って座っていた。




